第十七話 戦慄! バクハツラプソディー
ここはとある地方都市。一見のどかで平穏な町だが、度々悪の影が忍び寄る。
悪の権化を排除し、平和を地に取り戻す者。それが、我らがヒーロー。我らがご当地ヒーローなのだ!
「ああ、前回のトラウマが。我ながら、よく生き延びられたものだ……」
町随一の憩いの場である公園に、安堵と不安が入り混じった声が流れる。
彼の名はクラブソルジャー。頭部と左腕は人間のものでありながら、右腕の代わりに巨大なカニのはさみを持つ、悪の組織『ダークグローリア』に属する怪人である。漆黒のマントをなびかせながら、人々を恐怖のどん底に追いやっていたはずだったのだが。
「あいつらがもう少し銃の扱いに長けていたら、今頃我はこっぱみじんに……。総裁のためなら盾となって死ぬ覚悟だが、実験動物として果てるはめになるのは流石に。ううう、思い出すだけで背筋が凍りつく」
現在彼は、ギガ・フラゴルガンがもたらした恐怖心と懸命に戦っていた。
前回のヒーロー達の暴挙により、クラブソルジャーはあやうく爆風の犠牲になるところであった。ほぼ怪我もなく逃げ切れたのはいいが、メンタル面に受けたダメージは計り知れないものだったらしい。あれから毎夜毎夜悪夢にうなされ、精神的にだいぶまいっていたのだった。
「しかし、あれだけの爆発騒ぎがあったというのに、ここまできれいに修復されているとは」
彼が疑問に思うのも無理はない。銃の乱射によって破壊しつくされた公園は、以前と同じように人々が集まる憩いの場としての役割を取り戻していたのだ。
地面に焼け焦げた跡もなく、遊具は新品の物に取り換えられ、木々は新たに植え直されている。あんな短期間でここまで修復させるとは、ヒーローの組織が持つ力は凄まじいにも程がある。
「まあ、どうせ地域の住人から苦情が寄せられ、渋々ながらヒーローの組織が何とかしたといったところだろう。奴らがダークグローリアよりも遥かに上を行く技術力を持っていると知った以上、慎重に行動しなければ……」
「あ、クラブソルジャーさんだあー」
「む?」
明るい声が飛んできたかと思うと、公園に遊びに来ていたちびっ子達がゾロゾロと集まってきた。
以前まではカニおじちゃんと呼ばれていた彼であったが、とうとうフルネームを覚えられるほど地域になじんでしまっていた。
そのせいなのかは定かでないが、クラブソルジャーもちびっ子達に囲まれると、自然と口元がほころぶようになってしまったのだった。
「ああ、また遊びに来てたのか」
「うん。今日は、遊んでくれる日?」
「いや、残念ながら今日は仕事でここに来ておるのだ。遊びはまた今度にしてくれないか」
「そっかあ。あのヒーロー達と戦わなきゃいけない日なのかあ」
「さっさとヒーローなんか、やっつけちゃえばいいのにー。だってあいつら、クソだもーん」
「そうだよねー。社会のゴミだよねー」
トロワーファイブよ、君達はちびっ子に相当嫌われているようだぞ。ご当地ヒーローとして、それでいいのか。
幼い口から吐き出されているとは思えないほどの辛辣なお言葉に軽い頭痛を催しながらも、どうにか気分を持ち直す。
「君達の言い分はもっともだが、そう簡単にはいかないのだ。我が弱いというわけではないのだが、あいつらは事あるごとに滅茶苦茶なことをするものだから……。ううむ、君達に愚痴をこぼすわけにもいかない。仕事が終わったら遊んであげるから、向こうに行っていなさい」
「はーい」
「わかったー」
「よし、トロワーファイブの人形ぶっ飛ばして遊ぼーう!」
「おー! その後砂ぶっかけて、生き埋めにしようぜー」
トロワーファイブよ、貴様らはどんだけ嫌われているのだ。というかあいつら、何をやらかしたのだ。
ご当地ヒーローのグッズが作られて販売されていることも驚きだが、まずはそこにびっくりである。
頭痛がさらに悪化する怪人を置いて、ちびっ子達は天使みたいな笑みを浮かべつつ、悪魔がやりそうな残虐な遊びを口にしながら去っていった。
「子供というのは正直というか、残酷な生き物だな。それにしても、どうすればここまで嫌われることができるのか……」
「そこまでだ、怪人!」
「ちっ。また来たか」
どこからともなく、高らかな声が飛んでくる。
クラブソルジャーが振り向くと、そこには逆光に照らされたいくつかの影が差し込んでいた。
「しつこいな、貴様らも。段々うんざりしてきたぞ」
「闇があるところに、光が現れるのは常識。だから、うんざりするなんて許されない……とうっ!」
どういうわけかは一切不明であるが、謎のBGMが流れてくる。そして、それと同時に影の持ち主が正体を現した。
腕に特殊なブレスレットを光らせ、シャレていながらも高性能であるスーツを身に着けている。仮面をつけ、素顔を隠したヒーローが、その名を地に轟かせる!
「正義の戦士、トロワーレッド!」
「勇気の戦士、トロワーブルー!」
「博愛の戦士、トロワーピンク!」
「「「三人合わせて、トロワーファイブ!」」」
毎回同じポーズを決めるヒーローの姿に、怪人は呆れ返りながら息をつく。
あまりにも安心しきってこのくだりをやっているものだから、隙だらけ過ぎて無性に腹が立つ。たまにこの登場シーンの時に蹴りの一発でも入れてやろうかという卑怯な邪念がよぎることもあるが、それは悪役でありながらも密かに抱く流儀が許さない。
「そのポーズは、絶対にやらなければいけないものなのか。こちらはいい加減見飽きたぞ」
「あのなあ、ヒーローの決めポーズってのはすっげえ大事なものなんだよ。これを俺達から引いたら、魅力の十割が失われるぜ」
「貴様らの魅力は、ポーズにしかないのか?」
逆に言うと、ポーズにしか魅力がないからあれだけちびっ子達に酷評されるのか。それならば納得できる。
レッドのとんでもない言動をも、吟味することを放棄して軽く受け流すクラブソルジャー。ここまで来ると慣れの領域である。
「先輩、馬鹿なことを言ってないで仕事を済ませましょう。近頃、上がますますうるさくなってきたのですから」
ブルーは苦言を呈しながら、ブレスレットに手をかける。
それを目にした怪人は、冷や汗を浮かべながら声を荒らげた。
「ま、待て! 貴様らまた、あの銃を出す気か⁉」
あの、玉が当たったものを一瞬にして爆発させ、とんでもない事態を引き起こす最恐武器。またあれをぶっ放されるのかと思うと、気が気でない。
「大丈夫だよ、クラブソルジャーさん。だってあたし達、ギガ・フラゴルガンを使うの禁止されちゃったんだも~ん」
「は?」
ピンクの能天気な発言に、つい耳を疑う。
開発されたばかりの武器が、早くも使用停止処分になるとは。あの威力ならば当然とも言えるが、何かあったのだろうか。
多少そのことについて疑問を抱いていると、それを察したのかレッドが面倒くさそうに事情を説明し始めた。
「あのなあ。あの武器は確かにすごかったんだけど、あんたが逃げ帰った後にちょっとした事件があったんだよ」
「ほう、事件か」
「俺達あの後、報告のために基地に帰ったんだ。だけどその帰り道、ブルーの奴が喧嘩売ってきやがってさあ」
ここでちらりと仮面越しに後輩を睨みつける。数秒後、機嫌が悪いと瞬時に理解できる口調で話を再開した。
「このアンポンタンが俺に向かってまた嫌味を吐いてきやがってさ、それでカチンときた俺はあの銃をかまえてぶっ殺すぞ! って怒鳴っちまったんだよな。そこにまた、さらに焚きつけるような暴言を追加してきたもんだから、つい引き金を引いちまって。で、こともあろうにアンポンタンはそれをサッとかわしやがって。玉が飛んだその先にあったのがなんと、俺達の基地だったんだよ」
「はあ⁉」
まさかこいつ、自分で自分が所属する団体の基地を爆破したというのか⁉ 一体何をしでかしているのか⁉
この時点で既にあんぐりと口を開けているクラブソルジャーであるが、精神的疲労はこれだけでは収まらない。今度はブルーが、反撃を試みるように早口でまくし立てる。
「後輩に向かって、アンポンタンとは何ですか。しかも今の言い分では、まるで僕のせいで基地が半壊したと言っているようなものではないですか」
どうでもいいけど、全壊しなくてよかったですね。
爆発の威力を知っている以上、基地の破損具合がその程度で済んだことが奇跡に思えてならない。というよりも、死者は出なかったのかと、次はそちらが気になって仕方がない。
「誰がどう考えたって、お前のせいみたいなもんだろうが。お前があの時避けなきゃ、基地は吹っ飛ばずに済んだんだよ。てかその前に、お前が俺を怒らせさえしなかったら引き金が引かれることすらなかったんだぜ?」
「では、先輩は僕に対し爆発で吹き飛んでしまえばよかったとおっしゃるのですね? ああ、何というヒーローにあるまじき野蛮な発想なのでしょうか! 軽い気持ちで、危険なアイテムを平然と用いようとする。あなたのそのボディスーツの赤は、危険な思想によって犠牲となった方々の返り血によるものだったのですね」
「な、何だとぉーっ!」
久し振りにブルーの猛毒がクリーンヒットすると、レッドは烈火の如く怒りはじめた。
この二人が公園で喧嘩になるのは何気に久々なのだが、それでも既知感が半端ではない。
「はい、またそうやってすぐに憤慨なさる。そういうのが危険な思想だと言うのです。大体、あの時取り出した武器がレーザーソードだったら、ここまでの被害は出なかったはずなのですよ? それなのにあなたは、ギガ・フラゴルガンを手に取った。あの武器の威力を知っていながら」
「そ、それは……。あの時は、すっげえカッとなってたんだよ。だってお前、あの時俺に向かって喧嘩を売ったじゃねえかよ。ただ俺が、ちょびっと合コンの話をちらつかせただけで」
「あれは、先輩が僕を無理矢理数合わせとして合コンに誘おうとしたからではないですか。そもそも、僕を引き立て役にしようだなんて百万年早いんですよ。いつも僕が参加した合コンでは、先輩はカップルになれず僕ばかりがモテる。誰もが周知の事実であるというのに、あなたには学習能力というものはないのですか?」
「てめえの性根が腐ってて、人としてカスってことはしっかり学習できてるんだけどな! 新作武器が封印されることになったのも、トロワーファイブが上からえんえんと叱られ続けるのも、俺が合コンでモテないのも、ぜーんぶてめえのせいだ!」
「どこまで僕のせいにすれば気が済むのですか。他人に責任に押しつけることで自己を正当化しようとは、呆れたものです。それが許されるのは、この僕だけですよ」
「だああああーっ! ムカつくーっ!」
ギガ・フラゴルガンの破壊力がもたらしたのは、どうやら物理的な損傷だけではなかったらしい。あの銃は、人と人との関係をも爆破する力をも持ち合わせていたのか。
クラブソルジャーは原色コンビの元々ぐらつき気味だった関係が、完全崩壊を迎えるさまを見て適当に解釈した。
一丁の銃が起こした悲劇が、喧嘩の火種にまで発展するとは。まあ、銃はなくともいずれ爆発する運命にはあったのは目に見えていたが。
「くそぉ、こうなったら新たに支給された装備を使って、てめえのそのイカれた脳みそを粉砕してやるからな!」
……え? 今、新たに支給された装備とかおっしゃいませんでした? もしや、武器ですか?
とんでもない言葉が耳に飛んできたため聞き返したくなったものの、そんな願いが叶うはずもない。
レッドは荒々しい息遣いをしながら、ブレスレットから何かを取り出した。
「このボンバーボールを、たっぷり浴びるんだな! スーツ着て耐久力は跳ね上がってんだから、どうせ死にやしないだろ! はっははは!」
ボンバーボールは、てっぺんから火がついたヒモがちょろりと飛び出た丸い物体……つまり、誰がどう見ても爆弾そのものであった。
何故ヒーロー達の元で開発されるものは爆発物ばかりなのか。その答えを知る者はこの場に不在であるが、今再び、この公園にピンチが訪れているということだけは誰もが存していることであった。
「ほほう、そう来ましたか。では、僕はこれを使いましょう」
ブルーは鼻で笑いながら、同じようにブレスレットから何かを取り出す。
飛び出してきたものは意外にも武器ではなく、半透明な盾のような物体だった。
「このバウンドシールドで、全て跳ね返してみせましょう。吹き飛ぶのは、あなたの方ですよ」
「けっ。ならこっちも、盾を出して応戦するまでさ」
まずい。こいつらは確実に、危ない遊びをしようとしている。ヒーローともあろう人物が、爆弾でテニスをしようとしている!
「や、やめぬか! 貴様ら、自分達の立場をわかっているのか!」
こちらに被害が及ぶのもたまったものではないと判断したクラブソルジャーは、あわてて二人を止めようと試みる。
しかしその声が、彼らの耳には届くことはなかった。
「じゃあ、勝負だ」
「望むところです」
「誰が望むか、こんな勝負! 正気に戻れ!」
必死の訴えもむなしく、ボンバーボールは華麗に宙を舞い、盾に弾かれて弧を描きながら空間を行き来し始めた。
カーン! カーン! という音が響くたびに、いつ爆発するものかと心臓が止まりそうになる。
「ピ、ピンク! 早くあいつらを何とかしろ。でなければ、この公園にまた穴があくことになるぞ」
この男どもを止められるのは、どういうわけかトロワーファイブの中で異様に権力を握っているピンクだけ。そう考え訴えてみたものの、彼女は彼女でとんでもないことをしでかしていた。
「無理よぉ。あたしには、そこまでの力なんてないもの~」
「そうか、無理か……って、貴様は貴様で何をやっておるのだ!」
「へ?」
仲間が大変なことになっているというのに、この女は私物のスマートフォンを手に持って何かを打ち込んでいた。
この状況で携帯いじり。ここまで来ると、もはやレジェンドだ。
「何やってるかって? お友達と、チャットでメッセージのやりとりしてたの。これが結構、くせになっちゃって」
「明らかに、今やるべきことではないだろうが! しかも、こんな文章なんか発信しおって!」
クラブソルジャーが怒号を放つのも無理はない。何せ、ピンクの最後の書き込みには「赤と青が爆弾ラリーでケンカとか……テラワロス♡」とあったのだから。
「何がテラワロスだ! あいつらを止めるのが無理ならば、周囲の人物を避難させるとかしたらどうだ! ああもう、何故ヒーロー側の組織はこんな奴らに危険物ばかり持たせるのだ」
「あ、そっかあ。それならできるかも。でもぉ、クラブソルジャーさんって怪人なのに、そんな地域の住人を気遣うようなこととか考えるの?」
「うぐ……」
これに関しては返す言葉も浮かばないが、今は緊急事態である。ここは強引に押し切らなければならない。
「我の目的はこの地域をダークグローリアの支配下に置くことであり、ここの住人をむやみやたらと殺すことではない。だからその、別に問題ないのだ!」
「何かぁ、自分に言い聞かせるように話してるような気がするんだけど~」
「じゃかあしい! 貴様はあっちで遊んでいる子供達を何とかしろ! 早急にだ!」
「はいは~い」
携帯をいじりながらトコトコ歩いていくピンクを確認してから、今度はレッドとブルーの方を向く。
「この、馬鹿どもが……!」
爆弾よりも、こちらの怒りの方が爆発しそうなのだが。
理性の欠片もなくボンバーボールを死ぬ気で打ち合っている二人を見ているうちに、殺意にも似た感情がこみ上げてくる。そしてとうとう、耐え切れなくなったクラブソルジャーは左手に剣をかまえ、さっと前に躍り出た。
「いい加減に……せんかーっ!」
それは、一瞬の出来事だった。
全ての感情を刀身に乗せた斬撃が、爆弾についていたヒモの発火部分を切り落とし、本体を真っ二つに裂いた。
残骸と化した二つの欠片は地面に落下し、コロンと転がる。
標的を見失ったレッドとブルーは呆然となり、どうしたものかと困惑した。
「え、な、何?」
「何があったんですか? ボンバーボールが……」
「そんなもの、我が切って捨ててやった。全ての元凶は、さっさと絶つに限る」
クラブソルジャーは眉間にしわをいくつも刻みながら、無感情に答えた。
鞘に剣を収め、ヒーロー達の方に向き直る。
「切ったのか? あんな早い動きで? すっげえな、あんた」
「流石は怪人。その腕は伊達ではないということでしょうか」
「ふん、我はこの道十年のベテランだ。この程度のことなど、たやすいもの」
「それはいいけどさ、一つ報告があるんだけど」
「?」
報告だと? 一体、何があるというのか。
レッドの申告にクラブソルジャーは首を軽く傾け、眉を片方つり上げる。
「何だ。早く言え」
「すごく申し上げにくいことなのですが……その……」
普段は妙にハキハキと話すブルーがめずらしく、話しづらそうに口ごもる。少しためらってから、腹をくくってとうとう言葉を継いだ。
「ボンバーボールは、破損してもなお爆発する力を秘めたままなのですよ。あの、いかにも着火部分という感じのヒモはフェイクですし」
「……は?」
そういえば、チリチリと何かが燃える音がいまだに聞こえてくるような。でも、まさかそんなことって。
彼はそう思いながら、そっと自分の足元に目をやる。そして、そこにあったものは。
「!」
きれいに割れた、爆弾の欠片が見事に二つ。しかも、どういうシステムなのかは不明だが、両方から丁寧にカウントダウンの音色が流れている。
「いやっ……ちょ、ちょっと待ってくれっ!」
「俺達に言われたって……なあ?」
「そうですよ。僕達に言われても……ねえ?」
「や、やかましい! あ、足がすくんで動けっ……」
因果応報。もしこの言葉が事実であるとすれば、誰が天罰を受けるべきなのだろうか。
いや、そんなことは考えたところで誰にもわかりはしない。おそらく、神か仏でもない限りは。天の采配こそが、正しい運命のあり方に違いないのだ!
「思えば長い付き合いだったな。あんたのことは、三日は忘れないぜ」
「僕もあなたを偲び、毎日カニ玉を食べることで喪に服します」
「き、貴様らとことんふざけ倒しおって。この借りは必ず……うわあああああーっ!」
こうして今日も、地域の平和は守られた。
ありがとう、トロワーファイブ! これからも、怪人の魔の手から人々を救い続けてくれ!




