第22話 幼馴染の告白
「私、ずっと……」
「ずっと、アロンのことが……」
「憎かった」
そう告げたチチェ。自分の心臓の鼓動がうるさく耳を打っていた。
アロンは背中を向けたままでこちらを見なかった。しばらくの沈黙の後、アロンは口を開いた。
「無理だ。俺のことは忘れて、って……は?」
途中まで冷静な口調で話していたが、アロンは勢いよく振り返った。
「……っ」
その反動でまた傷に痛みが走ったようだった。アロンはシーツを強く掴んで痛みを逃して、チチェを見上げた。
「……憎かった?」
アロンはチチェの言葉を繰り返す。何を言われたのか理解できない様子でチチェを見ている。
「何だよそれ」
「私、アロンのこと、凄い凄いって周囲に自慢してた。それはアロンが自慢の幼馴染だっていうのはもちろんある」
チチェは自らの罪を告白する。長年チチェ自身も無視していた、汚い気持ち。
「でも、一番の理由はもっと最低な想いからだよ」
チチェは、真剣な表情でアロンを見た。アロンは黙って聞いていた。
アロンが勇者に選ばれる前、あの村で一番の期待はチチェだった。田舎の村から天才魔術師が生まれるのだともてはやされていた。
「私、悔しかったの、アロンばっかり凄くなって、私は全然凄くないって」
でも、アロンが勇者に選ばれてからは、チチェは凄い子ではなくなった。
だれもが口を開けばアロン、アロン。それが本当は嫌だった。でも、どうして自分なんかが彼と比べられようか。自分だって魔犬から救われた、助けられた分際で。
「本当は私の方が凄くなってたはずなのにって、勝手に比べて悔しくて、劣等感感じて、恨んで。憎く思ってた」
チチェが魔術を習得するために机に齧り付いて勉強をしている間に、アロンは大冒険を繰り広げ、目まぐるしい速度で成長していく。
どれだけチチェが良い成績を収めようとアロンにはかなわない。誰もが、チチェを通してアロンを見たがった。チチェのことなんて誰も気にしない。
村を出て街の魔術学校に通ったときもそうだった。アロンと同じ故郷からやってきたチチェに周囲の人たちが話題にするのはアロンのことだった。
それは当然のことだとチチェだって分かっている。誰がチチェの地味でつまらない人生を聞きたがるのか。皆アロンの華麗な人生の話が聞きたいに決まってる。
「そうやって、アロンと比べちゃう自分が嫌だった。だから自分からアロンのことを話題にしてた」
アロンはすごいのだ。自分なんかでは比べ物にならないくらいに。
そうやって、自分から言えば幾分かマシだった。人に言われるより自分が言えば、自分で自分をアロンの遥か下の存在だと認めることができた。
「ごめんね、こんな自分勝手な理由でアロンのこと自慢してて」
こんなこと言わなくたっていい。尚更、嫌われるだけだ。でも、伝えたかった。アロンのことを言いふらしていたのは、自分の幼馴染が誇らしくて自慢してしまった、なんてかわいい理由じゃない。
本当はもっと汚くてもっと酷い理由なのだと。だから、チチェのことを嫌っているアロンの判断は正しいのだと。
「憎いって……そういう……」
黙って聞いていたアロンは、ため息を吐くようにそう言った。疲れた顔でチチェを見る。
「それ言って俺にどうしろって言うんだよ」
「私が懺悔したかっただけ。もっと嫌って当然の人間だよ、私は」
チチェはローブの裾を握りしめる。
「祈るふりして呪ってたんだ」
アロンは眉を顰めて聞いていた。その顔に、チチェに対する嫌悪感は浮かんでいない。なにか呆れているような顔だった。
彼は再びため息を吐くと、聞き分けの悪い子供に言い聞かせるようにチチェに問いかけた。
「……お前、俺があの村を出る時に言った言葉、覚えてるか?」
「覚えてるけど……」
なぜ、その話題になるのか。チチェはアロンの問いかけに困惑した。
「俺はなんて言った?」
「絶対戻ってくる。村で待っててほしい。帰ってきたら伝えたいことがある。私には無理、大人しく待ってろアホ」
チチェは指を折って思い出す。あの時アロンが言った言葉は一語一句覚えている。忘れたことなんてない、特に後半。
「『帰ってきたら伝えたいこと』ってなんのことだろうとか考えなかったのかよ……」
アロンは心底呆れた、というように頭を抱える。
それは、チチェも何度か考えたことがあった。結局有力なのは思いつかなかったが、一番怪しいのがあるのだ。
「私が大事にとっておいた木苺ジャム、全部食べてたのはアロンでしたとか?」
チチェが幼い頃、自分で作って大事にしていた木苺のジャム。突然誰かに全部食べられてしまっていた謎のジャム。
それは、未だに誰が食べたのか判明してない。チチェの人生最大の謎だった。チチェはアロンが犯人だと薄々疑っていたのだが……。
「あれは向かいのハンナおばさん家の黒猫のせいだ。黙ってたけど、俺はあいつが全部食ってるとこ見た」
「あ、そうだったんだ……」
長年の疑問が一瞬で解決してしまった。だがアロンが黙っていたのは懸命かもしれない。その時のチチェに言ったら、向かいの黒猫はチチェの冬コートの一部になっていたことだろう。
「じゃあ、『俺の考えた最強冒険者装備』のメモ帳の隠し場所とか?秘密基地のクッションの下にあったの見つけたよ」
チチェと山の中に作っていた秘密基地。アロンが去った後にチチェは隠してあったアロンのメモ帳を見つけた。
そこには大理石でできた鎧や炎の剣など幼い少年が空想に耽りながら書いたであろう設定がツラツラと書かれていた。これは言いふらしたら本気で怒られそうだと思ってチチェは秘密にしているが、勝手に持って帰って時折一人で見返しては笑っていた。
「全然、違う」
アロンは眉間を抑えた。
また違う。チチェは心当たりを思い返して続けた。
「あとは、ラベンダーの植木鉢に埋めてた……」
「もういい」
チチェの言葉をアロンは遮った。
「お前はそういう奴だったよ」
そう言うと彼は、両手で顔を覆うと、これ以上無く長いため息を吐いた。
「てっきり、俺はお前が期待して待ってるんだと……」
「?」
ぼそりと呟いた彼のひとり言にチチェは首を傾げた。アロンは指の隙間からチチェを覗いた。
「お前は俺に異性の影があったって、これっぽちも気にしやしなかったんだろうよ」
その声はやけに落ち込んでいた。
「そ、そんなことはないよ」
いきなり昔の話から異性の話に移るのが謎だったが、チチェは焦って励ますように言う。
というか、自分はアロンに罪の告白をしたばかりだと言うのに、責められることもなく、なぜ彼を慰めているのだろうか。
「大帝国のお姫様に求婚されたって時は皇帝にまでなるのかってドキドキしちゃったし、泉の妖精に『異性に一目惚れされる祝福』を受けた時は面白かっ……」
「他人事すぎるだろ」
チチェの早口をアロンはバッサリと切り捨てる。彼は一層落ち込んでしまっているようだった。チチェは困惑した。
「それに、ほら、イレーナ様を射止めたのは流石だなって……私昔から二人のこと応援してて……」
イレーナのことを考えるとなぜか、少しだけ胸が痛んだ。憧れていた誰にでも優しい大聖女様はチチェには厳しかったからだろうか。
チチェがアロンにしでかした失態を見ていればそうもなるのも仕方ないことだ。それに、それだけ彼女がアロンのことを愛しているという証拠でもある。イレーナの名前を出すとアロンは不思議そうな顔をした。
「なんでイレーナが出てくる」
「だって、恋人なんでしょ?」
やはり二人の関係は秘密にしていたかったのだろうか。チチェは自分のせいで、二人の関係が世間に知られてしまったのだと思うといたたまれなくなった。
「ああ、そういえば。その設……」
アロンはそこまで言って口をつぐんだ。チチェは首を傾げる。
「その?」
「いや、なんでもねぇ」
チチェはそっかと言いながら、少し気になっていたことを聞きたくなってしまった。
今のアロンは何故だかチチェを拒絶していない。今なら応えてくれるのかもしれないという気持ちでチチェは頬を赤らめながら、アロンに問いかけた。
「ちなみに、その、馴れ初めとか……」
「なんでそんなもん聞くんだよ」
途端、アロンはムスっとした表情になる。また不機嫌になってしまった。
「ごめん。言いたくないよね……」
意外と思い出は大事にしておきたいタイプなのかもしれない。アロンはあまり喋りたがらない性格だったことを思い出した。
微妙に気まずい沈黙が流れる。チチェは話題を変えようと一つ前の話題に立ち戻った。
「そ、そういえばさ、アロンが伝えたかった事って何?」
「俺が伝えたかったこと…」
彼は、チチェの言葉を繰り返した。




