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第25話 これからの話

 応接間と繋がる扉が勢いよく開かれる音でチチェは意識を取り戻した。ほんの一瞬、気を失っていたようだ。


「大丈夫か!?」


 呪いの気配をいち早く察知したシュルツたち魔術師を先頭に、応接間で待っていた人たちがなだれ込んでくる。

 シュルツに続いて入ってきたエマがチチェを見て顔を真っ赤にする。


「ひゃぁぁああ!?先輩、なんて破廉恥な!?」

「え?あ、乗っかったままだった」


 チチェはアロンに覆いかぶさるように倒れていた。アロンはチチェを抱きしめたまま気を失っている。言われてみれば確かに、はしたない。


 チチェはアロンの胸に手を置いたまま、彼の上からどこうとしてふらついた。魔力切れを起こしたようだ。


 魔術師たちに続いて部屋に飛び込んできたイレーナがあたりを警戒しながら見回す。


「今、呪いの気配が…!」

「私です!私がアロンに呪いをかけました!」

「へ?」


 チチェは手を挙げて自分がアロンに呪いをかけたのだとアピールする。皆、一様に首を傾げた。


「っつ……」


チチェの下でアロンが唸った。


「アロン!」


 チチェが叫ぶと、アロンは眩しそうに目を瞬かせる。胸に触れたままの手のひらからドクドクと強い鼓動の音が聞こえた。


「アロン…」


 イレーナが急いで彼の側に駆け寄って彼の手を取った。


「《治癒せよ》」


 イレーナが治癒魔術をかけた。すると、たちまちアロンの赤黒くなった肌が剥がれ落ち、新しい皮膚が再生する。胸と腹の傷がみるみるうちに塞がっていく。


 治癒魔法が効いているのだ。イレーナは信じられないという顔でアロンを見つめた。


「呪いが消えて……」


 イレーナは泣きそうになりながら、さらに治癒魔法をかけ続けた。聖女の全力は凄まじい。あれだけ大きかった胸の傷口は完全にふさがり、うっすらと傷跡だけが残った。腹の傷は気づいたら跡形もなく消えていた。


 アロンは、ゆっくりと上半身を起こした。チチェも離れようとしたが彼の曲げた両膝の間に挟まれてしまったので、なんとなくそのまま彼の脚の間に座った。

 

 起き上がったアロンの両側から、弓使いロビンと斧使いナグが飛びついて来る。


「良かった!!」

「治ったなぁ!!」


 二人ともクシャクシャして彼の頭をガシガシと撫でたり、抱き着いたりした。二人とも力が強いものだから、アロンは象にでも突撃されているように振り回されていた。チチェはせっかく治ったアロンの傷がまた開いてしまうんじゃないかと心配になった。

 だが、そんな仲間たちの様子に、アロンもつられて笑っていた。昔と同じ無邪気なアロンの笑顔だった。チチェは嬉しくなった。


 アロンは散々ロビンとナグに振り回された後、側で涙ぐんでいるイレーナに目を向けた。


「わりぃ、心配かけて」


 イレーナは鼻を赤くして、泣くのを堪えていた。アロンの言葉に彼女は首を振る。


 イレーナは鼻をすするとチチェを見た。


「ありがとう、アロンを助けてくれて」


 イレーナはチチェに頭を下げた。


「それから、ごめんなさい。あなたに強く言ってしまって」


 チチェは首を勢いよく横に振った。チチェが謝られるのは間違っている。


「と、当然です…!恋人なんですから」


 イレーナはアロンの恋人なのだ。昔馴染みとはいえ、無用にアロンの近くをウロウロしている女性がいたら不快になるのも当たり前だ。

 そして、チチェは今の状況――アロンの足の間で座り込んでいる状況に気づいて血の気が引いた。


「ごめんなさい、離れます!」


 急いで離れようとするチチェをイレーナは止めた。


「いいわ、そのままにして。私彼の恋人でも何でもないもの。ただの仲間よ」

「え?」


 チチェは驚きで瞬いた。イレーナがアロンを見つめる目は本当に愛しい人に向けるものだったし、アロンだってそんな彼女に全幅の信頼を置いていた。

 恋人でないと言われると、恋人だと言われた時より俄然疑わしい。


「私、旅の途中で彼に振られてるのよ」

「おい、それは……」


 イレーナは寂しそうにそう言った。アロンは気まずい様子で彼女を止めようとするが、イレーナは構わず続けた。


 やはり、二人の間には世間には知られていない関係があったのだ。

 チチェは食い入るようにイレーナを見つめてしまった。


「恋人だったこともない。私はあなたがアロンを諦めることができるように、恋人役を提案しただけ」


 イレーナは目を輝かせているチチェに、違うと首を振った。


「だから、死ぬ間際もアロンに想ってもらえるあなたに強く言ってしまった。本当にごめんなさい」


 イレーナはそう言って再び頭を下げようとする。チチェは必死にそれを止めた。


「そんな…!謝らないでください!聖女様に頭を下げさせるなんて」

「私が何者だろうと関係ないわ。私はあなたに恥ずべき事をしてしまった」


 その目はきっぱりとした意思が窺えた。穏やかそうに見えて芯は真っすぐで強い女性なのだと、チチェは再認識する。


「傷つけてごめんなさい。許してなんて言わない。謝らせてほしい」

「……」


 憧れていた聖女に冷たい態度を取られて、チチェも何も思わなかったわけではない。

 だが、正直に言うとアロンに拒絶されたことが大きすぎて、イレーナにされた拒絶はそんなに堪えてはいない。恋人だと思っていたから、彼女が怒るのも当然だと納得していた。


 どちらかというと、イレーナよりもアロンに謝罪してもらいたいぐらいだ。遠ざけるためとはいえ、あの態度は酷くないかと思う。

 しかし、それを言ったところで彼女の意思は固そうだ。自分のしたことを許せないのだろう。

 

 それならば……チチェは恐る恐る彼女に問いかけた。


「あの、そしたら…お詫びに…って感じになるんですけど、一つお願いしてもいいですか?」

「なんでもするわ」


 イレーナは頷いた。美しい琥珀色の瞳がチチェをまっすぐに見ている。

 チチェはみるみる自分の頬が赤くなっていくのを感じた。緊張しているのだ。


「えっと、そ、その…!」


 チチェはどもりながら、勢いよく頭を下げて、手を差し出す。


「サ、サイン、貰っても…いいですか」

「……」


 一瞬、静寂が訪れる。チチェはちらりと顔を上げて彼女の様子を見る。

 イレーナは長いまつ毛をパチパチと瞬かせていた。


「サイン……?」

「わ、私、勇者アロンのファンであるのは大前提なんですけど、聖女イレーナ様のファ、ファンでもありまして…!」


 困惑している彼女に畳みかけるようにチチェは早口で話した。差し出した手が震える。


「ご、ご活躍ずっと、聞いていて憧れてました…!サインください!」


 チチェはそう言い切った。イレーナはぽかんとした顔でチチェを見ると、突然吹きだした。

 その吹き出す様子さえ、大変上品だったということは付け加えておく。


「ええ、もちろんよ」


 イレーナは可笑しそうに微笑むと、チチェの差し出した手を両手でとって握手した。

 その手は真っ白で、柔らかくて、チチェは天使に包まれているような気持ちになった。


(握手までしてもらっちゃった……!)


 チチェは握手してもらった左手を見つめプルプルと震えた。その手には彼女に触れた感覚が残っている。

 そして、もう一生手を洗わないと謎の決意をした。


「それで、そろそろ、離してもらえると助かるんだが…」


 二人の握手を間近で見ていたアロンはチチェに声をかける。

 チチェは右手をアロンの胸に置いたままなことにやっと気づいた。


「ご、ごめん。ずっと触ってた」


 チチェは手を離そうとした。呪いはかけ終わり、魔王の祝福は解けた。これ以上触れている理由はないのだ。


「あ、あれ?」

「何してんだ?」


 手が離れない。というより、強力な糊でくっつけたかのように、チチェの手のひらがアロンの胸にくっついてしまっていた。身体ごと離れてみるがチチェの右手はくっついたままだ。

 チチェは急いで、自分のかけた呪いを解析した。そして、やってしまったと冷や汗が噴き出る。


「…魔王がかけた祝福より強いを呪いかけなきゃだから、全力だしたんだけど」


 言い訳をするようにチチェは説明をする。


「呪い残っちゃった」


 その言葉に、アロンは首を傾げたままだったが、近くにいたエマとエルドとシュルツの三人は「あぁ」と呆れた声を上げた。


「咄嗟にかけた呪いって、欲望丸出しになりますよね…」

「チチェ殿……見かけによらず……」


 エマはドキドキと顔を赤らませてエルドはチチェをおちょくるようにそう言った。

 アロンも勇者の仲間たちも不思議そうにしていたが、魔術師たちにはチチェの状況が丸わかりだ。気恥ずかしさで消えたくなる。


 シュルツ院長がベッドの側に屈みこんだ。


「勇者殿、失礼する」


 彼はアロンの手を取って呪いを解析し始めた。アロンは一瞬不機嫌そうな顔をしたが、すぐその表情を引っ込めた。


 解析が終わったシュルツは半目でチチェを見る。普段通り、やらかしたチチェを見るときの呆れ顔だった。


「ブラウン、やりすぎだ。聖女殿の祝福で相殺しても、あと一か月は離れないだろうな」


 チチェはだらだらと冷や汗をかく。なんと説明したらいいものか……。


「……一か月?」


 アロンは繰り返す。一体、何が一か月だというのだろうかと疑問を浮かべていた。


「アロンと離れたくない、って思ってたら離れられない呪いかけちゃったみたい…ごめん」


 チチェは白状する。

 咄嗟にかけた呪いや祝福はかけた本人も意識していないことが結果になる。そして、チチェが呪いをかけるときに思っていたこと――アロンの側にいたいという気持ちが呪いになってしまった。

 そして、最低一か月はこのままな事が判明した。


 アロンの胸に置かれた右手は引いても押してもびくともしない。チチェがどうしたものかと、眉を下げていると、アロンは両手で自分の顔を覆った。

 指の隙間から見える彼の顔は耳まで赤く染まっていた。


「本当に…勘弁してくれ」

「アロン!顔が、顔が真っ赤だよ!具合悪い?」


 チチェが騒いで彼の手をどかそうとしたが、絶対に見せるものかとアロンは両手で顔を隠す。

 ギャーギャーと騒ぐ二人に魔術師たちと勇者の仲間たちは呆れた顔で笑った。


「先輩って罪深いですね」


 エマの呟きに皆、頷いた。





 その後、アロンは傷跡は残しつつも完全に回復をした。戦えるようになると、再び仲間たちと共に、苦しむ人々を救うために旅に出ることもあった。

 それでも、一年もしないうちに彼は目的を果たし、この王都に戻ってくるのだ。


 王都にいる間、アロンはチチェに時間を使ってくれた。一緒にいなかった七年間の埋め合わせをするように二人は色んなところへ出かけて、色んな話をした。


 チチェはそのままの関係性で大満足であったが、アロンはそうもいかない。彼は奮闘した。それはそれは奮闘した。

 その甲斐あって、チチェにもやっと彼への親友としてではなく、また別の気持ちが芽生えたとき、アロンはようやく「帰ってきたら伝えたいこと」を伝えることができたのだった。


 こうして、アロンの長い長い片想いはようやく実を結んだわけだが、チチェの自慢癖は抑えられなかった。


 チチェが有頂天になって言いふらした彼の告白のセリフ一つ一つは、その月のうちに全国民に知れ渡ることになってしまったのだ。


 その後、王都中を巻き込む謎の大喧嘩に発展したが、以降はチチェも反省したようだった。


 それから数年後、勇者が幼馴染に何と言ってプロポーズしたかは、当の二人以外、誰も知らない。





〈完〉

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