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第21話 優しいひと

 チチェは、寝室の扉の前で深く息を吸う。


(今度こそ、アロンとちゃんと話しがしたい)


 仲違いしたまま別れるのは嫌だ。その気持ちは一層強くなった。だから、これは自分のためだ。

 アロンに嫌がられようと、チチェは彼ときちんと話したい。


(それから、助けたい)


 分かっている、シュルツも大魔導士もお手上げの案件だということは。それでもチチェは諦めたくない。

 自分の目で彼の呪いを診るまでは、絶対に諦めたくないのだ。


 チチェは覚悟を決めると、扉をノックした。中からどうぞ〜、と気の抜けた声が聞こえてくる。


 扉をゆっくりと開けると、中央の大きなベッドにアロンが横たわり眠っていた。その表情は苦痛で歪んでいて、痛々しかった。


 ベッドの側の椅子には弓使いのロビンと、聖女イレーナが座っていた。二人とも扉から入ってきたチチェを見ていた。

 聖女イレーナの瞳は赤く腫れていて、疲れ切った表情だった。


(そうだよ。恋人がもうすぐ死んじゃうんだ。しかも、私なんかを庇ったせいで余計に……)


 チチェは、心臓を掴まれたような気持ちでその場で立ち止まった。


「あ、チチェちゃんだ」


 弓使いのロビンはチチェの方を見て、手を振った。人懐っこい笑みを浮かべている。


「何しに来たのよ」


 聖女イレーナは、チチェを睨んでいた。


「ゆ、勇者様の呪いを診させてもらえないかと思いまして」

「あなたが診て何になるっていうのよ。オーレンドルフも、あなたのところの院長もちっとも助けにならなかったじゃない」


 イレーナは恨むように吐き捨てた。帝国へ帰ってしまった大魔導士オーレンドルフが死力を尽くしても魔王の呪いは解けなかった。

 頼みの綱の王宮魔術院院長も分からない呪いだという。たかだか、王宮魔術師一人が何をできるというのか。イレーナの腫れてしまった目元はそう訴えていた。

 それでもチチェは何とかしたい。死に向かうアロンを引き留めたい。


「私にも診せてほしいです。何か気づけることがあるかもしれません」

「よくも、そんな大それたことを!あなたのせいでアロンは……!」


 イレーナは立ち上がって、怒りを露わにした。チチェは、それでも唇を固く結んで正面から彼女を見た。


「まぁ、まぁ、イレーナちゃん。折角診てくれるんだしさ。診てもらおうよ」


 そんなイレーナを宥めるように、ロビンは彼女の両肩を叩いた。

 そしてそのまま、彼女の両肩を押して部屋を出ていこうとする。


「ちょっと……!」

「ほら邪魔しちゃ悪いだろ」


 イレーナはアロンから離れたくないようだったが、ロビンは彼女も外に出るように促していた。

 イレーナは横たわるアロンとチチェを何度か見て諦めたように目を逸らした。


「……好きにしたらいいわ」

「じゃ、そういうことで!ごゆっくりぃー」


 イレーナはロビンに押されるがまま、部屋を出ていった。

 ロビンはすれ違いざまにウインクを一つチチェに送るとイレーナに続いて部屋を出た。

 チチェに怒ったっていいのに、弓使いロビンも斧使いナグもどこか気軽に構えているようだった。


 人の死に慣れてしまっているのか、それともアロンは死なないと信じているのか。後者だといい、チチェはそう思った。


 部屋にはチチェと中央のベッドで眠るアロンだけが残された。彼を起こさないように、音を立てずにそっと彼の側に行った。


 彼は痛みに耐えながら眉を顰めて、眠っている。時折、苦しそうな呻き声をあげている。息が荒い、額には脂汗が滲んでいる。


 治癒魔法も魔術も効かないのなら、助けようがない。チチェは歯痒い思いで唇を噛むしかなかった。さっきまで側にいたイレーナも同様の気持ちだったのだろう。


「チチェ……」


 ふと、彼がチチェの名前を呼んだ。助けを求めるような、掠れた声だった。


「アロン」


 チチェも思わず、アロンの名前を呟いた。その瞬間、アロンが飛び起きた。


「……チチェ?」


 目を見開いて、驚愕している。


「お前、なんでここに!ぐっ……!」


 突然動いたせいで傷に障ったのか、彼は痛みに声を上げた。


「だ、大丈夫?ごめん、休んでるのに」


 チチェに声をかけられたアロンは自分の上半身を見下ろした。上には何も着ていない。胴体に巻かれた包帯と、むき出しの腕や首からは赤黒い肌が見えている。


「結局、バレてんじゃねえか……」


 彼は、額を抑えて唸った。ギロリとチチェを睨む。


「どこまで聞いた」

「アロンが治らない傷のせいで長くないってことと、魔王の呪いのせいだってこと……」


 チチェが答えると、彼は目を逸らした。


「あっそ」


 そうやってぶっきらぼうに言う。チチェはそんなアロンを真っ直ぐに見た。


「アロン、ありがとう。助けてくれて」


 アロンはチチェを見なかった。


「……うるさい。お前の声なんか聞きたくねえ」


 アロンは傷に触らないように再びベッドに横たわると、チチェに背中を向けた。


「早く出ていけよ。お前がいると不快だ」


 こちらを見ないまま、不機嫌が滲み出る低い声で脅すようにそう言った。

 チチェは、図々しいと分かっていてもその場を離れなかった。


「呪いを診せてほしい、何か気づけるかもしれないから」

「余計なことすんな。いつ死んだっておかしくなかったんだ。とっくに覚悟はついてる」


 自分の死を予期する言葉を当たり前のように吐くアロンに、チチェはローブの裾を強く握りしめた。


「ごめん、私のせいで余計……」

「自分のせいだとか自意識過剰なんだよ。これは俺がヘマしただけだ」


 チチェは関係ない、そう突き放すような言葉だった。勇者としての怪我は自分のせいだと。

 それでもチチェはその場に立ったまま話し続けた。


「……アロンは優しいよね」

「は?」


 チチェの言葉に心底理解できないと言うように、アロンは声を上げた。


「優しいよ」


 チチェは包帯の巻かれた広い背中を見て話し続ける。


「そうやって、私が気に病まないようにしてくれてるんでしょ。アロンはどんなに嫌いな相手でも、助けちゃう人だから」

「……」


 アロンは答えなかった。アロンが黙るのは図星の証拠だ。

 アロンは、どんなにチチェを嫌っていても、チチェのせいで傷ついても、決してそれを責めない。きっと、嫌いな相手のことでも考えてしまう。


「ずっと聞いてた。アロンが冒険した先でどんな風に人を助けて、どんな人たちを救ってきたのかを」


 アロンはどんな人も助けてきた。善良な人たちだけじゃない。民を弾圧する王様から盗賊まで。誰かを苦しめるような輩はアロンが一番嫌いだと言うのに。人種も地位も全部関係ない、助けが必要な人々を救い続けていた。


「アロンは昔からずっと強くて優しいまま」


 チチェのことが嫌いになっても、背丈が高くなっても、聖剣を授けられても、アロンは変わらない。剣一本で魔犬の群れに飛び込んで、チチェを助けに来てくれたころと何も変わらないのだ。

 それがすごく嬉しかった。大好きなアロンが認められていくのが嬉しかった。


「だから勝手に誇りに思ってた。不快な思いをさせて、ごめん」


 今さら謝ったって、アロンはきっとどうだっていいと言うと分かっている。だから今から言うのは本当にチチェの勝手でわがままだ。

 チチェはぐっと唾を飲み込むとアロンの背中をじっと見つめた。


「私ね、アロンに伝えなきゃいけないことがある」


 そんなつもりはなかったのに、声が震えた。アロンは背を向けたまま、少しだけ身じろぎをした。


「……言うな、俺は聞かない」


 そう言いながらも彼は耳を塞がなかった。だからチチェは続けた。


「私、ずっと……」


「ずっと、アロンのことが……」

「……」


 チチェは一呼吸置くと一気に告げた。



「憎かった」





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