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第20話 魔王の呪い


「勇者様は、魔王の呪いで死んでしまうんです」


 エマはそう告げた。


「……死?」


チチェは一瞬理解ができなかった。だって聞いたことがない。そんな話は知らない。


 アロンが魔王に呪いをかけられたなんて聞いていない。勇者アロンは見事魔王を打ち倒し、勝利を収めたのだ。呪いで死ぬなんて話は知らない。


「嘘……」


 チチェがぽつりと呟いた言葉にエマは首を振った。

 イレーナは茫然としているチチェの様子にため息を吐くと、何も言わずにその場を去っていった。


 イレーナが反論も何も告げないことが、エマの言ったことが嘘でないことを証明しているようだった。


「アロンが死ぬわけない」


 そう言いながら、チチェの頭には凱旋してからのアロンの姿が思い返された。


 ずっと不機嫌そうにしているアロン、必ず彼の側にいて、過剰というほど治癒魔法をかけていたイレーナ。

 触れるのを拒んでいたり、ずっと凱旋記念パーティーを引き延ばしていたり、次第に人前に姿を現さなくなったり……。


 全部が頭の中で繋がっていく。全部、アロンのあの傷の治らない、腐った身体に繋がっていく。


「解けるよね……?その呪い」


 勇者の仲間には大聖女イレーナに、大帝国の大魔導士オーレンドルフまでいるのだ。彼らは神殿の、大帝国魔導士の第一人者たちだ。魔王の呪いぐらい、解けるに決まっている。

 それに、王宮魔術師のエマもエルドだっていたのだ。彼らは一般の魔術師とは違う。王宮魔術師は魔術先進国の帝国魔導士にだって引けを取らない魔術師たちだ。

 だから、呪いは解けるはずなのだ。だって、こんなに、呪いに詳しい人たちがいるのだから。


「なんで……」


 なんでかなんて、分かってる。チチェは言いながら分かっていた。分かっているから気づきたくなかった。


「詳しいこと、ちゃんと話します。その前に先輩も診てもらってください」


 本当はもっと言葉を選んで、説明していくつもりだったのだろう。魔術で引き出され、告げてしまった残酷な言葉をエマは気にしているようだった。


 エマがチチェの血まみれになった手に触れた。


「《治癒せよ》」


 ボロボロになった肉と骨が再生されていく。新しく再生した皮膚がピリピリと痺れた。




 チチェはその後、治癒師に体調に問題がないか、夢魔に憑りつかれた後遺症などないかを確認された。

 手はエマの治癒魔術で傷跡もなく治癒がされたし、夢魔に取り憑かれた影響も少なく、身体が少し怠い程度だった。


 ただ今は自分のことなどどうでもよかった。


 チチェはボロボロになったドレスから魔術師のローブに着替えて、王宮の客室の応接間の椅子に座っていた。


 この部屋はアロンが泊まっている部屋で、扉を隔てて応接間と寝室がある。寝室ではアロンが眠っており、勇者の仲間たちもその側で彼の様子を伺っているようだった。


 応接間にいるのは、エマ、エルド、シュルツ、チチェと王宮魔術師たちの面々だ。

 チチェはエマとエルドからアロンのことを詳しく聞いた。


 アロンは、魔王との決戦のとき、相打ちで魔王に呪いをかけられたらしい。その時に負った傷は聖女にも、魔術師にも、治癒師にも治せず、自然治癒すらも叶わない。


 魔法や魔術による治癒は、身体の持つ治癒能力を引き出す術だ。それを引き出すことが全くできない。彼自身の治癒能力が失われているのだ。


 さらに酷いことに、その後に負った傷も同様で、擦り傷ですらも鮮血を流し続けているという。

 治癒が効かず、細胞が再生されない。新しい細胞と入れ替わることが無い体はどんどん壊死が広がっている。


 その状態が、魔王を討伐してから帰還するまでの半年以上続いていた。聖女の治癒魔法で痛みも誤魔化しているそうだが、それでも全身が腐り落ちる苦痛は想像もできない。


 呪いを解こうにも、どの魔術師たちも呪いを解明できずにいるらしい。

 

 流石、魔王の呪いというべきなのだろうか、広がる壊死の影響で彼の身体は腐り続け、もう一か月と生きられないそうだ。話を聞かされたチチェは、息が上手く吸えなかった。チチェの幼馴染は次の月が巡る前に死んでしまうのだ。

 

 きっとチチェを庇ったせいで、死への時間はより短くなったことだろう。


「本当は先輩にも伝えたかったんですけど、勇者様から絶対に先輩に話すなって言われていたんです」

「そうなんだ……」


 それだけ嫌われてしまったということだろうか。チチェは俯いた。

 こうして命がけで魔王を倒してきたのに、その武勇伝を笠に着て幼馴染が自慢していたら、それは嫌いになって当然だ。しかも、自分はもうすぐ死ぬのに、幼馴染は王都で平和に暮らしていたわけだ。


 自分はなんてことをしてしまったのだろうか。死に間際の彼に、侮辱するような行動までして、死期まで早めた。

 何が勇者の幼馴染だ。最低の幼馴染だ。世界を救った英雄にこんなことをしでかす幼馴染はチチェぐらいなんじゃないだろうか。


 涙は出なかった。泣いたって、誰の役に立つ訳でもない。ただ、自分にできることはないかと必死に考えた。思い当たることを伝えてみても、すでにエルドたちが試していた。どれも効果はなかったという。


「俺も先ほど彼を診させてもらったが、見たことない呪いだ。大陸魔術では説明ができない」


 この国で一番魔術を知っているシュルツですらもこの意見だった。


 エマもエルドもシュルツも、皆チチェを気遣うような目で見ていた。彼らが勇者はもう死んでしまうと諦めているのがひしひしと伝わっていた。

 それでもチチェは諦めたくなかった。アロンが死ぬなんて受け入れられない、


「何か方法は……」


 チチェが唇を噛んで俯いていると、寝室の扉が開いた。


 南方生まれの褐色の肌の女性。勇者メンバーの一人、斧使いのナグだった。手には水の入った桶を持っている。手当て用の水を入れ替えに行くのだろう。


「あの!斧使い様……!」

「あ?」


 チチェは急いで立ち上がると彼女に話しかけた。彼女は荒っぽく答えたが、それが普段通りの態度のようだった。

 むしろ、興味深げにまじまじとチチェのことを見ている。


「アロ……勇者様を診させていただくことはできないでしょうか。私はまだ、彼の呪いを診ていないので」


 チチェは緊張しながら、声をかけた。目の前にいるのが世界を救った大英雄の一人というのもあるが、聖女イレーナと同様、彼女にも拒絶されると思ったからだ。


 エルドがチチェの肩に手を置いて気遣わし気に声をかけた。


「チチェ殿……あまり無理には」

「別にいいぜ」


 ナグはすぐに答えた。その淡々とした返事にチチェは拍子抜けした。ナグはチチェの顔を覗き込む。


「確かお前、あいつの幼馴染だよな」


 チチェは頷いた。


「聞いてた通りの奴だな。前から気になってたんだよ。会えて嬉しいぜ」


 ナグは白い歯を見せてニカッと笑った。ぱっと見怖そうに見えるが、笑顔が親しみやすそうな人だった。


「アロンとイレーナがうるせぇかもしんねえけど、気にすんなよ。入れ入れ」


 ナグはそう言って、顎で扉を示した。


「あ、ありがとうございます」


 チチェは頭を下げる。ナグは、あいよ~と言いながら桶を抱えて部屋を出ていった。


 ナグにも止められると思ったのに、あっけなく、許可が出てしまった。


 暫く寝室の扉を見つめてからチチェは振り向いた。エマたちがチチェを見ていた。


「行って来ていいですか」


 チチェは彼らにそう聞いた。彼らは皆、困ったような顔をしていた。暫く彼らは顔を見合わせる。それから、三人は特大のため息をついた。


「ブラウン殿……止めたところで、行くでしょう?聞く必要あります?」

「……」

 

 エルドがポリポリと髭をかいて肩をすくめた。雑な話し方がエルドらしかった。呆れたように言う彼に、チチェは無駄に納得してしまった。

 確かに、ここで止められてもチチェは止まらない。だって、幼馴染が扉の向こうで死にかかってるんだから。


 エマとシュルツも苦笑していた。


「先輩ならすぐ部屋に飛び込むと思ってましたよ」

「勝手に動く前に許可を取れるようになったのなら、感心だ。今後もそうしてくれると助かる」

「うっ……はい……」

 

 普段の行いのせいで、散々な評価だ。チチェは無駄に恥ずかしくなってくる。

 背中を丸めていると、シュルツがその背を叩いた。

 

「よし、行ってこい」


 シャキッと背筋が伸びる。シュルツは呆れたように笑っていた。さっきまでの、アロンの死を諭すような雰囲気はもうない。


 まぁ、多分なんとかするだろ?と、いつもみたいにチチェを任務に送り出すときと一緒だ。

 エマとエルドも同じように笑っていた。信用されているのか、いないのか。

 

 それでも皆、チチェの背中を押してくれた。それだけで、心強かった。





 

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