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新学期が始まり、久しぶりに教室に集まった生徒たちは各々の休暇の過ごし方について話を弾ませる。
「聞いてください。先日、エレナ様と話題のランチに行ったんです」
「まあ、エレナ様と? 楽しそうね。今度は私も誘ってくださらない?」
……と、周囲の令嬢たちのエレナへの好感度が高くなっている様子は見られるが、特に私に大きな問題はなかった。
隣の席に座った令嬢が親しげに声を掛けてくる。
「ルージュ様、夏季休暇はいかがでしたか?」
「まとまった時間で本を何冊か。有意義な時間でしたわ」
そう。別に私の好感度が下がったわけではないのだ。だから特に困ってはいなかったりする。エレナがしたことに納得はしていないが。
令嬢は思い出したように話題を変える。
「そういえば、もうそろそろ学園祭の時期ですね。ルージュ様は今年のテーマについて、何かご存知ですか?」
「いえ、存じませんわ」
学園祭は毎年テーマが変わり、それに沿って皆が出し物や展示をする。もちろん今年のテーマも知っているのだが、あえて言う必要はない。
「例年通りなら、そろそろ発表されるのではなくて?」
そう言って何気なく視線を上げると、近くを通りかかったダリウスと目が合った。
「ごきげんよう。ダリウス様」
「おう、久しぶり。今日のルージュ様は随分と楽しそうだな」
「あら、そう見えますの?」
「結構見えるな。やっぱり学園祭だろ? でもなんか意外だな。学園祭とか興味ねぇと思ってた」
「意外って……」
ダリウスの若干失礼なセリフに、隣の令嬢も思わずといった風に小さく笑った。相変わらず私はなんだと思われているのだろうか。
「わたくしにもそんな時はありますわ」
むっとしてそう言うと、ダリウスは「わりぃ」とすこぶる軽く謝罪した。
私が内心ワクワクしているのは事実だ。
なぜならこの学園祭、模擬店の運営や設営などは全て生徒が自分たちで行うという決まりになっている。つまり、どんなクオリティになるのかは私たちの頑張り次第。
そんなの、元舞台裏方としての腕がなるというものじゃない?
だから結構楽しみにしていたりするのだ。どんな設営をしようかとあれこれ考えていると、始業のチャイムと共に教室の扉が開いた。
「――というわけで、今回の学園祭のテーマは『物語』です」
「そうだな。……そうだな」
「どうしました?」
ホームルームで公表された学園祭のテーマについて話し合おうとしたが、対面に腰掛けたアルバートの歯切れがいつもより悪い。
「ああ、すまない。父上が見に来ると考えたら、どうも気になってしまってな」
「こんなところにネタバレの弊害が」
「いや、それは構わないんだ。何も知らずに遭遇すると思ったら、むしろそちらの方が心臓に悪い」
「なるほど」
私が頷くと、彼は自分を落ち着かせるように少しぬるくなった紅茶に口をつけた。
確かに彼の言葉には納得しかない。
ゲームでの国王とアルバートの仲は悪くはなかったが、やはり歴代最高の王と評される父だ。親子として比べられがちなアルバートにとって、彼の存在は重荷になっていた。
それは現実でも大きくは変わらないようで、面と向かって会うには少し心の準備がいるらしい。
「父上のことは一旦忘れよう。ともかく、『物語』だったな。これはゲームと同じか?」
「ですね」
なんならテーマについての解説もあったが、それもゲームと同じだった。やはりメインのイベントは原作のシナリオ通りに進むようだ。分かりやすくて非常に助かる。
「となると、ここでエレナさんはクラス代表に任命されるでしょう」
ご都合主義だが、教師がふと目についたエレナを指名するのだ。そして彼女は企画担当としてクラスをまとめ、学園祭の成功を目指すことになる。
「ふむ。それでどうなるんだ?」
「彼女が代表権限で好きな出し物を選べるんです」
喫茶店や迷路など、何種類かの定番の模擬店の中から『物語』というテーマに沿ったものを選べる。
そして当然、これは乙女ゲーム。準備期間中に攻略対象ごとに個別の好感度イベントが発生する。放課後の居残り準備で二人きりの作業時間があったり、跳ねたペンキから守ってもらう不意のドキドキシーンなどがあったり。
もちろん、当日は好きなキャラと他クラスの模擬店を一緒に回る自由行動パートもあり、学園内デートスポットを回ることが出来る。
「他のクラスの出し物も結構面白いんですよ」
特に模擬店の衣装がやたらと似合う攻略対象たちを堪能するのは、このイベントの楽しみの一つ。普段制服などの決まった衣装しか見られないキャラの貴重なコスチューム姿は必見だ。
「それはやはり俺も着るのか?」
「もちろん」
「……だろうな」
アルバートはなんとも言えない表情で肩を落とす。
「安心してください。どれを着てもバッチリ似合いますから!」
「何も安心できんが」
うわ、すごいジト目でこちらを見てくる。でもこのゲームの顔みたいなアルバートがコスプレから逃れられるわけがないだろう。諦めてください。
「衣装がどうなるかは全てエレナさんに掛かっていますので」
「……せめてまともなものになるよう誘導するか。ルージュのクラスは誰が代表になるんだ?」
何気なく聞いてくるアルバートに、私はため息をついて答える。
「ついさっき決まったんですが……私になりました」
「ほう」
「でも、やっぱり断ろうかと思います」
ゲームのシナリオを思い返す。ルージュは権力を振りかざしクラス代表の座を手に入れると、それはもう好き勝手やったのだ。
「独断で闇堕ちしてそうな模擬店を出したり」
「どんなだ」
「なんというか、悪に染まってそうな感じで」
「悪に」
全体的に黒と赤を基調にした悪役感溢れる空間だった。別に好き勝手するつもりはないが、シナリオ通りにあれを自分が提案するとなるとかなり羞恥心がある。
「急におかしくなったのかと思われそうじゃないですか」
「……そうだな」
かと言って別の無難なものにするにも、他には何も思いつかない。
「ダリウスの衣装はファンの間で好評だったんですけどね」
ルージュに逆らえなかったダリウスは普段なら絶対着ないだろう闇堕ち騎士風の衣装を着せられていた。本人は嫌そうにしていたが、めちゃくちゃ似合っていたのだ。それはもうファンアートとか闇堕ちIFの二次創作が長期間一定の勢力を保っていたほどに。
「このイベントでしか見られないにも関わらずですよ。すごいですよね」
「……そこまで好評だと言われると少し見てみたくなるのだが」
「それはそう」
とまあ、闇堕ち模擬店はひとまずいいとして、問題は別にある。
「代表になるとエレナさんと競い合う形になっちゃうんですよ」
クラスの出し物は観客の評判によって採点され、それに応じて閉会式で表彰がある。ゲームのルージュはそれを利用して気に食わないエレナを引き下ろそうとするのだ。
だからできることなら役割から降りたい。とりあえずこの後すぐに担当教師に相談しに行ってみよう。
「で、どうだった?」
「……正式に私が代表になりました」
「不思議とそんな気はしていたな」
「実は私もです」
小一時間後、全てを諦めた私はソファに沈み込んでいた。
代表の辞退を教師に直談判しに行ったのだが、どうしてもと何度も頭を下げて頼み込まれてしまい断りきれなかったのだ。やっぱりあるのか強制力が。
「私はただ平和に終わらせたいだけなんですよ」
「気持ちは分かる」
本心からの願いを呟くと、アルバートから同情の目を向けられた。
……仕方ない。こうなったら予定変更だ。
この学園祭がそう簡単に終わってくれないことは最初から分かっていた。ならば迎え撃つのみ。
「逃げられないのなら徹底的にやることにします。そうだ、アルバート」
「なんだ?」
「今日からしばらく忙しくなるので、あまり会えません」
「えっ」
目を丸くしたアルバートに私は続ける。
「クラス対抗ですから。私たちはある意味で敵同士なんですよ」
「敵……か」
敵という単語に彼は少ししょんぼりとするが、今回ばかりはそういうものだ。
「学園祭が終わるまでですから。それまではゲームのシナリオ通りだと思って楽しんでください」
「ふむ。そう考えるならアリか」
シナリオ通りという言葉に、彼は打って変わって楽しそうに続ける。
「では、勝負だな。俺たちも全力を尽くそう」
「望むところです」
私たちは顔を見合わせ、立ち上がったのだった。
翌日、昼食後に教室に戻ると、窓際で数人の令嬢がひそひそと話をしていた。
「今年の劇のヒロイン、先ほど決まったそうね」
「ええ、エレナ様ですよね。クラスの代表も担うとお聞きしましたわ」
なるほど、もう話は出回っているらしい。
これもまたシナリオ通り。学園祭の終盤、有志を集って講堂で行われる演劇があるのだが、そのヒロインになんと彼女が選ばれるのだ。さすがは主人公である。
しかし、変わっている部分もある。
「あの可憐なエレナ様なら、ヒロインにぴったりですわ」
ゲームとは違い、平民のエレナが抜擢されたことに反対の声は上がらなかった。今までは由緒ある家の令嬢が務めてきた役にも関わらずだ。エレナへの好感度が上げられていることがよく分かる。
……まあそれはいいとして。
実はこの学園祭、いくつかのクエストが途中に挟まる仕様になっている。
そして、皆は忘れてそうだが『黄の大精霊』から加護をもらうためにもクエストクリア数を稼ぎたい。この学園祭を通じてエレナたちにはノルマを進めてもらうのだ。
――クラス代表、劇のヒロイン、そしてクエストのクリア。その三つを彼女はどれだけ頑張れるだろうか。
今回の私は敵として、本気でお相手させていただきますので。




