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第十六話 バースト☆ウォーズ

 ここはとある地方都市。一見のどかで平穏な町だが、度々悪の影が忍び寄る。

 悪の権化を排除し、平和を地に取り戻す者。それが、我らがヒーロー。我らがご当地ヒーローなのだ!


「……」

 町随一の憩いの場である公園に、無言を貫く男が一人。

 彼の名はクラブソルジャー。頭部と左腕は人間のものでありながら、右腕の代わりに巨大なカニのはさみを持つ、悪の組織『ダークグローリア』に属する怪人である。漆黒のマントをなびかせながら、人々を恐怖のどん底に追いやっていたはずだったのだが。

「……」

 その横には、同じく無言のままベンチに腰掛ける薫子の姿が。

 現在彼らは、隣同士に座ったまではいいが、どう会話を切り出していいものなのかと互いに様子を見ているところなのであった。

「あの……薫子殿」

 先に口を開いたのはカニ怪人であった。右腕のカニばさみを微かに震わせながら、ちらりと彼女の横顔を見る。

「な、何ですか?」

「この間の遊園地……楽しかったぞ」

「そうですか? 私も、楽しかったです」

 そう。二人は以前取りつけた約束の通り、一緒に遊園地に行ったのである。

 クラブソルジャーが話題を振ったのをきっかけに、何となくそちらの方へと会話は進んでいく。

「あの、ジェットコースターだったか? あれはすごいな。あそこまで速く進む乗り物が遊園地などにあるとは」

「ええ。特にあの遊園地のは、とっても速いんです。すごくスリルがあって、ドキドキしました」

「ああ。我も、ドキドキした」

 何故か今も、乗り物に乗らずとも胸がドキドキしているのだが。

 そんな言葉が頭に浮かんだ怪人であったが、口に出すのは自粛した。

「あと、お化け屋敷。お化けのメイクがとってもリアルで……あの時は驚いて、飛びついたりしてすみませんでした」

「いやいや。しかし、薫子殿は人ではない我よりも、作り物の化け物の方が恐かったのか?」

「はい。だってクラブソルジャーさん、頼もしくて全然恐くないですし……」

「え、あ、た、頼もしい……?」

「な、何でもないです!」

 再び口を閉ざし、沈黙してしまう二人。

 薫子は直前の話をかき消すように、あわてて他の場面について語る。

「あ、でも、ショーを観に行ったのは失敗でしたね。あんなに子供達が寄ってくるなんて」

「うむ、確かにすごかったが」

 彼らは色々な場所を巡った後、ステージで行われている大道芸のショーを観に行ったのだが、目立つ格好で人込みに入ったのは流石にまずかったらしい。その場に居合わせた子供達がクラブソルジャーの腕を見るなり「うわ、すっげえ! 今日、ヒーローショーもやるの?」と、彼を怪人役の俳優と勘違いして集まってきてしまったのだ。

「でもクラブソルジャーさん、寄ってきた子供達に対して優しかったですね。サインなんて普段絶対書かないのに、無理に頑張って」

「いや、サインをくれれば帰ると言うものだから……。人間は怪人を忌み嫌うと思っていたが、ああも人気があるものなのか?」

「まあ、特撮ドラマ好きの子の中には、怪人が好きな子もいるかと。でも、サインと一緒に描いてあげてたカニの絵……かわいかったですね」

「いや、あ、あれはっ! ちょっと、我も、調子に乗ってしまったというか」

 照れながら目を伏せる怪人の姿に、薫子はついクスッと笑ってしまう。

 口元が緩むのが落ち着いてから軽く息を吐き、やんわりとした口調でありながら意を決したように切り出した。

「あの。よろしければまた、二人でどこかに行きませんか?」

「え、それはまさかその……デート、とかいう」

「そ、そうではなくて! えっと、そう! これはお出かけです。あ、ええと、ハイキングとかどうですか?  怪人として、足腰を鍛えるトレーニングにもなりますし」

「ト、トレーニングか。それなら……うむ」

 人間とデートをするとなると悪の怪人として問題があるが、お出かけ……またはトレーニングとしてなら大丈夫だ。うん。きっと、大丈夫に違いない。

 クラブソルジャーは自分に向かって言い聞かせながら、再び高鳴り始めた胸を落ち着かせるように左手でなでた。

「もちろん、お弁当も作りますよ。もっとお料理のレパートリーも増やして……あと、おはぎも」

「おはぎか。あれは格別に美味だからな」

「他に何か食べたいと思っているものがあれは作りますけど、ご希望はありますか?」

「希望と言われても。我は薫子殿が作ってくれたものならば、何でも喜んで」

「えっ……」

「いやいやっ! 今のは決して変な意味ではっ。ただ、薫子殿の料理は本当に美味いと言いたかっただけであって」

「そこまでだ、怪人!」

「ぬっ!」

 どこからともなく、高らかな声が飛んでくる。

 クラブソルジャーが振り向くと、そこには逆光に照らされたいくつかの影が差し込んでいた。

「あ、私はこれで。また来ますね」

「わかった。では、また……」

 薫子が去るのを見届けてから、再び影の方に視線を移す。

「今日も今日とて性懲りもなく現れおって」

「俺達だって、好きでここに来てるんじゃねえよ……とうっ!」

 どういうわけかは一切不明であるが、謎のBGMが流れてくる。そして、それと同時に影の持ち主が正体を現した。

 腕に特殊なブレスレットを光らせ、シャレていながらも高性能であるスーツを身に着けている。仮面をつけ、素顔を隠したヒーローが、その名を地に轟かせる!

「正義の戦士、トロワーレッド!」

「勇気の戦士、トロワーブルー!」

「博愛の戦士、トロワーピンク!」

「「「三人合わせて、トロワーファイブ!」」」

 ポーズを決める三人に対し、冷ややかな目をするクラブソルジャー。このくだりは何度も見されられているため、既に飽き飽きしていた。

「また上からの指示か。大変だな、貴様らも」

「職業柄、仕方がないことだってあきらめてるよ。じゃ、早速戦おうぜ」

「は?」

 レッドがいきなり過激な発言をし始めたため、怪人は顔をしかめた。

「いきなり戦おうとは、ずいぶん好戦的なことを言うではないか。貴様ららしくない」

「自分らしさは、他人に決められることではありません。道徳の授業で習わなかったのですか?」

「義務教育すら受けておらぬ相手に、授業を引き合いにして揚げ足を取ろうとするな」

 ブルーの戯言を一蹴した直後、トコトコとピンクが前に出る。

 この女が進んで向かってくる時は毎回ろくなことにならないため、嫌な予感しかしない。

「あのねえ、実はクラブソルジャーさんに、報告したいことがありま~す!」

「何だ。彼氏とやらと、結婚でもするのか?」

「う~ん。残念ながら、それはまだなんだなあ。で、報告って言うのは……パンパカパーン! なんとこのたび、あたし達に新しい武器が支給されました~!」

「は?」

 ヒーロー達の武器というと、日頃から仲間と殺し合いにばかり使われるレーザーソードくらいのもの。それ以外のアイテムが、支給されたというのか。

「それを見せたいからあ、今回は戦いたいなって思ったの。では、とうとうお披露目の時間です……じゃじゃーん」

 そう言いながらブレスレットから取り出されたのは、ピカピカと光る装飾が施された小振りの銃であった。

 いかにも正義の味方が愛用していそうな、金と銀を基調とした美しく格好のついたデザインで、おもちゃとして販売すればそれなりに人気を得られそうである。

 そこまではよかったのだが、この銃には重大な問題があった。

「これはね、ギガ・フラゴルガンって言うの。玉が当たったものを、一瞬にして爆発させて消滅させる代物で~」

「待て待て待て待て!」

 説明の途中で、クラブソルジャーは血相を変えて口を挟む。

 ピンクは仮面の下で頬を膨らませながら、不満げな表情を浮かべた。

「何よお、人がせっかくしゃべってるのに。撃っちゃうよ?」

「気軽に撃とうとするな! 玉が当たったものを爆発させるだと? 何て危ない物を所持しているのだ。どちらかというと、悪の組織が持つ武器ではないか!」

 彼女が語った効力が事実ならば、とんでもない話である。そんな地域を破壊しかねない代物が、ヒーローが武器として用いていいものなのか。

「威力高くて、かっこよくない?」

「かっこいいか、悪いかの問題ではない。ダークグローリアでも、流石にそんなもの」

「単にそれは、ダークグローリアにそれだけの技術力がないだけの話では?」

「うぐ……」

 ブルーからの毒が塗られた横槍に、クラブソルジャーはそこそこ大きめのダメージを受けた。

 組織内の開発部門の仕事ぶりを回想してみると到底否定できず、何だか物悲しい。

「まあ、それはともかく。並の兵器よりも危険なものを、貴様らは怪人に使おうというのか。そんなものをぶっ放せば、確実に問題になるぞ」

「でもぉ、怪人倒すためなら仕方ないかな~って。上の方々は、その意見で満場一致みたいだし」

「下が下なら、上も上という奴か……。だが、その武器を使ったら、いちいち地域に穴があくぞ。怪人が暴れるよりも、ヒーローの活躍のせいで確実にひどい損害を被るではないか」

「大丈夫! もし爆発でそこら辺のものが吹っ飛んだら、全部怪人の仕業ってことで報告しとくから~」

「むやみやたらと罪をなすりつけようとするな!」

 滅茶苦茶な言い分に、クラブソルジャーは頭をかきむしりながら憤慨した。

「全く、貴様らという奴は。本当にヒーローなのか疑わしいというか……む」

 気がつけば、ピンクだけでなくレッドとブルーもギガ・フラゴルガンを手に持っている。そしてそれを、銃をろくに扱ったことがないと一目でわかるほど慣れない手つきでいじりまくっていた。

「ブルー。これ、どうやったら玉出るんだっけ?」

「あれだけ教え込まれたというのに、もう忘れたのですか? そこの引き金を引けばすぐに発射されますよ」

「お、そうかそうか。こうやって、指にかけてーっと」

「だから、ちょっと待たぬか!」

 あやうく引き金を引きかけたレッドに向かって、怪人は右腕のはさみで間に割って入った。

 冷や汗を浮かべる彼を見て、レッドは首をかしげる。

「何だよ。俺はただ、銃の撃ち方を教えてもらってただけだぜ」

「教えてもらっていただけならまだしも、貴様は実演しようとしてたではないか! 今の状態で引き金を引いていたら、地面ごと周囲が吹き飛んでいるところだったぞ」

「お、そういえばそうかも。悪かったな。でもさあ、あんたにとっては俺達が自爆して吹っ飛んだ方が、都合がよかったんじゃねえのか?」

「馬鹿か! こんな至近距離で貴様らに吹き飛ばれたら、確実に我も爆発に巻き込まれるだろう」

「お、自分勝手な発想。怪人らしくていいじゃねえか。座布団一枚やるよ」

「そんなものはいらん! もらっても邪魔になるだけだ!」

「いや、マジで座布団プレゼントするわけじゃねえんだけど……」

 ヒーローが持つ武器が恐ろしくて仕方がなく、理性を保つことも危ういクラブソルジャー。いつもはわりときちんとしている受け答えが、段々とおかしいことになり始めている。

「あの。僕達上から、頼まれてることありませんでしたっけ」

 ここでブルーが何かを思い出したらしく、そっと挙手をする。

 レッドとピンクは、すぐに反応してそちらの方を向いた。

「頼まれてること?」

「何でしたっけえ?」

「ほら、確か、この武器について……そうでした。この武器の威力を、実戦で試してみてくれと言われたのですよ。何せ、これで葬ったものと言えば、カカシくらいのものだったらしいので。そもそも、それを目的として僕達はここに派遣されたのではないですか」

「!」

 あの。それはつまり、怪人に向かって銃を放つためにここに現れたということでしょうか。

 ただでさえ青ざめていたクラブソルジャーの顔面から、完全に血の気が失せていく。そんな彼に、いつの間にやらヒーロー達がかまえる三つの銃口が向けられていた。

「そっかあ。そういやあそうだった。上からの指示なんだったら、仕方ないよなあ」

「そうですよ。これは任務です。彼には、この新しい武器の実験台になっていただきましょう」

「よし、ここは景気良く撃っちゃいましょう! パーンパーン!」

 うん、これはやばい。こいつらは仮面をつけているが、それでも充分わかる。奴らの目は血に飢えた、獣の如き輝きを放っているに違いない!

 本当は腰を抜かす程ビビりまくっているカニ怪人であるが、ここでぶっ倒れるわけにはいかない。今倒れたら確実に、爆風の餌食となり果てるに違いないのだから。

「いや、ま、待ってくれ。我はまだ、何の悪事も働いていないのだぞ。それなのに、実験のためにという理由だけで、この引き金を引こうと言うのか⁉」

「仕方ないだろ。こっちも仕事なんだから」

「あなたは怪人。僕達はヒーロー。それだけで、引き金を引く条件は充分成り立っていると考えられますが?」

「大体、怪人が悪事を働かないって時点で、悪事を働いてるようなもんだし~」

「理不尽なことを言うな!」

 じりじりとヒーロー達に迫られ、クラブソルジャーは目を泳がせながら後ずさりを繰り返す。

 事情を知らない人が見れば、正義と悪の戦いではなく、悪の組織が罪のない住人に危害を加えようとしているシーンと誤解されかねない。

「貴様らは鬼か? 悪魔か? 罪悪感というものはないのか!」

「ないよ。だってえ、あたし達はヒーローだもの。カチャッと」

「え」

 ドォ――――ン!

 ピンクが話し終えるのと同時に風が頬をかすめたかと思うと、後方から凄まじい爆音が。おそるおそる振り返ってみると、公園に生えていた大木が跡形もなく粉砕していた。

「さっきまであそこに生えていた木が……。う、嘘だろう?」

「うわあ、すっごーい! あとは、怪人に当たって効果が出るのか試すだけね。えーい!」

「のわあっ!」

 次に犠牲になったのは、老朽化しかけていた遊具。長年親しまれていた派手な配色が、一瞬にして黒焦げにペイントされてしまった。

「威力はすっごいけど、なかなか当たんないなあ……クラブソルジャーさん、避けちゃ駄目でしょ!」

「避けるに決まっておるだろうが! こっちは命がかかっておるのだぞ!」

「んもう。クラブソルジャーさんだったら、無駄に丈夫だから平然と生還できそうなのに。レッドさん、ブルー君。ここはみんなで、一斉に撃ちましょう!」

「「了解!」」

「うわあああーっ!」

 次々に吹き飛ぶ園内の物体。あちこちに焦げ跡がつく地面。

 乱射される玉の中、クラブソルジャーは死ぬ気で逃げ回った。時には爆風に巻き込まれかけ、幾度となく転倒する。だが、ヒーロー達が狙撃に慣れていないせいか、銃弾の直撃だけは何とか免れた。

「こ、こんなひどい展開があっていいのか? 今は人がおらぬからまだいいが、公園がめちゃめちゃに破壊されておるではないか。うぐぐ、ここはすぐさま引き上げなければ命が……」

「「「ちょろちょろ動くな! 全然当たらないじゃないか!」」」

「ぎゃあああーっ! こ、殺されるーっ!」

 こうして今日も、地域の平和は守られた。

 ありがとう、トロワーファイブ! これからも、怪人の魔の手から人々を救い続けてくれ!

※フラゴルというのは、ラテン語で爆発という意味だそうです。

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