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第13話 昔のままではいられない

 五年前ーー勇者が故郷のエボ村を旅立ってから二年が経った時。14歳のチチェはエボ村から少し離れた大きな街の魔術学校に在学していた。


 そこでチチェは、何とか学年主席を保ち、王都の魔術学院入学のために勉強に明け暮れていた。


 しかし、大きな街とはいえ、所詮は地方の少しだけ有名な魔術学校。ほとんどの生徒たちは、故郷や近くの街で魔術師になれればいいと考えている。


 だから、チチェのように憑りつかれたように勉強ばかりしていない。皆、普通の学生のように和気あいあいとした日々を過ごしていた。


 そして、彼らの何よりの娯楽は勇者アロンの冒険譚だった。

 勇者はこの二年で数々の目覚ましい功績を上げ、彼こそが救世の英雄であると大陸中に知らしめていた。


 同い年の少年が竜と、魔族と、邪神と戦い、傷つき、仲間との絆を深めていく。神話のような伝説を創り上げる彼の冒険に皆が夢中だった。


 当然、その興味の矛先はチチェに向いた。なんといっても、故郷の同じ幼馴染だ。誰しもがチチェに勇者アロンのことを聞いてきた。


 どんな少年だったのか、どんな少年時代を過ごしていたのか。面白い思い出の話はないのか。


「アロンは、すっごい綺麗な顔立ちで、剣も持てなそうなくらい細かったんだよ。チビ助アロンだなんて呼ばれてたけど、すっごく喧嘩が強かった」

「アロンは、短気で、喧嘩早くて、良く他のガキ大将と喧嘩したりしてたよ」

「アロンは、可愛いし私とばっかりいたから、学舎の先生は最初のころ、女の子だと誤解してたんだよ」


 チチェは、彼の話を求められる度ににこやかに彼のことを語っていた。同じ同級生も、先輩も、後輩も、先生も、寮母さんも、街の人たちも、皆アロンのことを聞きたがった。

 チチェの会話のほとんどは彼のことばかりだった。


 それは誇らしいことだ。こんなにも、勇者のことを好いてくれる人達がこんなにもいる。

 だから、沢山話した。アロンがどんな少年なのか。彼がどれだけすごい人物であるかを自慢した。


 皆と一緒になって、アロンの凄いところを讃えあげていた。



 日は沈み、王宮内は橙色の光の灯で照らされている。

 勇者たちのための凱旋パーティーは王宮内の舞踏館で開かれる。

 その前の広場には煌びやかに着飾った貴族や、王宮勤めの重鎮たちがパートナーとの合流のためにたむろしていた。


 そんな色とりどりのドレスや中で、濃紺色の魔術師のローブを纏ったチチェは目立っていた。

 背中を丸めて、申し訳なさそうに人込みをかき分けてシュルツ院長を探す。


(うぅ……院長どこですか?)


 腰まで届く長い銀髪をたなびかせ、王宮魔術院院長の白いローブを纏った彼はとても目立つ。だから、今日もすぐに見つけられると思っていたのに、全く見つからない。


「ブラウン、なんだその恰好は」


 突然後ろから声をかけられチチェは飛び上がった。振り向くとそこには、紺色のタキシードのシュルツ院長がいた。

 シュッとしたシルエットに、長い銀髪を短くくり横に流したその様子は、いつもの中性的な彼ではなく、立派な貴族紳士にしか見えなかった。


「……院長いつもと、雰囲気が違いすぎませんか」

「お前はいつも通りすぎだ」


 ポカンとしているチチェにシュルツは呆れた顔を向けた。


「正装で来いと言っただろう。王族や貴族たちも来ているんだぞ」


 チチェはぐっと、唾を飲み込むと、ローブのポケットから招待状を取り出しシュルツに頭を下げてさし出した。


「招待状いただいたのは本当に嬉しいのですが……本当にごめんなさい、今日のパーティーには参加できません」


 ぎゅっと、目をつぶって、シュルツの次の言葉を待つ。怒っているだろうか、あれだけ勇者ファンを名乗っていた部下に、わざわざ用意してあげた招待状を突き返されて。

 しかし、チチェの予想に反して、シュルツはいつも通りだった。


「それは、聖女殿から勇者殿に近づくなと言われたからか?」


 チチェは顔を上げ、目を瞬かせる。


「……ご存知だったんですか?」

「上司だからな、部下の悪い噂ぐらいは聞き及んでいる」


 チチェが聖女イレーナに忠告されてから、はや数日シュルツの耳にも入っていたようだ。


「その、だからこそ……私がこれ以上アロンに近づくのは良くないと思うんです」

「そうだろうな。あれだけしつこくしていればな」


 シュルツは平然と答える。チチェは何も言えない。


「お前はそれを反省している。それで、心の底から謝りたいと思っている」

「……はい」


 彼の続けた言葉に頷いた。あの日、イレーナに近づくなと言われ、二人の睦まじさを目撃してから、本当に反省しているのだ。

 自分の小さな虚栄心のために、彼の栄光を傘に自慢していたこと、彼と聖女イレーナの邪魔をしていたこと。そのすべてが申し訳ない。


「だが、謝りたくとも近づくことはできない。だから、最近のお前はウジウジと暗い訳だ」

「ウジウジ……」


 そういえば、エマにも最近のチチェは暗いからと言われてしまったばかりだ。見るからに、落ち込んでしまっていたようだ。


「ただでさえ、ウチは暗い奴が多いんだ。お前にまで暗くなられると手の施しようがない」


 魔術師は魔術や呪いやらを扱うせいで、暗い性格の人間が多いことは確かに否めない。

 そのなかでも、無駄に明るいチチェは希少な人材ではあるのだ。


「上司命令だ、勇者殿に謝ってこい。それで吹っ切れろ」


 そういってシュルツはチチェのフードを引っ張ると、舞踏館とは別の方へチチェを連行していった。



 チチェが連れて行かれたのは、王宮のすぐ外にある、ドレスの仕立て屋だった。

 貴族の令嬢たちが利用するような高級店で、店内は色とりどりの美しいドレスや輝くアクセサリーでいっぱいだった。


 エマとウィンドウショッピングで外側から眺めるぐらいしかしたことがないようなお店だ。チチェが縮こまっているうちに、シュルツは店員にいくつか伝えると、チチェを店員に押し付けた。

 チチェが呆気に取られていると、店員に衝立の奥に引き込まれて、あれよこれよと着飾らされてしまった。


 店員が満足いくまで何着も着つけられた後、最終的にターコイズブルーのドレスに落ち着いた。


 暗めのターコイズブルーの色は上品さを醸し出していた。滑らかな生地は少し動くだけで軽やかになびく。

 チチェの栗毛色の髪はカチューシャのように編み込まれ、白い花の髪飾りで止められている。


 ふんだんに紅と白粉で化粧を施された顔は自分でも一瞬誰か分からなくなってしまうほど、綺麗に見えた。

 黙って立っていれば、それ相応のご令嬢にも見えなくはない。


 そうして、シュルツの前に引き出されたチチェだったが、表情は暗かった。


「あの……もっと暗めの、黒とかのドレスがいいと思うんですが……」


 チチェはパーティーを楽しみに行くのではない、勇者アロンに頭を下げに行くのだ。

 洒落っ気を出して調子に乗っているだなんて思われたくない。


「それじゃあ、葬式になるだろうが。祝いの場に着飾りもしないで行くのは失礼だぞ」

「…着飾るなんて、私にそんな価値ありますか」


 そんな価値ないだろう。とにかく目立たない、謝罪が表現されているような服で行きたい。

 魔術師のローブではダメなのか、と再三聞いても、逆に目立つとシュルツは首を振った。


「何でそんな卑屈なんだ。いつものお前はどこ行った」

「いつもの私は、勇者の幼馴染でしたから…」


 確かに、いつものチチェであれば意気揚々と服を選んでいただろう。しかし、今のチチェは誇らしい勇者の幼馴染などではないのだ。

 暗い声で答えるチチェに、シュルツは眉を顰めた。少し考えるように黙り込むと彼はチチェに向かって口を開いた。


「……いいか、お前に言わせれば今のお前は勇者の幼馴染ではないのかもしれない」


 チチェは目を伏せながら頷いた。


「だがな」


 シュルツは白い手袋をしたその手で、チチェの肩を叩いた。


「お前は王宮魔術師、二級チチェ・ブラウン。魔術師として功績を挙げ、名誉の役職を与えられた魔術師だ」


 チチェは顔を上げた。シュルツは笑っている。


「それを誇れ。お前が何者だろうと、私の部下には変わりない」


 チチェはポカンと口を開けていた。


 チチェは勇者の幼馴染であるだけじゃない。それが無くなったって、彼女の全部が無くなった訳じゃない。彼はそう言っている。


 チチェは王宮魔術師だ。心の中にはアロンがいた。でも、ここまで来たのはチチェの力なのだと。


 目を見開いて黙ってしまったチチェを、シュルツはしげしげと見つめていた。


「ロレインからお前は編み込みをしているのが良く似合うと聞いていたから頼んだが、よく似合っているな」

「エマが…」


 いつの間にそんな話をしていたのだろう。後輩が上司と自分の話をしてくれていたのだと思うと、唇の端がむずかゆかった。


「ちゃんと綺麗だから胸を張れ」


 褒められているはずなのに、いつものように説教をされているような気持ちだ。我らが院長は褒めるのが得意ではないようだ。


「なんか、お父さんみたいですね」

上司(じ・ょ・う・し)だ」


 ぼそり、と思わずつぶやくと、いつものようにシュルツは険しい顔になる。

 チチェは苦笑すると、言われたように背筋を伸ばして胸を張って前を見た。

 前にある大きな姿鏡に、立派なドレスを纏った淑女が映っている。


(そうだ、私もアロンもお互い変わったんだ。いつまでも幼馴染だなんて言ってられない…よね)


 チチェはじっと自分の姿を見つめる。背もあれから少し伸びた、明るかった翠色の瞳は昔よりもぐっと暗い翠になった。

 変わったのはアロンだけじゃない。チチェだって、変わっているのだ。


(アロンの幼馴染だって自慢していたことをちゃんと謝ろう)


 じっと、鏡の中の翠色の瞳を見る。その瞳は少し寂しそうだった。


(それで、終わり)


 チチェは目を閉じて、勇者と聖女、仲睦まじい二人を思い出す。


(私たちにはそれぞれの人生がある。もう交わることなんてないかもしれないけど、それでいいんだ)


 そう自分に言い聞かせて、チチェは目を開けた。横にいるシュルツにへらっと笑いかける。


「ちなみにこの服代って……?」

「安心しろ、給与から天引きしといてやる」

「ぐっ……了解です……」


 当然自分で払え、とのことだ。チチェは今月の痛い出費に苦笑いをした。


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