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第15話 操り人形

 という訳で、チチェは一人パーティー会場に残された。

 彼女の目的はただ一つ、このパーティーの主役であるアロンに謝ること。

 そして、もう近づかない、深く反省したことを聖女イレーナにも伝えて安心してもらいたい。


 だが、この二人は主役である。彼らの周りにはひっきりなしに人が訪れ言葉を交わしていく。

 

 それでも、時が経てばある程度は落ち着くもので、次第に二人だけになっている瞬間も増えてくる。

 その度にチチェは声をかけようとしては踏みとどまるのを繰り返していた。


(次、今話してる人が終わったら話しかけに行く!あ、終わった、けど、まだ心の準備が…)


 そうしているうちに、次々とアロンは話しかけられてしまう。すでに夜は更けている。この調子では声をかけられずに終わってしまう。

 壁の付近で一人、手を挙げては止めてを繰り返ししているチチェを周囲は訝し気に見ていた。


(うぅ、院長に背中押してもらったのに……)


 頭ではわかっている。だが、それでも謝りに行くと言う行為に踏み出すことができない。


 謝罪もいらないと言われたら、決して許さないと言われたら……。それは覚悟しているはずだ。

 でも、アロンに嫌われていると自覚してしまった。以前のように、能天気に声をかけることなんてできない。少し昔の鈍感な自分の怖いもの知らずさに震える。


(早く謝りに行くんだ私……!)


 今伝えないともう二度とアロンに近づくなんてできないだろう。今でこそ彼は王城に留まっているが、魔族は滅亡したわけじゃない。

 魔物に苦しみ助けを求める声があれば、王都を発って頼れる仲間たちと共に旅を再開するのだろう。


 新しい伝説が待っている。そして、ただの王宮魔術師がそんな彼と関われる機会はきっと今この瞬間だけだ。

 この機を逃せばチチェは一生後悔するかもしれない。一生、かつての親友に謝ることすらできなかった愚かな自分を責めるのだ。


 和解なんてできなくていい、彼の名誉を傷つけるつもりはなかったと、反省しているのだと伝えたい。


 アロンと仲の良かったかつての自分を、今のつまらない自分で塗り潰したくない。

 アロンのこれからの人生の中で少しでも思い出してもらえた時に、こんなチチェを思い出してほしくない。嫌な気持ちになってほしくない。


(だから……!)


 チチェは覚悟を決めて顔を上げた。


「え?」


 チチェは息を呑んだ。目の前に人が立っていたのだ。


「……」


 知らない人だ。眼鏡を掛けた青年だ。年は同じくらいだろうか。

 少し背の高い彼は、チチェを感情のない目で見下ろしている。


「あの……?」

「君、勇者の幼馴染?」


 恐る恐るチチェが口を開くとそれに被せるように、男がしゃべり出した。生気のない声だった。

 人形みたいだ、チチェは咄嗟にそう思った。


 瞬きもせず、こちらを淡々と凝視している。質問してきたというのに、その顔には何の感情も乗っていない。


 チチェが困惑していると、男は目を見開いたままチチェにじりじりと寄ってくる。

 チチェも動きにくいドレスの裾を握りしめて、少しずつ後ろに逃げる。


 だが、すぐ後ろには壁があった。チチェは壁にぶつかった。これ以上は下がれない。


「な、なんですか……?」


 それも、男は止まることなく、チチェににじり寄る。

 目と鼻の先で、男の顔が止まる。生暖かい息がチチェに掛かった。


「幼馴染?」


 抑揚のない声でまた、それを聞く。眼鏡越しに大きく瞳孔の開いた真っ黒な瞳がチチェを覗いている。


 チチェは何も言えずに、ただ頷いた。この距離感のおかしな男が怖かった。


 今すぐナイフでも振りかざしてくるのか、それともこの場で倒れそうな、危うさがあった。


 男の挙動一つ一つに警戒していた。だが、男はチチェが頷くと、口角を引き上げてニコリと笑った。

 無理に引き上げられた口は鋭い三日月型になっている。


「そうなんだ~!君が幼馴染か!」


 さっきまでの死んだような顔は何だったのか、突然彼は嬉しそうに大声で話し始めた。


 まるで今の一瞬で別人になったかのような変貌にチチェは困惑した。彼は距離を詰めたまま、変わらず満面の笑みで語り出す。


「オレさぁ、勇者のこともっと知りたくてさ」


 極限まで細められた瞳がチチェを見下ろす。


「話そうよ。勇者のことが聞きたいな」


 そう言って彼はチチェの腕を掴んだ。強い力で引っ張られる。

 チチェは踏ん張るが、パーティーシューズではヒールのせいで上手くいかない。男に引かれるがままになってしまう。


「ねぇ、ほら、行こう」

「や、やめてください」


 チチェは腕を振り払おうとした。しかし、彼の手はチチェの腕をがっしりと掴んで離さなかった。

 男の細腕とは思えないほどの強い力だった。馬車に引っ張られているようで、まるで抵抗の意味がない。


「離して!」


 そう叫んだ瞬間、世界が真っ暗になった。何も見えない、何も聞こえない。ただ何かに押されるように体に圧がかかった。

 衝撃でチチェは床に座り込んだ。その瞬間、視界はまた普通に戻った。


(何、今の?……うっ)


 ぐわん、と気持ち悪い何かが体中を駆け巡った。


(気持ち悪い…めまいがする)


 全身が鉛のように重い。体が重くて仕方がない。異物感、吐き出したいのに、吐き出せない気持ち悪さに支配された。


 チチェは腕を掴んだままの男を見る。彼は、糸の切れたマリオネットのように、虚空を見ていた。


「はなし……」

「おい」


 その瞬間、男は後ろから肩を掴まれ、チチェから強引に離された。チチェは目を見開いた。


「こいつに何してる」


 そこにいたのは勇者アロンだった。



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