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第12話 行方なき招待状

 勇者アロンの恋人が聖女イレーナであると告げられてから早数日が経った。

 その間、チチェはアロンを見かけることがあっても、気づかれないように避け続けた。


 聖女イレーナが勇者アロンの恋人であったという事実は王都中にすでに広まっている。

 聖女は勇気を振り絞って、勇者の幼馴染を名乗る不審者を撃退したのだと。


 世間では、勇者の昔エピソードを話してくれる最高の情報提供者であった幼馴染チチェは、今では勇者と聖女の仲を邪魔する勘違い女に成り下がった。


 自分でも全くそう思う。だから、チチェはひたすら避けたし、勇者の話題も一切しなくなった。

 そんなことで、今までのしでかしたこと全てが清算されるとは思わないが、勇者アロンの今後に一切関わらないことがせめてもの償いなのだと思っている。


 チチェは魔術師の間へ向かった。机の上に置かれていた勇者グッズは全て片付けている。


 あんなに大事にしていたグッズをまともに見ることなど出来なかった。

 ずっと幼馴染だと驕って自慢していた事実を突きつけられる。そう思うと、後悔と恥ずかしさで消えてしまいたくなった。


 チチェは下を向いてフードを深く被ったまま、自分の机に向かった。


 机には書類の山、そして大量の伝達紙が机のあらゆるところに張り付けてある。


(あ……)


「調子に乗るな」

「勘違い女」

「聖女様に謝れ!!」


 そこには、チチェへの悪口が張り付けてあった。後ろからクスクスと笑う声が聞こえた。


 チチェが振り向くと、少し端の方で数人の魔術師たちがこちらを見て笑っている。

 チチェが三級魔術師だったときのチームメイトたちだった。


 チチェも王宮魔術師の全員と仲がいい訳ではない。役職柄、個人での仕事が多く同じ職場で働く同僚とはいえ、皆競争相手のようなものだ。足の引っ張り合いだって少なくはない。


 さらに、二級に上がったばかりで順調に出世していくチチェをやっかむ同僚も多い。


 そんな時に、チチェのご自慢の勇者ネタが全部、勇者自身が不快に思う行いだったと判明したのだ。

 引っ張れる足は引っ張ってやろうという意地悪な奴らの仕業だろう。


(…ははは…その通りだよ)


 書いてある通りだ。自分は勇者の幼馴染であることに調子に乗っていた、ただの勘違い女なのだ。

 今のチチェに勇者の幼馴染と誇る資格はない。


 チチェは貼り付けられた伝達用紙をただ剥がして、側 にある屑籠に丸めて捨てた。

 何も反応しなくていいのだ、別に事実を言われただけだ。

 チチェに怒る権利などないのだ。


「ブラウン!」


無気力に机に座ったチチェに呼びかける者がいた。シュルツ院長だった。

 銀髪をたなびかせ、その長い脚でチチェの机まで速足でやってくる。


 魔術院の長である彼が来た事で、チチェを笑っていた者たちは蜘蛛の子を散らすように去っていった。

 だれも、シュルツ院長の前でチチェをいじめるような失態は見せたくないようだ。


「院長…」


 その圧倒的な地位に、チチェは少し羨ましさを感じる。チチェが彼ほどの実力者であれば、チチェもアロンに拒絶されることはなかったのだろうか……。


「どうかしたか?」

「いえ、何も……」


 いつもと違って元気がない様子のチチェにシュルツは首をかしげていた。


 チチェは首を振って、なんでもないと伝える。ここ数日のチチェと勇者の噂は王宮内では有名になっているはずだ。しかし、シュルツはそれを知ってかいるのか知らないのか、特に気にするでもなくすぐ本題に入った。

 彼は、懐から細長い便箋を取り出すとチチェに渡す。


「今日、延期されていた勇者凱旋記念パーティーが、いきなり開かれることになってな」


 チチェが便箋に目を落とすと、そこには王家の紋章が描かれた王が主催する勇者凱旋記念パーティーの招待状だった。


 凱旋日から延期されていたが、急遽、今日の夜開催されることになったらしい。


「私のパートナー枠で招待状を手に入れてきた。行きたいと言っていただろう」


 大変だったんだぞ、と胸を張る上司に、チチェは申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

 シュルツは行きたいと騒いでいたチチェのために、わざわざ招待状を用意してくれたのだ。


「そ、その……」

「夕刻、会場館前で集合だ。貴族も多く来る会だからパーティ用の正装は忘れるなよ」

「あ……」


 チチェがもごもごと言い淀んでいると、シュルツは伝えることを伝えるだけで、さっさと行ってしまった。

 引き留める間もなく行ってしまう。今日も魔術院院長は忙しいようだった。


(断れなかった……ど、どうしよう……)


「先輩、おはようございます」


 チチェが招待状を片手に冷や汗をかいていると、エマが出勤してくる。

 チチェはハッと思い浮かんで、エマにさっきシュルツから貰った招待状を突きつけた。


「エマ!これ行かない?」

「なんですこれ……?」


 エマは招待状を受け取り、マジマジと見つめる。


「勇者ご一行の凱旋記念パーティー!」


 その文面を読むとエマの顔がパァーっと明るくなる。


「先輩が行きたかったやつですね!ついに行くんですね!よかったですねぇ!」


 エマは本当に嬉しそうな顔をチチェに向けた。その純粋に喜んでくれる姿にチチェはまた居た堪れなくなってきたが、観念して口を開く。


「いや……院長がくれたんだけど、私、その、ちょっと事情があって……いけないから……その……代わりに」

「何言ってるんですか先輩。あんなに勇者様に会いたがってたじゃないですか」


 エマは心底不思議そうに首を傾げる。なぜあんなに勇者を追いかけていたチチェがこうも、パーティーに行くのに消極的なのか疑問なのだ。


「いや……その今は……」


 チチェがそう言い淀んでいると、後ろから悪意のある声が聞こえた。


「……うわ、まだ諦めてないの」

「聖女様、可哀想……」


 他の魔術師達が聞こえるように、そう言ってチチェ達の後ろを通り過ぎた。


「……?なんなんですかね?」

「……もしかして、エマまだ知らない?」

「?」


 エマは首を傾げた。その様子を見て、チチェはエマがまだ、勇者の恋人が聖女様であり、その幼馴染は邪魔者であったことを知らないのを確信する。


 チチェは、聖女イレーナに近づかないでくれと言われてしまったことを、精一杯自分が悪かったのだとアピールしながら伝えた。


「……知りませんでした……最近の先輩は元気なさなそうでしたけど……それで」

「……だから、私は行けない。でも、折角用意してくれた院長に悪いから、良かったらエマが行ってくれない……?」


 エマは困った顔で暫くチチェを見つめると首を横に振った。


「……ダメです。絶対先輩が行ってください」

「でも、パーティーだよ。折角なら……」


 エマは渡されていた招待状をチチェに突き返すが、チチェは受け取らない。


「私、凱旋パレードの日、先輩に代わっての仕事受けてあげましたよね……」


 彼女は口を膨らませると、チチェを軽く睨んだ。


「だから、今回は私のお願い聞いてください」

「……ごめん!本当にお願い!」


 尚も、返そうとするエマに、チチェは両手を上げて降参のポーズをする。手を上げて仕舞えば背の低いエマには届かない。


「最近の先輩はジメジメしてて、面倒くさいと思ってました!私のためにも直接話して吹っ切れて来てください!」


 エマは、チチェのローブのポケットに招待状を突っ込む。


「それでは!私も仕事があるので!」


 やられた!と思う前にエマはチチェに背を向けて去っていってしまった。


「……そ、そんなぁ」


 エマに渡すという頼みの綱も絶たれてしまった。他にこの招待状を渡せるほど仲の良い魔術師はチチェにはいない。


(うぅ、ここは院長との集合場所でやっぱりすみません行けません、って直接言うしかない)


 早めに返したくても、今日の院長の予定は分からない。いつも、偉い人と会議や、重要な任務に出ていたりするので、今日も忙しいのだろう。


 こんな私用なことで、彼を探して呼び止めるのも申し訳ない。

 チチェが居るにせよ居ないにせよ、彼はこのパーティーに出席するのだから、直前に言っても問題ないだろう。

 

 チチェはこの件については後でなんとかしようと後回しにして、自分の仕事に戻った。


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