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第4話 不穏な先輩


「……一緒だからな。ずっとだからな!」


 そうやって、指切りを交わした。耳まで真っ赤にして、そう告げていた小さな少年。

 少し長い黒髪と、チチェと同じくらいの身長のせいで女の子のように見えてしまうぐらい可愛かった彼。

 

 チチェのずっとずっと大切な幼馴染。


(ずっと一緒だって――)





 翌日、勇者の凱旋に沸いた王都にも日常がまた始まる。王宮内の最東にある王宮魔術院で、魔術師たちの仕事も再開である。


 王宮魔術師のチチェとエマの最近の仕事は、呪いや魔術に関する相談を受け付ける仕事だ。

 貴族は恨みを買いやすく、呪いもかけられやすい。その原因を究明し、解呪に導くのが王宮魔術師の役割の一つである。


 二人は相談に来ていた伯爵夫人の話を聞いていた。

チチェは机で書類を書き留め、エマが夫人の診断をしていた。


 エマは寝台の上で壁にもたれかかっている夫人の手を離すと、彼女の状況をつらつらと説明していく。


「夢魔に憑りつかれていたようで、呪いが少し残ってしまっているようですね」

「夢魔!悪夢はもう見なくなったのですが、体が重くて…どうすれば良いでしょうか」


 彼女は少し気だるげに聞いた。今回の相談者は呪いをかけられたのではなく、夢魔に憑りつかれて体内に呪いが残ってしまっているようだった。


「神殿の()()様に祝福をかけて貰って、呪いを相殺してもらってください」


 エマは安心させるように夫人に伝えた。相談室の机で書類を整理していたチチェは聞こえた言葉に肩を震わせる。エマはそんな彼女に向かって声をかけた。


「先輩、神殿への紹介状お願いできますか?」

「……」

「先輩?」


 返事をしないチチェにエマは振り向いた。


「え、あ!うん。ごめん、紹介状ね…」


 今気づいたように、チチェは慌てて引き出しから紹介状の書類を出す。


 伯爵夫人は頬に手を当てて、不安そうな顔をする。


「恐ろしいわ……夢魔に憑りつかれるなんて、初めてで……」

「魔物は精神的に弱っている人に憑りつきます、最近の心当たりなどありますか?」


 様子のおかしなチチェが気になりつつも、エマは相談者に問いかけた。


「最近……屋敷の切り盛りが上手くいってなくて悩んでいましたの」

「そうなんですね、でも、ご自身で夢魔を追い払ってしまっているのですごいですよ」


 相談者は夢魔に憑りつかれていたようだが、今はその夢魔はいなくなっている。


 弱くなっていた精神が正常な状態に戻り、夢魔の憑りつく隙間がなくなったようだ。通常魔物に憑りつかれた状態ではそのように精神が回復することは滅多にないの言うのに。


 エマの言葉に夫人は、パッと顔を明るくすると嬉しそうに言った。


「それは()()()のおかげですわ!」


 バキッツ!!


 大きな音でエマと夫人が振り返ると、チチェがインクペンを片手で折ってしまっていた。


「あはは。なんでもありません。気にしないでください」


 チチェは引きつった笑顔で首を振って、心配そうにしている二人に問題ないと伝える。

 明らかな作り笑顔のチチェに後ろ髪をひかれつつも二人は続けた。


「先日()()()の凱旋パレードを観に行ったのですわ。彼はついに、魔王討伐を果たしてくれたのですから。私もこんなことで悩んでられませんわ、と勇気をいただきましたの。そしたらそれきり悪夢を見なくなって」

「それは()()さまさまですね……」


 エマはチチェの様子を目の端に捉えながらも、相槌を打つ。紹介状を書きながら笑顔を浮かべているチチェだったが、その目は全く笑っていない。

 新しく取り出したペンもあまりにも強く握りしめているものだからミシミシと悲鳴を上げている。


「と、とりあえず!こちら紹介状です。こちらを持って王都の神殿に行ってください」


 エマはチチェが震える手で書き上げた招待状を押し付けるように夫人に渡した。


「ええ!確か、聖女イレーナ様も帰還されてましたわよね。お会い出来たりしないかしら」

「で、ですね!お大事にどうぞー!」


 エマは最終的には追い出すようにして夫人を相談室から見送った。チチェは引きつった笑みのまま固まっている。


 この調子で今日の相談者は皆、勇者の話をしていた。この王都に誰もが憧れる勇者が帰ってきているのだから、当然の流れではあるのだ。

 

 だが、いつもは勇者の話になれば嬉々として話に混ざりたがるチチェが今日はおかしかった。


 勇者の話題になるたびにチチェは何やら不穏な様子を見せているのだ。


「…先輩、大丈夫ですか?」

「別に?何も問題ないよ」


 恐る恐る様子を伺うエマに、チチェは笑っているが相変わらずその目は真っ暗だ。


(先輩、絶対怒ってる!な、なんで?)


 こんなに怒っているチチェを見るのは久方ぶりだった。前の時は確か、秘密の勇者握手会参加券を高値で買ったところ、ただの詐欺だったと判明した時だった。

 チチェはこうして笑顔のまま、詐欺グループのアジトに乗り込んで全員血祭にあげていた。


 詐欺師たち魔術で縛り付け、憲兵まで引きずっていたチチェは鬼のようだった。正直、騙される方も騙される方な気もする案件だったが、チチェを怒らせると怖いのだ。


(エマ、なにかしましたぁー!?いや、まだ何もしてないはず……)


 昨日、王命からの任務をエマに押し付けたあと、チチェは上機嫌に凱旋パレードに行ったはずだ。


 その押し付けられた任務は大変、それはもう大変やっかいなものだったので、チチェに文句を入れたかったが、任務内容については密命で言うこともできないし、こんな立腹している先輩にエマは苦言を言える気もしなかった。


 エマは冷や汗をかきながら、不機嫌マックスな先輩に話しかける。


「何か嫌な事ありました?ほら、いつもだったら今頃、うるさいくらい()()()の話してる……」


 バッギャッツ!!


「ひぃぃぃ!?」


 チチェは笑顔のまま、片手でペンを握りつぶした。折られたペンから、血のようにインクが垂れる。


「アロンが、何?」

「なんでもありませんー!!」


 チチェは突然真顔になって、首をかしげて言った。その様子は、ホラー活動写真(映画)のワンシーンのようでエマは泣きたかった。



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