第24話 勇者アロンに祝福を!
「あ!分かった!」
突然チチェは閃いて、バッと顔を上げた。行き場をなくしたアロンの頭はガクッと宙を掻く。
そんなことは気にせず、チチェは興奮を抑えながらアロンに聞いた。
「ねぇ、イレーナ様もオーレンドルフ様も、院長も、皆、魔王の呪いって判断してたんだよね……?」
「え?あ、ああ」
唐突に問い詰めてくるチチェに、アロンは困惑しながらも頷いた。チチェは目を輝かせる。
(なら!)
チチェはアロンの肩をゆっくり押して、再びベッドに横たわらせた。そして、震える手で彼の胸に巻かれた包帯を外していく。
「おい、何勝手に……」
「静かにしてて!集中するから!」
包帯を解いて、アロンの胸を触り始めたチチェに、彼は狼狽える。しかし、チチェは真剣な様子だった。
チチェはアロンの深く切られた胸の傷の近くにそっと手を置く。目を瞑って呪いを解析した。魔王のかけた複雑な因子を探る。
「やっぱり……!」
呪いを解析し、チチェは自分の考えが当たったことを確信した。
「ねぇ、アロン!分かったよ!」
「……何が?」
チチェはアロンの胸の傷から顔を上げた。その目は希望で輝いている。
「呪いじゃない!祝福なんだよ!」
「は?」
状況が掴めていないアロンに、チチェは速る鼓動を抑えながら説明した。
「さっき、私、アロンのこと祝福したフリして呪ってたって言ったでしょう?」
アロンは苦々し気に頷く。
「…ああ」
「その逆だよ!魔王は呪ったんじゃない!祝福したんだ!」
チチェは早口で捲し立てる。
「姿形を永遠に留める祝福。老いることはないけどそれ以上成長も再生もしなくなる祝福。治癒能力が失われた理由なんて、いくらでも祝福にこじつけられる!」
先ほどチチェが解析した魔王がアロンにかけたもの。それは呪いと呼ぶに相応しい何とも禍々しいものだった。複雑に絡まったその因子を読み取っても何も理解ができなかった。
そう、シュルツ院長の言う通り、見たことがない呪いだ。当然だ、これは呪いではない、祝福なのだから。
「そんなこと、あるのか…?」
アロンは困惑した表情でチチェを見る。チチェは頷いた。
「呪いと祝福の違いなんて曖昧だから」
相手を憎む気持ちがあればそれは呪いに、相手を讃える気持ちがあればそれは祝福になる。
そして、無意識の呪いや祝福はその時の願望が強く現れる。
最後の最後に魔王が何を思ったかは分からない。人間の身でありながら自分を屠った勇者を讃えたかったのかもしれないし、そんな彼を自分と戦った時の姿に留めておきたかったのかもしれない。
それを伝えると、魔王との戦いを思い出したようで、アロンは渋い顔をした。
「全くもって嬉しくない祝福だな」
「魔王に認められるくらい、アロンが凄いってことだよ」
アロンはげっそりしたような顔をする。魔王に認められても嬉しくない。言わなくても顔にそう書いてある。
とにかく、こんなに最悪な祝福を残していくなんて魔王とは本当にひねくれた魔物だ。
魔王が勇者にかけたのが呪いじゃなくて祝福だなんて、一体誰が気づけるのだろう。
でも、チチェは気づいた。チチェだから気付けた。だって、チチェも魔王と似たようなものだから。
「アロンも旅途中で、泉の妖精に変な祝福をかけられたことがあるでしょう?」
有名な話だ。アロンは泉の妖精に異性に一目惚れをされる祝福をかけられた。そのせいでアロンは通りすがりの女性たちに追いかけられる羽目になる。
そして、それは悪魔に遭遇して呪いをかけられて相殺されるまで続いた……。
「それと同じで、妖精たちのいたずらとかで変な祝福をかけられて相談にくる人も極まれにいる」
「そんな時は魔術師の出番」
チチェは横になったアロンに体重をかけないように跨る。そして、彼の心臓の辺りに手を置いた。彼の弱々しく動く心臓の鼓動が伝わってくる。
「今から呪いをかける。魔王の祝福を解けるぐらいに」
チチェはアロンを見た。困惑していたアロンだったが、チチェの話を聞いて納得したようだった。
彼はチチェみたいに手放しでは喜んでいなかったけれど、一縷の望みにかける気になったようだった。
チチェの真剣な眼差しにアロンは頷いた。
「頼む」
そう一言だけ告げた。それだけでチチェは嬉しかった。
チチェは目線をアロンの胸に置いた手に向ける。その手にぐっと、力を込めると、全身の毛が逆立った。チチェの全身をめぐる魔力を固める。固めて、固めて、アロンと繋がる手まで送る。
チチェは呼吸を整えると、詠唱を始めた。
《女神に選ばれし光の勇者、アロン・グレイス》
呪いの対象の名を呼ぶ。
人に呪いをかけるなんて、久方ぶりだ。でも、きっとチチェならアロンを呪える。
《それから、私の幼馴染》
チチェは付け足した。
《汝に、醜悪なる術師の呪いを授けましょう》
《永劫の楔と苦しみをあなたに》
詠唱を続け、アロンに触れている手のひらから魔力を注ぎ込む。それは勢いよく呪いとなって、アロンを侵蝕し始めた。チチェは流れ出る魔力で、触れた手のひらから火傷するような熱を感じた。
突然、アロンの胸の傷から金色の光が溢れた。魔王の祝福だ。チチェの呪いが押される。それと同時にチチェの身体も得体の知れない圧力に押された。
それは、アロンの身体から離れろとばかりに、チチェを押しやる。
チチェも負けじと手のひらに魔力を込めた。膝をベッドに食い込ませて、飛ばされそうになるのを全身で耐えた。
《汝に……》
祝福は抗った。死を前にした獣のように、必死に目の前の敵を蹴り飛ばそうする。
「……っ!!」
チチェの身体が浮き始めた。チチェは、飛ばされまいと、もう片方の手で、膝でアロンにしがみつく。
魔王の祝福はチチェを強く拒絶した。チチェの呪いを押し返してくる。まるで、勇者の身体は自分のものだと言うように、勇者の中に入り込んできたチチェの呪いを拒絶する。
腹が立った。死してなお、アロンを縛りつけようとする。なんて傲慢な魔王だろうか。
離れないチチェに苛立つように、黄金の光がバチバチと彼女を襲った。触れている右手から稲妻がチチェの内側を駆け回る。一瞬にして全身に痺れが走った。
「いっ……!」
全身の血管、神経に沿って黄金の稲妻が暴れている。全身が痛い。それでも、チチェは絶対に手を離さなかった。手を離したらチチェの負けだ。
(―――離れるもんか!)
目も頭も全部、痺れて痛い。叫びたい。押される、苦しい。息もできない。でも、絶対に離さない。
アロンが腕を伸ばした。その腕がチチェを包み込んで、力強くチチェを抱き寄せた。
こんな時なのに、アロンは笑っていた。
(もう絶対、置いてかれたりなんてしない)
チチェは覚悟を決めると、最後の言葉を唱える。チチェの魔力、全部を込めた。
《呪いあれ》
チチェはアロンを見る。アロンもチチェを見ていた。
強い紫色の光が溢れ出た。空間が爆ぜる瞬間、耳が痛くなるほどの無音が広がった。




