第十五話 真っ昼間の奇跡! 感動の再会?
この話は10000字越えをしてしまいました。
無理せずゆっくりお読み下さい。
ここはとある地方都市。一見のどかで平穏な町だが、度々悪の影が忍び寄る。
悪の権化を排除し、平和を地に取り戻す者。それが、我らがヒーロー。我らがご当地ヒーローなのだ!
「ううむ、まだ頭がクラクラする気が。人間とは、何と野蛮な生き物なのか」
町随一の憩いの場である公園に、嘆きにも近い声が響く。
声の主はクラブソルジャー。頭部と左腕は人間のものでありながら、右腕の代わりに巨大なカニのはさみを持つ、悪の組織『ダークグローリア』に属する怪人である。漆黒のマントをなびかせながら、人々を恐怖のどん底に追いやっていたはずだったのだが。
「それにしても、トロワーファイブどもめ。我がいただいたおはぎなるものを、よってたかって貪りおって。何という非常識な奴らなのか」
現在彼は、レッド母に負わされた後遺症に悩まされながら、ベンチに腰掛けて文句を口にしていた。
再三作中でも語られている通り、ダークグローリアの食堂で出される食事は人間界で生産されるものと比べると圧倒的に質が劣るのである。悪の怪人という立場としては、人間に親しみを持たれることに抵抗はあるが、食べ物を口にする機会を奪われたことに関しては妙に腹立たしく感じてしまうのだった。
「しかし、おはぎというものは一体なんなのか。トメさんの気持ちを無駄にしてしまったようで申し訳ないような気もするし」
「あ、クラブソルジャーさん。ここにいらしたんですね」
「か、薫子殿……」
名を呼ぶ声に振り向いてみると、そこには笑みを湛えた薫子の姿が。その手には、いつぞやにも見た四角い包みが抱えられている。
「今日は、どういった用でここに来たのだ」
「あの。よければ差し入れを……。隣、大丈夫ですか?」
「あ、ああ。大丈夫だ」
「では、失礼します」
ちらちらとクラブソルジャーの様子を確認しながら、薫子はそっとその横に座る。
しばらく妙な沈黙が続いたかと思うと、再び口を開いた。
「ええと。甘いものは好きですか」
「ああ。好きだが」
「では、これを」
広げられた包みの中にあった箱には、黒くて丸いあんこの塊がいくつも入っていた。中には多少不格好な物もまじっているが、それがどこかかわいらしい。
「こ、これは……」
「おはぎです。最近、近所の方に作り方を教わったもので」
「これが、おはぎか……」
以前トメさんが持ってきてくれたはいいが、ハプニングにより食べ損ねてしまった、あの、夢にまで見たおはぎが目の前に。紫の包みに入っていたせいでどんなものなのかを把握できていなかったのだが、このような形をしていたとは。
「あの。もしかして、お嫌いでしたか?」
「いやいや、とんでもない! 口にしたことはないのだが、ちょうど食べてみたいと思っていたところだったのだ」
奇跡にも近い偶然に感謝しながら、おそるおそるといった様子でおはぎを左手に持つ。
そして、ゴクリと生唾を飲み込んでから、未知の味にかじりついた。
「……むっ!」
何だ。この口の中いっぱいに広がる、柔らかで上品な触感は。
クラブソルジャーは目を見開き、手の中にあるちょっぴり欠けた黒い塊をしげしげと眺めた。
しっとりとした口当たりが、何と心地良いことか。そして、中の餅と外側のあんこの調和が絶妙で、控えめで程よい甘みが、戦いやら何やらが続く日々で荒んだ心を癒してくれる。
「う……美味い。こんな美味いものを食ったのは、生まれて初めてだ」
お腹を空かせた子供のように、夢中になっておはぎに食らいつくクラブソルジャーの姿を、薫子は愛おしそうに見つめる。
「そんなに美味しいですか?」
「ああ、最高だ。薫子殿、毎回のようにこのような美味いものを持ってきてくれて本当に感謝している。しかし、いつも恩を受けてばかりでは……。そうだ、我に何かできることはないか? と言っても、怪人である我にできることは限られているが」
「いいんですよ、気を遣わなくても。私はただ、あなたの笑顔が見たいだけなので」
「は……?」
思いがけない一言に、クラブソルジャーはきょとんとしてその動きを止める。
それを見た薫子は、頬を赤く染めながらパッと目を伏せた。
「薫子殿。それはどういう……?」
「あ、な、何でもないですっ! え、えっと。えっと……あ、あの、もし私のために何かして下さるというのであれば、その。私を遊園地に連れて行っていただけませんか?」
「遊園地?」
遊園地とは、人間が集まって色々な乗り物に乗って楽しむ施設のことだったか。確か他の地域では、同僚が出没命令を出されていたこともあったような。
彼がかつてリサーチした人間界に関する知識を思い返している間にも、薫子の話は続く。
「はい。つい先日、遊園地の入場チケットが二枚手に入ったんですけど、その。友達はみんな都合がつかないらしくて。無駄になってしまうのも……と、思いまして。あ、全然っ、無理ならいいんですけど」
「いやいやっ。薫子殿の頼みであるならば、その、別に……。しかし、その遊園地というのは、腕がカニでも客として入って大丈夫なのか?」
「大丈夫だと思います。腕がカニ……でも。結構、変わった格好をしている人も多いですし」
「そうか。なら……ええと、喜んで。遊園地、楽しみにしている」
「そうですか。私も楽しみにしてますね。……あなたと二人で過ごせる日を」
「は? 今、何と? 声が小さくてよく」
「そこまでだ、怪人!」
「むっ」
どこからともなく、高らかな声が飛んでくる。
クラブソルジャーが振り向くと、そこには逆光に照らされたいくつかの影が差し込んでいた。
「あ、じゃあ、私はこれで。では、後日改めて」
「ああ。では……」
薫子が去るのを見届け、おはぎが入った箱をベンチに置いてから再び影の方へと顔を向ける。
「また貴様らか。ここに来る以外に、他にすることはないのか」
「この地域に出てくる怪人、お前しかいないんだから仕方ないだろ……とうっ!」
どういうわけかは一切不明であるが、謎のBGMが流れてくる。そして、それと同時に影の持ち主が正体を現した。
腕に特殊なブレスレットを光らせ、シャレていながらも高性能であるスーツを身に着けている。仮面をつけ、素顔を隠したヒーローが、その名を地に轟かせる!
「正義の戦士、トロワーレッド!」
「勇気の戦士、トロワーブルー!」
「博愛の戦士、トロワーピンク!」
「「「三人合わせて、トロワーファイブ!」」」
本来の仲の悪さを一切匂わせることなく、ぴったりな動きでポーズをとる三人組。
そんな彼らを、クラブソルジャーは苦りきった顔をしながら睨みつける。
「何度も言っていることだが、我はまだ何の悪事も働いておらぬぞ。毎度毎度フライングしおって。何か起きてから駆けつけるということはできぬのか」
「何をーっ! 大体てめえが、出没してものんびりしてるのが……ん?」
レッドが早速噛みつこうとしたところ、ブルーが無言で制止する。
どうやら彼は、お得意の話術で怪人をコテンパンにのめそうと考えているようだった。
「あなたもあなたで、理不尽なことをおっしゃいますね。いいですか? ヒーローの仕事は、地域の平和を守ることです。怪人が悪事を働いてから登場していては、地域に幾分か被害が出てしまうではないですか。だからこうして、僕達は怪人の悪事を未然に防ぐために早急に駆けつけるという処置をとっているのですよ」
「よくもそこまで自分達の失敗を失敗でないように言い換えられるな。つまり貴様らは、何の悪事も働いていない怪人を問答無用で退治すると言うのだな? 我には決して当てはまらないが、怪人の中にはカタギになる道を選び、真っ当に生きる者もごく少数はいるのだ。そんな奴らをも、貴様らは無情にも切り捨てようというわけか」
「おや? 怪人の中にも、そんな稀有な方がいらっしゃるのですか。ですが、そのカタギとやらになった方々というのは、あなたの所属する組織にとっては裏切り者以外の何者でもないでしょう。あなたとしてはそういった裏切り者をヒーローに始末していただいた方が、都合がいいのではないですか?」
「確かにそうかもしれぬが、発想が相変わらず捻くれているというか……。人としてどうなのだ」
「はっはっは、別にいいんですよ。いくらでも、下には下がいますから」
「貴様、やはり骨の髄まで腐っておるな」
舌戦にこそ勝利したブルーであったが、言うまでもなく勝利の代償は大きかった。
「はあ。まだ何もしていないというのに、何だかどっと疲れてきたぞ」
「では、さっさとこの場から退散してはいかがですか? その方が、僕達も無駄な戦闘をしなくて済みますし」
「さっきからやる気があるのかないのかはっきりしない奴だな。まあ、よろしい。そんなに戦いたければ、お望み通り剣を交えて……む?」
どこからか、強い視線を感じる。
クラブソルジャーは鞘に収めらえた剣に手を伸ばしながら、その動きを止めて視線を移した。
「と……父さん?」
二十代前半と見られる青年が手に抱えた鞄を地面に落とし、驚愕の表情を浮かべている。肩をわなわなと震わせながら、どういうわけか怪人の姿をじっと見据えていた。
「何だ、あいつは。こちらのことをずっと……」
「隙あり~」
「のわあっ!」
いきなりピンクがレーザーソードを振りかざして切りかかってきたため、クラブソルジャーは声を裏返しながら慌てて飛びのいた。
「な、何をする!」
「だってえ、クラブソルジャーさんったら剣持とうとしてるからあ。殺られる前に、殺っちゃった方がいいかな~って。きゃはっ♡」
「かわいこぶって済まされる問題ではない! それよりも、あの男は一体」
「えいやあっ」
「待て待て待てっ! 少しはこちらの話を」
「父さんをいじめるなあああーっ!」
「うわあっ!」
これは一体どういうことなのか。ピンクが情け容赦なく怪人に向かってレーザーソードを振り下ろそうとしたところ、それをかばうようにして青年が猛ダッシュで飛び込んできたのだ。
「うぐっ」
ただし、せっかくかばっていただいたカニ怪人であったが、ぶつかられた勢いで転倒したせいで頭を地面に強打してしまったが。
「あああ、父さん。こんなボロボロになって……畜生、トロワーファイブ達め!」
「我がボロボロになったのは、半分貴様のせいだ。というよりも、さっきから何なのだ。我のことを父親呼ばわりしおって」
クラブソルジャーはどうにか起き上がりながら、興奮気味の青年に一喝する。
しかし相手はそれを聞き入れることもなく、瞳を潤ませながら右腕のカニばさみにすがりつく。
「さ、触るな! 汚い手でベタベタ触るでない!」
「ああ、腕もこんなカニみたいになっちゃって。それに何だか、目つきも昔よりきついし……」
「腕も目つきも元からだ! ええい、離れろ! 離れろと言っている!」
「父さあああーん……」
「うおおっ……」
わけのわからぬ展開を前にして、混乱するトロワーファイブ達。顔を見合わせながら、小声で会議を始めた。
「何だこれ? テレビの再会番組の収録?」
「どこを見回しても、カメラは回っていません。これは俗にいう、ハプニングという奴でしょう」
「あたし、わかんないです~。早く事情教えてよ、クラブソルジャーさん」
「それを聞きたいのはこっちの方だ!」
早くも涙ぐみ始めた怪人であるが、そんなことなど誰も気にしない。
ピンクの言葉を受けて語り始めたのは、当の闖入者である青年であった。
「あ、僕としたことがつい興奮してしまって。申し遅れました。僕の名前は畠山健一。この、腕にカニ爪をつけている方の、生き別れになった息子です」
「「「ええーっ⁉」」」
怪人に息子だと⁉ しかも、どう見ても人間にしか見えないタイプの⁉
青年改め、健一のカミングアウトにヒーロー達は仰天した。
「な、何を酔狂なことを言っておるのだ!」
ただ、一番驚いているのは彼らではなくクラブソルジャーであったが。
「酔狂? とんでもない。でも、僕の顔を見ても何の反応もないということは、やはり記憶の方が……」
「馬鹿なことを言うな。我は生まれてこの方、ずっとダークグローリアに所属している怪人だ。人間の息子などおるわけなかろうが」
「いいえ! 息子である僕が父さんのことを見間違うわけありません。何たって、血を分けた親子なのだから……」
「違うと言っておるだろうが。何度同じことを言わせたら気が済むのだ」
「僕だって、何度も言わせていただきます。父さん!」
「だーかーらぁ……」
このままでは、水掛け論が永久に続いて話が先に進まない。
いささか面倒ではあったが、レッドがここで助け船を出した。
「あのさあ、健一さんだっけ? そんなにそこのカニ怪人が父親だって言い張るんだったら、事情を説明してくれよ。あんたの中じゃストーリーが出来上がってるんだろうけど、こっちは何が何だかさっぱりだぜ」
「あ、そうですね。失礼いたしました。きちんと説明します」
健一はようやく、超展開が巻き起こった事情について話し始めた。
「実は、僕の父は十年ほど前に行方知れずになったのです。家族に何も告げず、突然。それから僕は学業や仕事をする傍ら、ずっと父を捜していたのです。そして今日、とうとうこの方にお会いすることができたのです! 腕がこんなことになっているのには少々驚きましたが、顔といい、声といい、背格好といい、この方は間違いなく父です。神に誓って断言できます」
「はあ、なるほど」
ヒーロー達は微妙に納得した様子だが、渦中にある怪人は不服でならない。
確かに彼の見かけ年齢は若くはなく、人間であれば大きめの息子がいてもおかしくはないと思われるかもしれない。だが、本人に心当たりがないのだからこればかりは仕方がない。
「他人の空似という奴だろう。我は怪人なのだ。それがどうして、人間の息子など」
「きっとあなたは、悪の組織に改造されて怪人にされたのですよ。いや、そうに違いない! だから父は突然、やたら多めの借金を残して家族の前から姿を消したんだ!」
「貴様の父がいなくなったのは、その借金とやらが原因なのでは?」
すかさずツッコミを入れるクラブソルジャーであったが、これを聞き入れようとする者は見事に不在。ヒーロー達もまた、健一の熱弁に心を動かされ始めていた。
「何か、ドラマとかで聞いたことがある話だな」
「特撮とかではよくある話ですよ。特に、怪人が元・人間なんて展開は吐いて捨てるほど。最高によく言えば王道という奴ですね」
「う~ん。クラブソルジャーさんって歳よくわかんない顔してるから、ギリギリこれくらいの息子さんがいても問題ないかも。ま、所詮はおじさんだしね~」
「あまりおじさん呼ばわりするな。我はこう見えて、生み出されたのはそれほど昔ではないのだぞ」
好き勝手言われて段々と機嫌が悪くなっていくクラブソルジャーであったが、ここでブルーが彼の意を無視して話を掘り下げる。
「昔ではない? それは一体、いつの話なのですか」
「う……それは、どうしても答えなければならぬ質問か?」
どういうわけか渋い顔をする怪人に、一同は不信感を抱く。
無論、この件に関しての追及は続いた。
「当然ですよ。もし彼の父親がいなくなる前にあなたが生まれたのであれば、疑惑は払拭されるのですから」
「まあ、そうなのだが」
「早く答えて下さい。ここまで話がこじれた以上、早急に進めないと収拾がつかなくなります」
「……」
口にしたら、絶対にろくなことにはならない。だからといって、嘘をつくわけには……。
少し間を置いて悩んだ末、正直に答えた。
「我がこの世に生まれ落ちたのは、ちょうど十年前の話だ」
「「「!」」」
衝撃的は話を耳にし、ヒーロー達は驚いた様子で仮面の下にある目をぱちくりとさせる。
それを前にして、クラブソルジャーはますます顔をしかめた。
「うわ、こんなことってあるのかよ! こりゃあもう、間違いねえじゃん!」
「こんな真っ昼間から奇跡が起こりますか。この世の中は、何があるかわかったものではないですね」
「うう~。感動の再会。あたし、こういうの弱いんですよぉ~」
ほら、やはりこうして決めつけたようなリアクションをとる。だから話すのをためらったのだ。
強引に作られた祝福ムードに辟易していると、今度は健一の視線がさらに熱くなる。迷惑な思い込みに、ますます拍車がかかってしまったらしい。
「ううう、父さん。やっぱりあなたは、僕の父さんだったんですね……」
「そんなウルウルとした目で我を見るな。あと、言っておくが悪の怪人というのは人間などベースにせず闇から生み出されるものなのだ。だから、我が貴様の父親であるわけが」
「きっと例外だったんですよ! 僕の父さんは、そりゃあもうすごい人だったんですから。何せ、賞味期限が一年以上切れた肉を半生で食べて平気なくらい丈夫でしたし、キャバクラのナンバーワンホステスを口説き落とすまで店に通い続けるほどの根性の持ち主だったんですから。ほら、悪の組織もそんな人材なら欲しくなるでしょう?」
「欲しくなるものか、そんなわけのわからん馬鹿男」
「いえいえ、まだエピソードは他にも。父はギャンブル好きで、一夜にして巨万の富を得たという伝説を持っています。そして次の日に、その巨万の富が消え失せたという伝説も」
「貴様の父親、とんだクズではないか」
もし自分がかつてその男だったのだとしたら、すぐさま切腹したいのだが。
生真面目なクラブソルジャーは、色々な意味で伝説級の健一の父のエピソードが原因で頭がクラクラし始めた。
「頭を押さえている? もしかして、記憶が?」
「貴様のせいで頭痛を催しただけだ! 大体、貴様の父と我はまるで性格が異なる。借金を残して家族の元から去るなど、言語道断だ」
「それは、改造の影響でしょう」
「ギャンブルやキャバクラなど、考えられぬ。所帯を持ちながら散財するなど、もってのほか」
「まあ、それも改造の影響でしょうね」
「最後に、我は腐った肉を食って平気ではいられぬ。怪人であっても、とんでもない物を食えばしっかりと腹を壊すのだ」
「それもきっと改造の……」
「何でもかんでも改造のせいにするな! というより、改造して腹を壊すようになったならむしろ劣化しておるだろうが!」
「そんなものなんですよ、改造って」
「どんなものなのだ、貴様が思い描く改造というのは」
「……さあ?」
「自分で言っててわかっておらぬのか!」
二人の関係性はともかくとして、掛け合いの息だけは妙にぴったりなのは何故なのだろう。
すっかり蚊帳の外になっているトロワ―ファイブ達は、呆然としながらそんなことを思い浮かべていた。
そんなことなどつゆ知らず、親子(?)の言い合いはまだまだ続く。
「気安く父親呼ばわりするな。何か決定的な証拠でもあれば話は別だがな」
「ううん、証拠ですか。あなたとの思い出のエピソードを語り続ければ、いつか思い出してもらえるでしょうけど。例えば、森で熊と遭遇した際父は……」
「やめろ、嫌な予感しかしない。我が言っているのは、物的な証拠という奴だ。何かあるか?」
「しょ、証拠ですか? うーん……あ、そうだ。父には尻に、大きなホクロがありました。というわけで、ちょっとズボン脱いで下さい」
「愚か者! こんなところで下半身などさらせるか!」
「では、父は右手に痣があったはず」
「この腕のどこに痣があるというのだ? ん?」
「ああ、そうだ。この人、右腕がカニなんだった。うーん。じゃあもう、DNA鑑定しましょう!」
「怪人が人間対応のDNA鑑定などして、まともな結果が出るわけないだろうが!」
一体、この男は何回人を怒鳴らせれば満足するのか。
すっかり疲れ果ててしまったクラブソルジャーは、ヒーロー達に助けを乞う視線を送る。
「頼む、この勘違い男を何とかしてくれ。こいつさえどうにかしてくれるのであれば、今日のところは何もせず引き上げてやるぞ」
「いつも何もしてねえだろうがよ」
「しかし、ここまで言ってるのですから、本当に親子なのかもしれませんよ。無下に扱うのはいかがなものかと」
「うんうん。とりあえず、一家の父親として借金は返してあげようよ~」
「何故他人の借金を、我が返さねばならぬのだ!」
レッドとピンクの発言は何の役にも立たないが、ブルーの提案には一理ある。いくら勘違いとはいえ、無下にあしらい続けるというのにも罪悪感というものが。ここはしっかりと向き合って、誤解を解くべきだろうか。
「……」
健一はいまだに、純粋な眼差しでこちらを真っ直ぐ見据えている。
この眼差しに、果たして答えてやらなくていいのだろうか。
「我は人間ではない。だが……」
人間など気遣う必要なんてないはずなのに、どうしてこんなくだらないことに心が揺らぐのか。本当に自分は、この地域に派遣されるようになってから甘くなったというか、おかしくなってしまったような。
クラブソルジャーは自身の変化に戸惑いながら、健一としっかり目を合わせる。
そして、自分なりに言葉を選んで語りかけた。
「あのな。そなたが行方知れずになった父を恋しいと思う気持ちはわかる。だが、我は本当にそなたの父ではあり得ぬのだ」
「……」
「きっとそなたが言うように、我はそなたの父と容姿が似通っているのだろう。それで心を惹かれ、我を通して父の面影を見ているのだろうな。だが、それではならぬのだ。そなたは面影ばかりを追うのではなく、本物の父を見つけなければならぬ」
「……」
「十年もの間、ずっと父を捜しておられたのだろう? それができたそなたなら、きっと続けられるはずだ」
「……父さん」
健一の唇が微かに震え、小さく発せられた声。
あれだけ父親呼ばわりされてもなお迷惑でしかなかったというのに、今回のものだけは何故だか胸に突き刺さった。
もしかして、本当に自分は……?
そんなふざけた考えを薙ぎ払い、再び健一と向き合う。
「だ、だから我はそなたの父ではないと言っておるだろう。それなのにどうして」
「父さん、あんなところで何を……」
「は?」
何だか、全く会話が噛み合っていないような。というか、こちらはしっかり合わせているつもりなのに、全然目すら合ってないような気もするのですが。
後ろを振り返り、健一の目線の先の方を向いてみる。するとそこには、目を疑う光景があった。
「ちっ。しけてやがる。何も食えそうなものが入ってないじゃねえか」
みすぼらしい出で立ちの男が、公園に設置されたゴミ箱をガサガサと漁っている。
別にそれ事態は特に問題視される必要はない。現在着目すべき点は、その男の容姿だ。なんと彼は、漆黒のマントこそ身につけていないが、顔も声も背格好も、クラブソルジャーに酷似しているのである。
「やっぱ、コンビニの方が食べ残しとかあるか? 多少腐っていても屁でもないんだけど」
「父さん? 父さん、ですよね?」
「あ……」
健一の声が耳に入るなり、ピタリと動きを止める男。ぎこちない動作で、ゆっくりとこちらに顔を向ける。
「もしかして、健一?」
「やっぱり父さんだ。こんなところで一体何を」
「うわっ、やべっ。逃げろっ!」
「何で逃げるんですか。父さああああーん!」
尋常ならざる速さで男が駆け出すと、健一は鞄を抱えて彼のあとを追い始めた。
取り残された一同は、状況がうまく呑み込めず当惑するばかり。
「あのおっさん、めっちゃクラブソルジャーに似てたな」
「あれは間違ってもおかしくないですよ。腕さえ一緒であれば、双生児だと言われても信じますね」
「世界には三人同じ顔の人がいるって言いますけど~、他にもまだあんなのがいるってことですかぁ? うっわ、同じ顔が三人とかキモ~い」
ヒーロー達は口々に感想を漏らすが、一番心がかき乱されているのはクラブソルジャーであった。
眉間にいくつものしわを刻みながら、左手で作った拳を震わせる。
「な、何だったのだ、このとんだ茶番は。我に似たわけのわからん奴が現れるなり、謝罪もなくいずこへと去りおって」
何が血を分けた親子だ。何が神に誓って断言できるだ! 人の心をここまで乱しておいて一言もなく去るとは、こんな許し難いことがあっていいのか。
……熱い眼差しを注がれた時に、少しだけ己の出自に疑問を抱いてしまったことは変えがたい事実であったが。
「ふん。ば、馬鹿馬鹿しい。怪人である我と、あんな薄汚い人間を見間違うとは、何て無礼な奴なのか。ええい、胸糞悪い! 我はもう帰るぞ!」
八つ当たりでもするかのように右腕のはさみを振り上げて地面に傷を作ると、クラブソルジャーは憤慨しながらその場を去ろうとした。
「……おっと、危ないところだった。これはきちんと持ち帰らねば」
だが途中できびすを返し、薫子特製のおはぎが詰まった箱を大事そうに抱えてから再び歩いていった。
それを見た三人は、しばらくポカンとしてから顔を見合わせた。
「今回のクラブソルジャー、何かかわいそうだったな」
「そうですか? かわいそうなのはいつものことだと思いますが」
「さっきはキモいとか言っちゃったけど、やっぱりウルウル。親子の感動の再会って、心に染みるわ……」
こうして今日も、地域の平和は守られた。
ありがとう、トロワーファイブ! これからも、怪人の魔の手から人々を救い続けてくれ!




