109
「ルージュ様。衣装のデザインはこちらでどうでしょうか」
おずおずと差し出された紙に目を通す。描かれたダークファンタジー風の衣装は美麗であり、なかなかに悪役らしいデザインだ。男女ともにボス感があって強そう。
「とても素敵ですわ。ですが、この部分にもう少し装飾があるとさらに見栄えが良くなりそうね」
「確かにそうかも……ありがとうございます! もう少し練り直しますわ!」
衣装担当の令嬢は私に礼を言うと、勢いよくメンバーの元へ駆けて行った。
クラス代表になった私は全てを諦め、ゲーム通りの闇落ち模擬店――『悪役カフェ』を提案した。……のだが、予想外に普通に受け入れられたどころか、むしろ皆はノリノリだった。本当になぜ?
「ルージュ様、設営についてご相談が――」
「ええ、すぐに行きますわ」
遠くから私を呼ぶ声に返事をする。
皆が協力的なのは助かるが、そもそもクラス代表は思っていたよりも忙しい。テーマに沿った案を出すだけではなく、衣装や設営までほとんど全てを確認しなければいけないのだ。責任重大である。
一方でエレナはこのクラス代表に加えて、劇のヒロインを演じ、当日はクエスト攻略のため奮闘することになる。それはもうめちゃくちゃ忙しいだろう。頑張れ。
そんなことを考えつつ、小走りで設営担当の元へ向かうと、彼は困り顔で切り出した。
「実はこの部分に使う資材の一部に不具合があって数が足りず、このままでは作業が止まってしまうんです」
「あら、本当ね」
足元に積まれた資材に目を向けると、外壁に使用する板の何枚かが角が大きく欠けており、サイズが足りなくなっている。これでは確かに使えない。
「すぐに代わりのものを調達いたしましょう」
というわけで早速クエストその1。学園祭準備に使う資材の調達。設営中、不足してしまった分の資材を購入するため、街に向かうことになる。つまり単なる買い出しだ。
だが、こんなんでも一応クエストであり、ちゃんとクリア数にカウントされる。この学園祭準備では、資材の不足などの小さな依頼がいくつも発生するのだ。
エレナのクラスでも同じようなクエストが出ているはずで、アルバートには事前に必要な動きを全て叩き込んである。問題なくクリアできるだろう。
……まあ、私のクラスでも同じことが起こるのは想定外だが、やることは簡単だ。
一人でさっさと終わらせてしまおうと教室の扉に手を掛けると、
「買い出しか?」
と言いながら横からダリウスが近づいてきた。
「ええ。少し街へ向かいますわ」
「じゃあ俺も行く。ちょうど手が空いたし、荷物持ちも必要だろ?」
「まあ」
念の為、他の資材も含めて多めに買っておこうと思っていたので、彼の申し出は非常に助かるものだった。
「では、お願いいたしますわ」
「次はあちらの店で裁縫糸を。その次は一本先の――」
「いや多いな」
メモを片手に足を進めると、大量の荷物を難なく持ったダリウスが苦笑いをした。
「ごめんなさい。こんなに持たせてしまって」
「この程度は余裕だし、構わねぇよ。しっかし、さっきからよく店を間違わねぇな」
「王都の店の品揃えは日頃から把握しておりますの」
「すげぇな」
彼は感心したように返事をする。実際、品揃えを把握しているのは嘘ではない。レアアイテムが入荷されるのを待ち構えているだけだが。
「にしても、ルージュ様がクラス代表で大丈夫か? って思ったけど、意外にやれるんだな」
「どういう意味です?」
「なんつーか、侯爵令嬢だし、普段はこういうのは使用人に任せてそうなイメージがあったんだよ」
「なるほど」
確かに私の立場上、そう思われていてもおかしくはない。
「まあ、よくよく考えたら、前からそんなことなかったけどな。偏見ってやつだよ」
ダリウスは申し訳なさそうに笑いながら続ける。
「でもまさかルージュ様が『悪役カフェ』をやりたいって言い出すとは思わなかったけどな。急にどうしたんだ?」
「うっ!」
その何気ない質問に変なダメージを受ける。今回、心を無にして原作通りのものを提案したのだが、やっぱり後から湧き上がる羞恥心がすごかったのだ。
「……じ、実は休暇中に読んだ物語から着想を得ましたの。ほら、テーマが『物語』でしょう? ちょうど良いかと」
「なるほどな」
ダリウスといえば、その件で一つ気になっていたことがあった。
「ダリウス様はわたくしたちの模擬店についてはどう思いますの?」
「どうってなんだ?」
首を傾げる彼に少し勇気を出して詳しく説明する。
「衣装のデザイン案はご覧になりましたでしょう? あのような悪役らしいものはお好みではなさそうですし、嫌ではないのかと」
「別に、嫌だとは思ってねぇよ」
彼は少し考えるように上に視線を向けた後、何も気にしてなさそうに続ける。
「確かに好みでもねぇけどな。学園祭なんだし、たまにはいいだろ」
ゲームではあの衣装を嫌そうに着ていたのだが、どうやら今の彼は違うらしい。既に彼の問題は解決していることもあるし、色々心境の変化があるのだろうか。
そう感慨深く思っていると、彼はニッと笑った。
「それにあの衣装、なんか強そうだし」
えっ、そんなノリなんですか?
「ただいま戻りましたわ」
買い出しを終えた私たちが教室に戻ると、こちらに気がついた一人の令嬢が駆け寄ってきた。
「ルージュ様、ダリウス様。先ほど皆に差し入れが届きまして」
「差し入れ?」
令嬢の手に乗っているのは、綺麗な袋で一つずつラッピングされた、なんだか見覚えのある菓子。
……うん。嫌な予感しかしない。
「……どなたからですの?」
「エレナ様です。学年のみんなに配っているらしくて。お二人もいかがですか?」
ですよね! これはやっぱりあの時の菓子だ。ここにも持ってきましたか。
「やっぱりエレナ様のお菓子は美味しかったですよ。是非食べてみてください」
そして、この感じはもう遅いやつだ。クラスの皆は既に食べた後だろう。本当に油断ならない。
とにかく、私はもう食べたくないわけで。
「今は少し食欲がなくて。こちらは後でいただきますわ」
断るのも角が立つし、とりあえず持ち帰ることにしてお茶を濁そう。私が一袋受け取ると、令嬢は次にダリウスに視線を向けた。
「ダリウス様もどうぞ」
「おう。ありがとな」
彼は袋を受け取ると、そのまま手を中に入れる。
そして――袋から取り出した菓子を何の躊躇もなく口に放り込んだ。
……食べてしまった。
これでダリウスも無条件にエレナへの好感度が上がるのだろう。あの菓子は食べた相手の好感度を強引に引き上げる代物なのだから。
内心肩を落とす私の前で、令嬢が彼に問いかける。
「どうですか? すっごく美味しいですよね」
「おう。そうだな」
……ん?
なんだか反応が他の生徒より薄い気がする。もしかしてそんなに効いてない?
買ってきた資材を設営場所に運び込み、作業に戻る。そして、ダリウスが皆から離れて一人になったところを見計らい、こっそり声を掛ける。
「ダリウス様、少しよろしくて?」
「なんだ?」
「先ほどお食べになった菓子についてですが」
「ああ、あれか。食べてねぇよ」
「え……?」
「ほら」
促されるままにダリウスの懐を覗くと、そこには先ほどの菓子が袋に入ったまま収まっていた。
何が起きたのか理解できずに固まっていると、彼は得意げに口を開く。
「殿下から言われてんだよ。『エレナから渡されたものは絶対に食べるな』ってな」
「では、先ほど食べていた菓子は……」
「あれは俺が焼いたやつ」
そういえば彼の趣味はお菓子作りだった。
「俺が食べなかったら目立つだろ? だから準備しておいたんだ」
彼はアルバートから菓子の話を聞き、代わりの菓子を焼いてこっそり隠し持っていた。
そして袋に手を入れた瞬間、手の中に隠していた自分の菓子と袋の菓子を入れ替えたらしい。エレナの菓子は、その袋ごと懐に仕舞い込んだのだという。
……全く気が付かなかった。
「器用ですのね」
「まあな」
素直に褒めると彼は誇らしげに胸を張った。
これで少なくとも、ダリウスはエレナの菓子を回避できた。アルバートの話が伝わっているならセシルも大丈夫だろう。あの人は口先だけで色々躱せるタイプだし。
ということは、同学年の攻略対象は全員無事ということである。不幸中の幸いとでも言うべきか。
「全く、エレナのやつは何を企んでるんだろうな」
「分かりませんわ」
ダリウスの疑問はもっともだ。エレナがシナリオを攻略しようとしている気はするのだが、この行動の真意についてはよく分からない。
「ところで、エレナ様はどちらに?」
近くの生徒に聞くと、彼女は菓子を配った後は劇の打ち合わせに向かうと言っていたらしい。
なるほど、案外ちゃんとやっているようだ。
……それにしても劇か。リハーサルが始まった頃にこっそり見に行ってみようかな。
最近仕事が立て込んでいるため、しばらく更新を隔週に変更させていただきます。
ゆっくりですが続けていきますので、あたたかく見守っていただけると嬉しいです。




