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翌日。私はアルバートを連れて校舎裏に向かった。
祠の前に着くと、まるで待ち構えていたかのように神が姿を現した。犬の姿ではなく本来の姿で、その白銀の美しい姿に相対すると緊張感がある。
彼は私たちを見るや否や、ゆっくりと口を開く。
「どうした人の子たちよ。我に何か用か?」
「ええ。今日はあなた様とお話ししたいことがありますの」
「何についてだ? 申してみよ」
発言を促された私はアルバートの横に立ち、いつもより真剣な表情で神と向かい合った。
そして――
「あなた様が『姫君』にお貸しになった力について、ですわ」
そうはっきりと告げると、目の前の神は心底楽しげに口角を上げたのだった。
――その数時間ほど前のこと。
「では、分かったことを説明しますね」
アルバートを学園に呼び出した私は、庭園の噴水前に置かれたベンチに座り、口を開いた。
「彼女の名前はナターシャ・リースといいます」
彼女はゲームではエレナのナビゲート役として手助けをしてくれる、所謂『お助けキャラ』だ。
「リース伯爵家の長女だったな」
「ご存知でしたか」
隣に座ったアルバートが「当然だ」と返事をする。さすが王太子、国内の貴族については把握しているらしい。
「ともかく、どうやって彼女と接触したんだ?」
「それは秘密です」
「なぜ」
彼の頭上に「?」が浮かんでいるのを横目に回想する。
今回、ナターシャと内密に会うために私は知識をフル活用していた。
まずナターシャに関すること。彼女には原石に目がないという設定があるが、これはコアなファンしか知らない情報だ。なんと、書いてあったのはゲーム発売前の月刊のゲーム情報誌のキャラクター紹介の一文のみだった。……むしろよく覚えていたな私。
次に鉱脈について。以前向かった峡谷には隠れた鉱脈があり、貴重な鉱物が取れることも知っていた。レアアイテムをゲットできるのでゲームではお世話になっていたのだ。
そして、この二つを組み合わせるため、私は噂を流した。彼女の耳に入るように相手を選んで、さりげなく。
するとどうだろう。幸いなことに今は夏季休暇中で時間があるし、峡谷はその気になれば向かえる距離だ。個人での採掘も特に問題はない。
だから、原石が欲しいナターシャは必ず現れる。趣味を隠すために、一人で。
後はリース伯爵邸の人の出入りを魔術で把握。ナターシャが峡谷へ向かったことを確認した私は、先回りをして何食わぬ顔で接触したというわけだ。全て計画通りである。
彼女には話してくれたお礼に鉱脈に案内させていただいたし、あの後たっぷりと原石を採取できただろう。
……でもこの話は全部、アルバートにだって秘密だ。
ナターシャとはお互いに約束をしたのだ。きちんと守らせていただきます!
「具体的な方法は企業秘密ですが、ちゃんと会って話しましたのでご安心ください」
「………………まあ、いいだろう。本題はそこじゃないからな」
納得し切ってはいなさそうだが、どうやら諦めたらしい。
彼は姿勢を正し、改めて切り出す。
「それで、今回の答えは分かったのだろう?」
「はい」
ナターシャの話を聞いて、私の中で全て繋がった。
「完全にエレナさんの仕業です」
ナターシャが茶会に出られなかった理由はこうだ。
彼女はエレナと一緒に茶会の準備をしていたが、その際、味見と称してエレナの作った菓子を食べさせられた。
その時、エレナがこう言ったらしい。『ナターシャはここで待ってて』と。
彼女はそれを聞いた瞬間、急に茶会に参加する意思を失ってしまったという。そして気がついた時には既に茶会は終わっていたと。
つまりエレナは魔術を使い、意図的にナターシャを茶会から排除したのだ。
「わざと遅れて参加するためか」
「おそらく」
茶会の場にタイミングよく現れるためには『エレナを茶会に連れて行く』役割のナターシャの存在が邪魔だったと考えると辻褄が合う。
もちろん、彼女がエレナに逆らえないことも、令嬢たちの様子がおかしくなったのも、菓子に込められた魔術の効果だ。そして――
「『その魔術には祠の神の力が使われている』。そうだろう?」
「その通りです」
アルバートの言葉に深く頷く。私の知る限り、それ以外あり得ないのだ。
それに、ナターシャがおかしくなったのは夏季休暇前の時期。エレナが神のバフを使い始めたであろう頃と合致している。
「ルージュ。これは研究所からの報告だ」
アルバートが懐から一枚の紙を取り出し、私に差し出した。ざっと目を通すと案の定、菓子から特殊な魔力が検出されたと記載がある。
「正体は不明だそうだが、そういうことだろう」
「間違いありません」
この異様な波形の魔力は、あの神のものだ。
――そして冒頭に戻る。
祠の神としっかり目を合わせ、冷静に口を開く。
「……あなた様が『姫君』にお貸ししていらっしゃるのは、感情を操る力」
彼のバフには相手の感情を操るものがある。ゲームでは対象の好感度を強引に上げる破格のバフとして使われていた。
渡す対価こそ非常に重いが、使えば問答無用で攻略できるチートのような力。乙女ゲームが苦手な人でもメインシナリオを楽しむための、いわゆる救済措置。
それがあの菓子にされた細工だった。
「ですが、あまり良いこととは思えませんわ」
私が持つ『好感度の変動幅を大きくする指輪』とは異なり、彼の力は術者の行動に左右されない。つまり相手の意思を完全に無視して感情を操作しているに等しい。
ナターシャが茶会に参加しなかったのも、令嬢たちが無条件にエレナを持ち上げたのも、本人たちの意思ではなかっただろう。
しかし、私の言葉に神は首を傾げる。
「あの者は相応の対価を払った。だから我の力を授けた。それに問題はなかろう?」
「ええ。そのことには文句はございません」
エレナが重い対価を払えているのは、信じがたいが事実らしい。しかし私が言いたいのはそこではない。
「その力がどのように使われているのかが問題なのです」
「以前、学園内での出来事はおおよそ把握しているとお聞きしました。茶会でのこともご存知でしょう」
アルバートが鋭く目を細め、加勢する。祠の神は、ゲームでは主人公たちどころかモブの動向まで把握していたほどだ。少なくとも令嬢たちの身に何が起きていたのかは知らないわけがない。
そんな私たちの言葉を受け、神は尻尾を気だるげに揺らす。
「つまりこういうことか。我が『姫君』に力を貸した癖に、その悪行を見ているだけであることが気に食わぬと」
「一言で言えば、そうですわ」
「ならばどうする? 我を倒してでも『姫君』への力を止めてみるか?」
言葉と共に神の魔力が大きく膨れ上がる。
だが、私はそれには目を向けず、あくまで落ち着いて答えた。
「いいえ。わたくしたちは別に何もいたしません」
「……ほう?」
興味深そうに片眉を上げる神に対し、アルバートは大きく息を吐いた。
「俺たちは伝えに来ただけです。決意表明のようなものだと思っていただければ」
そう。私たちは彼やエレナをどうこうしようとしているわけではない。ただ、『何が起きているのかは知っている。そのままではいさせない』ということを言いに来たのだ。
それを理解したらしく、神は「なるほど」と小さく笑い、こちらを見据える。
「退屈しのぎにはちょうど良いな。我は楽しみにしているぞ、人の子たちよ」
彼はそう告げると、話は終わりだと言わんばかりに、あっという間に姿を消してしまった。
「では、また来ますわ」
「失礼いたします」
祠に頭を下げ、校舎裏から離れる。
中庭まで移動し、ようやく肩の力を抜いた頃、アルバートは難しい顔で口を開いた。
「……ルージュよ。本当に止めなくて良かったのか?」
「彼に悪意はないですから」
今の彼は対価を受け取りバフを与えているだけで、人の善悪はあまり気にしていない。
「人間の感覚からちょっとズレてるだけなんです」
だから責めても仕方がない。
「それに、『倒してみるか?』って言ってましたけど、あの神、学園内にいるなら相当強いですからね。戦ったら秒で負けます」
「さすがに神か」
アルバートは納得したらしく、大きなため息をついた。
力を大幅に失っているとはいえ、バッドエンドでルージュを瞬殺するだけの力は残っている。敵対することは避けたい。
だから今できることは、こちらの考えを伝えることだけだった。
「この先はきちんと手を打たせてもらいますが」
「そうだな」
私は立ち止まり、アルバートに向き直る。
「とにかく、これからもやることはたくさんあります。アルバートにもたくさん力を貸していただきますね」
「ああ。遠慮はいらんぞ」
彼は自信満々にそう言うと、むしろ面白いことになったと言わんばかりに目を輝かせた。
「そんなことより、次はどんなイベントが来るんだ?」
「次のメインイベントの舞台は学園祭です」
「ほう」
学園祭。それは毎年秋にある学園の定番イベントだが、これは乙女ゲームだ。もちろんただの学園祭ではない。簡単に言えば、色々なトラブルが起こる。
「特にアルバートは遊んでいる場合じゃないですから。なんと……国王陛下がお忍びで来ます」
「……は!?」
試しにネタバレを投げてみたらアルバートはそのまま固まった。
そして数秒後、表情を引き攣らせて呟く。
「父上が、学園祭に……?」
「そうですよ。楽しみですね」
「楽しみ……楽しみ……」
「……大丈夫ですか?」
半分放心状態の彼が復活する頃には、なんと夕方になっていた。
ということで色々あったが、私たちはなんとか無事に最後の夏季休暇を終えたのであった。




