食欲がそそられてしまう
『密林の王キンググローブ』
めちゃくちゃ巨大な蟹のモンスターだ。
素早いハサミ攻撃に加え、凶悪な威力を持つ水属性の範囲魔法まで使ってくる。密林の中央を流れる大河の底に潜み、岸辺を通りかかった獲物に水中から突然襲いかかるのだ。
こいつの厄介な点は二つ。
一つは、甲羅の防御力が尋常ではなく高いこと。
そしてもう一つ。ネームドモンスター特有の特殊アビリティによって、ものすごい速さのハサミラッシュを繰り出してくることだ。
さすがの俺でも、多少はダメージを受けるかもしれない。
『密林の王』は『砂漠の皇帝』よりもやや高レベルの相手だ。気を引き締めて挑みたい。
そんな俺の気など知る由もなく。
「今日は今一番ホットな格闘家で来てみた」
マリチは着慣れた竜の鱗の道着に身を包み、ニコニコしている。
……だんだんと、マリチの性格が分かってきた。
俺の中の一部から生まれたはずの彼女だが、自分とは似ても似つかない。
それはきっと、俺が自分自身とは違う、明るくポジティブで、凛として戦うキャラクターに憧れていたからだ。
俺は自分で言うのもなんだが、基本的に地味だ。何事も慎重だし、なるべく目立ちたくない。人ごみも嫌いだ。
だが、彼女は違う。俺が思い描いていた英雄像を、そのまま体現したような存在なのだ。
そんな彼女のことなので、攻撃速度が売りのモンスターに、あえて同じ土俵で殴り勝つつもりなのだろう。
キンググローブは、夜明けとともに水面近くまで上がってくる。日が昇りきってしまうと、逆に水中深くに姿を隠してしまう。そのため、この広大な大河の岸辺で、素早く見つけなければならない。
「いたぞーーー!!」
……などと言っていたら、誰かが叫んだ。
その声を合図に、ギャラリーが一斉に集まってくる。ざっと百人はいるだろうか。俺たちがキンググローブに挑むという噂は、思った以上に広まっていたらしい。
しかも、ここで問題が起きた。
キンググローブの攻撃範囲の広さを知らない者が、かなりいるようなのだ。
「あの配置はヤバいよな……」
俺が呟くのと同時に、マリチが雷のような速さで飛び出ししていった。俺もその後に続く。
その直後だった。
キンググローブが口から、ブブブブブ……と泡を吹き始めたのは。
水属性の範囲魔法だ。それも、広範囲に水をばらまくタイプ。
ッザアアアアアアーーーー!!!
突如、蟹の周囲に津波のような水圧の波が広がった。
「うわあーーー!!」
大勢の冒険者たちが押し流され、水圧にさらされて大きなダメージを受ける。低レベルの冒険者にとっては、それだけで即死しかねない威力だ。
「おらあーー!」
誰かが闇雲に電撃魔法を放った。
バシッ。
カニの甲殻に、かすかな傷がつく。
ブブブッ、ブブブッ!
キンググローブの巨体が宙に跳ねた。
電撃を放った黒魔導士の目の前に、ズンッッ! と降り立つ。
どこが顔なのかもよく分からない奇妙な姿だが、その巨体が人間を見下ろす様子には、明確な殺意が感じられた。
そして、爪を振り上げる。
次の瞬間――。
シュドドドドッドドドッドドドッ!
ものすごい速さでハサミのラッシュ攻撃が始まった。
一瞬にして黒魔導士をズタズタにし、吹き飛ばす。
さらに今度は、別の冒険者たちに向かって移動攻撃を始めた。
サカサカサカサカ……!
移動速度も想像を絶する。水面を滑るような動きで、あたりを蹂躙していく。
『うわあああああ!』
『ぎゃーーーー!』
キンググローブの周囲にいた冒険者たちが、次々と吹き飛ばされていく。
そして、そこから阿鼻叫喚の地獄が始ま――。
……らない。
シュドドドッドドドドドッド……カカカカカカカ!
爪ラッシュの音が途中から明らかに変わる。
???
何故か前に進めなくなり、闇雲に爪を振り回すカニの王。
「無明拳」
パンッ!!!!!
ビチビチビチビチビチビチ!
――あたりに大量のカニカマが降り注いだ。
正確には、カニカマはカニではないので、正しくはカニのすり身か。
『え?』
周囲の冒険者たちは、何が起こったのか分からず、白い身を浴びたまま呆然としていた。
――。
説明しよう。
密林の王キンググローブは、魔法に反応して怒り、特殊アビリティ『百烈ハサミ』を発動。高速攻撃で周囲の冒険者たちを蹴散らし始めた。
しかし、そこに一瞬でしれっと紛れ込んだ俺が、すべての攻撃を剣の横面で受け止め、カニの進行を食い止めたのだ!
その隙に、すぐ横にいたマリチが必殺拳を叩き込む!
結果、キンググローブは一撃で爆発し、飛び散ったというわけだ。
そして今、俺たちの目の前には、ひときわ輝く鋼鉄のような甲羅の破片が落ちている。
おもむろに、それを拾い上げた。
「これ、持っていけば証拠になるよな」
ニヤリと笑う俺に、マリチもうなずく。
彼女はすかさず、空間転移の魔法を唱え始めた。……通常なら長い詠唱が必要になる魔法だが、今さら説明するまでもないだろう。
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「生臭っ! さすがにお風呂に入ってから来てくださいよ!」
受付のお姉さんに叱られた。
だが、こちらにも立派な事情がある。そう、我々にはお金がない。だから銭湯にも入れないのだ。
「そこを何とかするためにも、まずは報酬を……」
……受付のお姉さんからは「せめて井戸水で流すぐらいしてくださいよ」と、ブツブツ嫌味を言われてしまったが、それでも、高難易度モンスターを倒した実績はきっちり評価されたようだ。
なんだかんだで、最低ランクのEクラスから一気にCランクまで上がることができたし、報酬も無事に受け取れた。
これでようやく風呂にも入れるし、まともな食事にもありつける。
あとはそろそろマリチの家に戻って、改めて現実世界への扉があるか確認したいところだ。
そう思った矢先だった。
「あのう……」
背後から声がした。
「あなたたちの腕を見込んで、お願いがあります……」
振り返ると、そこには見るからに駆け出しといった雰囲気の冒険者が二人。そして、その隣には明らかに騎士風の人物が立っていた。
「僕たちの村を、オークから助けてほしいんです」
オーク。
屈強な肉体と、人間に近い知能を持つ獣人族だ。
この世界には、いくつかの獣人族が存在している。そして各地で、国家規模の争いが繰り広げられているのだ。
「私から事情を説明しよう」
隣にいた騎士風の女性が、口を開いた。
……いや、今は早く帰りたいんだけど。




