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第14話 パーティー

 シュルツにエスコートされ、チチェは舞踏館に足を踏み入れた。新年の儀式や、迎冬の儀式などでこの館には入ったことがあるが、使われる用途によってこの屋敷は内装がガラリと変わる。


 儀式のときの白を基調とする貞淑な様子と違い、今日は凱旋を祝う場である。紅い絨毯に黄金の垂れ幕、シャンデリアの灯はオレンジ色に揺らめいている。


 チチェたちは遅れてきたため、すでにパーティーは始まっていた。広々とした会場の中心にはダンスホールがあり、色とりどりのドレスが翻り、燕尾服を纏った紳士たちが彼女たちの手を取って踊っている。


 今回のパーティーでオーケストラの奏でる音楽は、ワルツやクラシックというよりは明るく、民謡曲に近い。格式ばった踊りよりも、形式なく自由に踊れる曲だ。

 主賓の勇者御一行のために、誰でも形式を気にせず踊ることのできる選曲なのだろう。


 実際に、ホールの中央では、勇者パーティーの弓使いが次々と令嬢たちの手を取り、飛び跳ねるように踊っていた。少し離れたところでは、勇者パーティーの斧使いが着慣れないドレスに戸惑いながらも、わたわたと踊っている。


 この会は勇者御一行を労うと同時に、貴族や王宮職の重鎮たちが彼らとの繋がりを作る機会である。


 弓使いと踊る令嬢たちは、目を潤ませ、頬を染め、彼の関心を引こうとアピールしているし、斧使いと踊る貴族令息や大臣たちは何やら自分の功績を語っているようだった。


 だが、女好きで有名の弓使いロビンはへらへらとしてどの女性にも同じ態度で接しているし、考えることよりも殴るとこが好きで有名な斧使いナグは難しい政治の話やら研究の話やらにはちんぷんかんぷんな様子だった。


 その様子は、チチェが聞き及んでいた彼らと全く同じだ。背が高くて細身の弓使いロビンに、筋骨隆々男勝りな斧使いナグ。何度も、読み返した新聞や聞き通った吟遊詩人たちの語りと同じだった。


 憧れの伝説の勇者の仲間たちが目の前にいるのだ。彼らに憧れる気持ちは変わらない、だが、以前感じていた彼らへの熱や執着と言ったものが自分から無くなっていることに気づいた。


 勇者や勇者パーティーのことになれば狂ったように騒いでいた自分は遥か遠くに行ってしまったようだった。


(……同じ場所で同じ空気を吸えるだけ、すごく光栄だ。あ……もしかしたら、弓使い様と斧使い様の吐いた空気が今私の吸った空気かも知れない……)


 とはいえ、思考は依然とファン思考なのは否めない。チチェはそんな思考を振り払うと周辺を見回す。


 勇者パーティの大魔導士は祖国の大帝国に帰還しているとのことでここには不在だが、残りの二人、勇者アロンと聖女イレーナは来ているはずだ。


 チチェはすぐに二人を見つけた。パーティーの主役でもある二人の周囲には人だかりが絶えない。

 いつも偉そうにしている大臣や貴族たちがへりくだった笑顔ですり寄っている。


 そんな彼らにニコニコと微笑んで対応しているのは聖女イレーナであり、勇者アロンはしかめっ面をしていた。

 以前、王宮内で見つけたファンに囲まれている時と何ら変わらない態度であった。


 二人とも普段の鎧の姿や聖女服でもない、濃紺の燕尾服、薄桃色に金色のドレスを纏っている。


 アロンは首や腕に包帯を巻いているのが覗けるし、イレーナの白く細い腕には古傷が薄っすらと残っている。


 聖女イレーナの治癒魔法でも治しきれない傷たちからは、何度も死線をかいくぐってきたことがうかがえた。

それでも、二人の美男美女が着飾っている様子は絵になる。


 そして、今回明らかに違うのは、二人が腕を組んでいるということだろう。アロンの差し出した腕に聖女イレーナがそっと触れている。時折、確かめるようにイレーナが彼の手を握っていた。

 二人は単にダンスのパートナーとして来ているのではなく、普段から仲睦まじい様子なのだと見て取れる。


 チチェは胸の奥がツンとするような、寂しさを感じた。


 だが、そんな仲の良い二人の様子にも関わらず、猛者はいるもので、勇者にダンスを申し込む令嬢たちが何人もいた。


 美しく着飾った彼女たちは聖女イレーナの美貌に負けず劣らずと綺麗である。


 しかし、彼女たちの勇気ある申し出にもアロンはしかめっ面で断りを入れていた。

 それでも、なお食い下がろうとする彼女たちに見せつけるように、アロンは聖女イレーナの手を取って、ダンスホールへと向かった。

 聖女イレーナとしか踊らない、という意思表示だろうか。


 勇者と聖女がダンスホールに進むと、人々は踊るのを止めた。


 優美な円舞曲が流れ始める。二人は互いにお辞儀をすると手を取り合って踊り始めた。

 聖女のドレスが優雅に翻る。勇者のリードは完璧で、二人は滑るようにして舞っていった。


 誰もが二人に見惚れていた。彼らのために用意された舞台。舞台を囲む観客たち。まさに物語の主人公たちである。


「……綺麗」

「お似合いだわぁ」


 周囲から感嘆が上がる。正装に身を包んだ彼らはまるでお姫様と王子様のようだ。


 平民出身でありながら、このような社交ダンスを身に着けたのは、冒険の途中でそのような機会に恵まれていたからだろう。

 そして、その度に、勇者は王都育ちの聖女に踊り方を教えてもらったのだろう。チチェはぼんやりとそう思った。


「後で、私たちも踊るか?」


 ダンスホールを眺めていると、チチェの側から声がした。シュルツがチチェに向かって聞いていた。

 チチェも踊りたがっていると思われたようだ。チチェは首を振った。


「いや、踊るの下手くそなので……」

「そうだった……」


 シュルツは渋い顔をした。


「魔術師ですもん」


 チチェは肩をすくめてそう言った。王宮魔術師踊れない問題は有名な話だ。


 王宮に勤める者は貴族出身の者が多く、また、マナーとして社交舞踊を身に着けている者がほとんどではある。

 だが、その一方で王宮魔術師多くは踊れない。大体が平民出身であるし、魔術研究以外に興味がない。運動神経も大抵悪い。


 チチェは運動はできるほうだが、リズム感覚が絶望的にないので、奇妙な踊りになる。

 チチェもエマに悪魔に取り憑かれたのかと思いました、と酷評を貰ってからは人前で踊ることはやめた。


「そういう院長は踊れるんですか?」

「これでも貴族の出だからな」


 チチェの問いかけに、彼はあっさりと答えた。シュルツは貴族たちからは謙遜されがちな魔術師という職にわざわざ着任している、ある意味変わり者だ。


「しかし、これ以上王宮魔術師の礼儀がなってないといわれるのも、考え物だな…」

 

 王宮魔術師が他の王宮職と馴染めていないことに彼自身も気にはしているようだ。


「基礎訓練にダンスもいれるか…」

「院長、いつでも私たちのことばっかりですね」


 こんな煌びやかなダンスホールの中でも、我らが魔術院院長は日陰者の魔術師のことばかり考えている。


「上司だからな」


 決め顔で恰好つける上司にチチェは思わず笑ってしまった。


「やっと笑った」


 シュルツ院長はふっ、と優しい笑みを浮かべてこちらを見た。その美しい顔から放たれる色気にチチェは呆気に取られてしまう。


「なんで院長って、結婚できないんです?」


 いつものノリが戻ったチチェは思わず軽口を叩いてしまった。

 そして、シュルツはさっきまでの笑みはどこへやら、一気に真顔になった。


「お前らのせいだ」


 シュルツのその整った顔は苦虫をかみつぶしたような顔になった。王宮魔術院で、彼の結婚の話を持ち出すな、というのは暗黙の規則というやつだ。

 見た目はチチェたちとさほど変わらないように見える彼だが、実年齢はもっと上。完全に婚期を逃している。


「お前らに手が掛かって、うかうか結婚もできやしない。しっかりしてくれ頼むから」


 シュルツは心底疲れ切った顔をしていた。この上司は問題児だらけの魔術師たちの面倒で手一杯のようだ。


「私たちのせいにしないでくださいよー」

「この減らず口が」


 チチェの軽い様子に、彼はチチェの頭を拳でぐりぐりと挟む。ドレスの仕立て屋の店員に綺麗に編み込んでもらった髪型がぼさぼさになっていくのを感じた。


「いだだだだ!!あー!せっかくセットしてもらったのに!」

「上司に失礼な態度を取った罰だ。反省しろ」

「ひぃ~」


 チチェは情けない声を上げた。上司の雑な扱いに文句を言いたくなるが、いつも通りの、魔術師チチェの自分として扱ってもらえた気がして少し嬉しかった。


「……院長殿……」


 突然後ろから声がした。二人で驚いて振り返ると、そこには暗い顔をしたエルド一級魔術師がいた。

 彼はいつも通りのぼろぼろの魔術師ローブを身に纏っていた。

 この場では完全に浮いている。周囲の人間はまるで紛れ込んだネズミでも見るかのように彼に眉を顰めていた。


「エルドか、なんだ突然?」

「この前の件の王命の件なのですがね」


 エルドは困り顔で彼に囁いた。


「私の手だけでは負えず……院長の手も借りればと思いまして」

 

 チチェは驚いた。エルドも王宮魔術師一級、シュルツと同格の魔術師だ。そんな彼が手こずるような仕事だなんて。


 王命の件といえば、凱旋パレードの日にチチェがエマに押し付けた仕事だ。エマがここのところ疲れていた様子だったのは。そのせいもあるのかもしれない。


「分かった、私も手伝う」


 シュルツは複雑な顔でうなずいた。院長である彼に回ってくる仕事は大抵が厄介ごとばかりなのだ。


「エルドさん、その件エマも担当していますよね」

「ブラウン殿!?」


 チチェがエルドに声をかけると、彼は飛び上がった。


「ああ、いつもと違ってお綺麗で気づかなかった…」


 彼は目をぱちくりしながら、そのぼさぼさの髪を掻いた。褒められているのか、けなされているのか分からない。

 魔術師は総じて口下手が多いのは否めない。特にエルド一級の失言はいつものことなので、特にチチェも気にしなかった。


「私も、エマと代わりましょうか?本来私が引き受ける仕事でしたし…呪術に関しては私の方が経験もありますから」


 後輩にそんな仕事を押し付けていては、いたたまれない。チチェはエマとの交代を申し出た。先輩、しかも階級も一つ上の自分が後輩の困りを放置するなんてできない。


「ブラウン殿……いや、大丈夫です。関わる人数は最低限にしろと言われとりますから」

「そうですか……」


 エルドは首を振って、チチェの申し出を断った。魔術師への相談事は基本内密に行われる。誰だって自分が

呪われているなんているのは知られたくないものだ。

 だから、魔術師間でも深入りはしない。チチェは、頷いた。


「お手伝いできることがあったときは言ってください」


 エルドがチチェは不要と判断したのなら、不要なのだろう。

 自分にふさわしいことをして、無駄に出しゃばらない。つい最近学んだ教訓でもある。


「え、ああそうですな。その時は……その時ですがな……」


 普通に頷かれて終わりかと思ったのだが、エルドは気まずげに何やらもごもごと口ごもっていた。

 何か変な事でも言ってしまったのだろうか、チチェはそんな彼の様子に首を傾げる。


「まあ、お気持ちはありがたく…。という訳で院長…少々お時間」

「今か?唐突だな」


 急な呼び出しにシュルツは驚いたようだ。そんなに緊急性のあるものかと、シュルツもチチェも気が引き締まる思いだった。


 シュルツはチチェの方を見て、軽く頭を下げた。


「すまん、少し外す」

「いえいえ、お気になさらず」


 申し訳なさそうにするシュルツに、気にしないとチチェは首を横にブンブン振った。

 寧ろ、こんな時にも仕事に戻る院長は、流石院長であると感心するばかりだ。


「一緒に居てやれないが、頑張れよ」

「はい!」


 シュルツはチチェに激励をすると、そのままエルドと共に会場を後にした。



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