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第23話 勇者の告白

 アロンはじっと黙って真剣な表情でこちらを見た。チチェはその視線を真っ直ぐに見られずに何度か瞬きをした。

 数秒の沈黙のあと、アロンはふと目を逸らして呟いた。


「もう……言えねえよ」


 不貞腐れるようなアロンの様子に、チチェは背中を丸めて困った顔で笑った。


「そっか、忘れちゃったか……まぁそうだよね。七年も会ってないやつのことなんか忘れちゃうよ」

「俺は!」


 チチェの言葉をアロンが遮った。口を開いては閉じて、どう伝えるか、悩んで。彼は、最終的に諦めたように口を開いた。


「お前のこと、忘れたことなんかない。昔からずっと、大切で……大事な奴だ」

「アロン?」

 

 チチェが困惑していると、アロンはチチェから目を逸らしたまま、堰を切ったように続ける。


「でも、俺のことは忘れてくれ。俺なんかいなかったことにして、幸せになってくれ」


 掠れるような声だった。懇願するような声。それは弱々しくて、チチェを拒絶していた時みたいな勢いなんてどこにも無かった。


「何それ……」


 チチェは呟いた。アロンは何も言わない。なぜ、あれだけチチェのことを拒絶しておきながら、大事だなんて言うのか。言っていることが、矛盾している。


(……なんで)


 アロンはチチェのことを嫌いになったはずではないのか。調子に乗っていたチチェのことを。アロン自身が死に間際なことも知らずにいたチチェを。


(……あ)


 チチェは気づいた。気づいたら、腹の底からふつふつと怒りが湧いてきた。


 アロンが何をしたかったのか分かった。なんで、あれだけチチェのことを嫌っていたのか。チチェのことを突き放したのか。

 素直じゃなくて捻くれ者のアロンが、やりそうなこと。


「もしかして、酷い態度だったのも、そのせい?」


 嫌いだの、邪魔だの言っておきながら、なんだかんだチチェのことを助けてくれていたアロン。


 チチェが凱旋パレードで鼻血を出してしまったときも、舞踏会で夢魔に憑りつかれた男性に話しかけられたときも、アロンは助けてくれた。

 それは、アロンが優しいからだ。どんな相手でもきっとアロンは助けている。


 それでも、端々の言動から大親友だったころのアロンがちらついて、チチェだっていつまでも自分が嫌われてると信じられなかった。

 

 でも、今なら腑に落ちた。


「私がアロンのことを()()()()()()()に仕向けてたんでしょ」

「……」


 怒り出したチチェに、アロンは黙って気まずそうに顔を逸らす。彼が黙るのは図星な証拠。チチェは自分の考えが合っていることを確信した。


 アロンはわざとチチェに嫌われようとしたのだ。自分からチチェを突き放して、チチェが彼のことなんかどうでもいいと思えるように。


 アロンが、大好きな親友が、死んでしまったらチチェはとてつもなく悲しむ。それこそ、ずっと一生引きずる自信がある。


 でもきっと、アロンはそれを望まなかった。自分のことは忘れて、いや、いっそ嫌ってしまえばいいとでも思ったのかもしれない。チチェはそう考えた。

 

 チチェは、ベッドの上に膝をつく。そっぽを向いたアロンの頭を両手で挟んで、無理やりこちらを向かせた。


「そうやってまた、私を置いていくんだ」


 顔を正面に向けられたアロンは目を見開いた。悔しさと怒りがごちゃ混ぜになったチチェの目には涙が滲んでいた。


「私、ずっと嫌だった。勇者の仲間に選んでもらえなかったことも、それだけの力がなかったことも」


 チチェは彼の頭から手を離すと、彼の包帯で巻かれた手を取った。赤黒くなっていない彼の指先を強く握りしめる。


「もう、でも今は違うよ。弱かった頃の、アロンに守られるだけの私じゃない」


 アロンの中でチチェは弱い存在なのだ。チチェがアロンの死に耐えられないと思ったのだろう。だから、アロンはこんな遠回しな策を講じていた訳だ。それが悔しかった。


 でももう、チチェは何もできない女の子じゃない。立派な王宮魔術師なのだ。そして、今まで苦労して身につけてきた技術も知恵もきっと全部この時のためにあった。そう、確信した。


「絶対アロンのこと助けるから。死なせたりなんてしないから」


 根拠なんてない、それでも絶対に助ける。そう決めたチチェの眼差しに、アロンは喜びとも哀しみとも言えない顔をした。


「ねぇ、アロン」


 チチェはアロンの手を強く握りしめた。


「おかえり。帰ってきてくれて嬉しかった」


 チチェは笑ってそう告げた。アロンが帰ってきたら真っ先に笑って言いたかった言葉。


 アロンが息を呑んだ。ずっと迷子だった子供が母親を見つけた時みたいな顔だった。


 ふと、愛しさが込み上げて、チチェはアロンのことを抱きしめたくなった。でも、全身を痛みに包まれた彼にそんなことはできない。だから、それは彼が助かるまでは取っておくのだ。


 アロンの手がチチェの頬に添えられた。その親指がチチェの濡れた目尻を拭う。でも、よっぽど彼の方が泣きたそうな顔をしていた。


(呪ってたなんて言って、ごめん。本当は、ずっと無事でいてほしいって祈ってた)


「チチェ……」


 アロンは切ない声で、チチェの名前を呼ぶ。そうして、彼はゆっくりと顔を傾けて……。


「あ!分かった!」


 突然、チチェは閃いた。


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