周りの視線が気になる
果てしないオーバーキルで『砂漠の皇帝』を倒した後。バラバラになった巨大昆虫の破片を前に、俺は考えていた。
……人助けとはいえ、戦利品の『横取り』はよくない。
ソーファン時代、誰かが先に戦っていた敵に途中から参戦し、その戦利品を入手することはマナー違反だった。
というわけで。
ドロップアイテムは三人組の冒険者たちに譲り、俺とマリチは何も得ずに帰ってきた。まあ元々報酬目当てだったわけではないし、そこは気にしない。
さあ、気を取り直し。さっそくこの世界のことを調べていこう。
戦闘後に三人組から聞いた話や、街の様子を見て分かったことを整理してみよう。
まず一つ目。
俺とマリチのような最高レベルの冒険者は、今のところ他にいなさそう。
感覚として、ここはソーマファンタジーが始まったばかりの世界。たとえるなら、レベル上限が50の世界に、俺たちだけレベル120で放り込まれたようなものだ。……俺たちが習得しているクラスや、大半の装備は、まだ存在すら知られていないかもしれない。
次に分かったのは、俺たち以外にも大勢の冒険者がいるということ。
ただし、そのほとんどは初心者から中級者程度の低レベル帯らしい。そのせいで、まだ一度も討伐されたことのないネームドモンスターや、シナリオボスも数多く残っているようだ。
先ほど秒殺したデューンエンペラーも、この世界ではかなり高位のモンスターだったらしい。俺たちが助けたあの三人組は、一攫千金と大幅なランクアップを狙って挑んでいたそうだ。
そして最後に、マリチのこと。
俺がこの世界に来なければ、彼女は一人だけ別次元の強さを持った存在として暮らしていたことになる。
いったい今まで何をして過ごしていたのだろう。気になったので、本人に聞いてみた。
「んー。ずっと森の奥にある妖精族の村で静かに暮らしてた」
……だそうだ。
ある日なんとなく町に行き、そこから俺とずっと冒険してたらしい。
俺にとってマリチは、ずっと俺が動かしてきた、もう一人の自分のような存在だ。この新しい世界でも、誰よりも信頼できる相棒であることに変わりはない。
彼女の中で、俺と冒険してきた時間がどれくらいなのかまったく予想もつかないが、俺のことを長い間一緒にいた仲間だとは思っているようだ。
そうそう。もう一つ、大問題があった。
マリチが暮らしていた古代樹の森の小さな家。その裏庭にあった、現実世界と行き来できる扉がなくなっていたのだ。
そもそもマリチには、あの扉が見えていなかったらしい。俺がこの世界に来たときも、そこに扉があったという認識はなかった。光とともに突然現れたのだそうだ。
さすが異世界。謎だらけである。
いつまでこの力を使えるのかも分からない。けれど、せっかく好きなゲームの世界に来られたのだから、できる限り楽しみたい。これからもいろいろと調べていこう。
あとは、こっちの世界と現実世界との時差も気になるところだ。きちんと調べておかないと、現実世界に戻ったときに浦島太郎になってしまう。
……まあ、戻れるのかどうかは知らない。なんなら戻れなくても仕方ないと思えるほどには俺がこの世界が好きだ。
ただ、慎重な俺にとって一つ気になっていることがある。それはこの高いレベルやステータスがいつまでも保立てるのか?ということだ。
いつか力を失うかも分からない以上、この世界のルールを守り、基本的には謙虚に生きていかねばなるまい。
……。
とりあえず、今の時点で扉はなく、現実世界には戻れない。
じゃあ、しばらくは冒険者稼業にいそしむしかないよな!
――――――――――――――――――――――――――
冒険者ギルドの本店は、現実世界でいえば県庁や市役所のような場所だ。
街の中にはいくつか支店があり、そちらはホテルのロビーに近い。宿泊施設や飲食店が併設されているところもあるらしい。
さて。
さっそく、デューンエンペラーを倒したことをギルドに報告する。
案の定、店内がざわついた。
ギルドにいた冒険者のほぼ全員が、俺たちに視線を向けている。
「ヨーイチさんとマリチさんは、まだ未登録だったのですね」
受付のお姉さんは、目の前にいる規格外の新人コンビに目を丸くしていた。どうやら、かなり困惑しているらしい。
それもそうだろう。高難易度のモンスターをわざわざ倒してきた冒険者が、ギルドにも登録していない新人だなんて、普通は思わない。
「未登録の方がネームドモンスターを討伐されても、討伐報酬はお支払いできないんです……」
「そこはルールだったら、仕方ないか」
まあ、お金がもらえなくても、マリチが元々持っているだろうし、何とかなるか。そう思って彼女の方を振り返る。
するとマリチは、こちらには目もくれず、ずんずんとカウンターに近づいていった。そして背伸びをしながら、受付のお姉さんに告げる。
「今日、初めて街に出てきたから、お金は全然ないの。だから、さっそく登録して」
……あ、お金ないんだ。自炊派だったんだ。確かに、家の庭には畑があった。あれで生活していたのか。
彼女の言葉を聞いた瞬間、俺たちの路銀稼ぎは死活問題になった。
扉が復活するまで、何とか生き延びなければならない。
どんなに屈強な冒険者でも、腹は減るのだ。
「えっと……マリチさんとヨーイチさんは、Eランクからのスタートになりますが、本当にこちらのモンスターでよろしいのですか?」
受付のお姉さんが、苦笑いを浮かべながら尋ねてくる。
「まあ、はい……」
まだ目立ちたくない俺が遠慮がちに答えようとした、そのとき。
「望むところ!」
マリチが威勢よく言い放った。
俺たちが指さしていた依頼書に載っている、次のターゲットは――。
『密林の王』
凶悪な巨大蟹だ。
……だが、周囲からは何やら探るような視線が集まっていた。
デューンエンペラーを倒したという俺たちの話を疑っている者もいれば、いまだ討伐報告のほとんどない『密林の王』にEランクで挑もうとする、無謀な新人の顔を見たい者もいるらしい。
そのほか、大勢の冷やかし冒険者たちが、こちらに注目している。
出現が確認されたネームドモンスターの討伐には、見学者が集まることも珍しくない。討伐に成功すれば、ギルド内での評価はもちろん、周囲からの評判も上がる。
ただし、目立つということは、人気が出る一方で反感を買う可能性もあるということだ。
あまり目立ちたくない俺としては、正直歓迎できる状況ではないが……路銀は必要だ。覚悟を決めるしかない。
大勢の冒険者たちの視線を背中に受けながら、俺たちは森林地帯へと向かった。




