会ってそんないきなり
俺がゲーム時代に使っていたキャラそっくりの少女(?)、マリチと『実際に』会って、まだ数分。
それなのに、いきなりモンスター退治に誘われている。
向こうは初めから、長い間ともに冒険してきた相棒のように接してくる。それがなんとも不思議な感じだ。
ということは、やっぱりこのマリチは、俺がゲームで二アカ目として動かしていたキャラ『本人』ということになるよな……?
一体、どうなっているんだ。
ソーマファンタジーは、さまざまな楽しみ方ができるゲームだ。メインストーリーの奥深さはもちろん、キャラクターや装備の強化にもやりごたえがある。
強力な装備を手に入れる方法は、大きく分けて二つ。伝説の武器を手に入れるか、強力なモンスターを倒すか。他にも、モンスターから得た素材を加工して装備を作る方法がある。
モンスターから手に入れた武具やアイテムは、ほかの冒険者に売ることもできる。そのため、強敵を倒して得られる戦利品は、冒険者たちにとって重要な収入源となっている。
そして、先ほどマリチが口にしたモンスター。
『砂漠の皇帝』。
広大な砂漠に雨季が訪れると、ほんの短い期間だけ姿を現す、巨大な古代昆虫の一種だ。
この世界では、数多くいるモンスターの中でも、特に強力な個体に固有の名称が与えられることがある。そうしたモンスターは『ネームドモンスター』と呼ばれ、倒すことができれば、希少な装備や素材を手に入れられる。
今回の砂漠の皇帝は、俺の知識によれば中級ランクのネームドモンスターだ。そこそこ腕に覚えのある冒険者が、小遣い稼ぎをするにはちょうどいい相手である。
俺とマリチの強さがゲーム時代のままなら、楽勝だろうけどな……。
「さっそく行こうか~」
マリチはそう言うと、転移呪文の詠唱を始めた。
移動用の魔法は、本来なら長い詠唱時間を必要とする。しかし、魔法系クラスを極めているマリチの場合、発動までにほとんど時間はかからない。
ブォォーーン。
唸るような音が響いたかと思うと、辺りが一瞬にして闇に包まれた。
そして次の瞬間、頭上から強い光が降り注ぐ。
目を開けると、そこには見渡す限りの砂漠が広がっていた。
――熱砂の砂漠――
広い海に面した、鳴き砂の砂漠。
絶え間なく吹く風が、遠くから運んできた砂を少しずつ積み重ね、海岸沿いに広大な砂丘を形作っている。
ところどころに岩が顔を出し、その周辺には雨水がたまっていた。水場のそばには南国を思わせる木々が密集し、ひときわ大きな木々が集まった一角に、それはいた。
砂漠の皇帝――『デューンエンペラー』。
ムカデにトンボの羽を生やしたような姿で、地面から浮かぶようにしている。全身を覆う硬そうな外殻と、節ごとに連なる長い胴体。大きさは、クジラにも匹敵するだろうか。
巨大な昆虫型モンスターが、砂漠の一角を占領していた。
「おー。タイミングよく湧いてるなぁ。ありがたいねえ」
ソーファンの世界では、ネームドモンスターは一度倒されると、再び出現するまでにかなりの時間がかかる。
砂漠の皇帝の出現周期は、およそ三日。
運よく出現したタイミングで出会えなければ、次の機会を待つことになる。しかも、のんびりしているうちに、ほかの冒険者に倒されてしまう可能性もある。
そう考えると、確かに今はかなり運がいい。
……と思ったのだが。
「あれ~? ……誰か先にやってるなぁ~……」
マリチは苦笑いを浮かべた。
近づくにつれ、剣が硬い外殻を打つ音や、魔法の炎が弾ける音が聞こえてきた。
さらに距離を詰めると、どうやら戦況は芳しくないらしいことが分かってくる。
剣戟と魔法の光がはっきりと見える距離まで近づいたとき、ようやくモンスターの前に三人の冒険者が戦っている様子を観察できた。
「なんか負けそうかね?」
マリチが呟いたのと、ほぼ同時だった。
前衛に立っていた戦士風の青年が、こちらへ向かって大きく弾き飛ばされてきた。
彼の鎧には、モンスターの爪に抉られたのだろうか、深い傷穴が穿たれている。よく見ると、残る二人の防具にも損傷が目立ち、顔には疲労と焦りが色濃く浮かんでいた。
「マズいな」
「手伝おっか」
俺の呟きに、マリチが応じる。
彼女は片手をくるくると回しながら、のんびりとした調子で呪文を唱え始めた。
「宇宙を統べる星界の王~、我が求めに応じ、疾く来たれ~。いでよ、真龍~」
それは、まるで日常会話の一節のような軽い口調だった。庭の花に水をやりながら、思わず鼻歌を口ずさむような気安さである。
唱える言葉に合わせ、マリチの手が徐々に複雑な軌跡を描いていく。すると、目の前に光り輝く魔法陣が出現した。
その中心から、巨大な銀色の竜が勢いよく躍り出る。
「あ。やっぱマリチは召喚できるんだ……」
俺とマリチは、ゲーム時代から基本的に同じクエストをこなしてきた。そのため、習得しているクラスやスキルも同じだ。俺にできることはマリチにもできるし、その逆もまた然り。
ただし、現在設定しているクラスは、マリチが『召喚士』、俺が『ルーンナイト』である。
ルーンナイトは防御系のクラスで、精霊たちの力を取り込むことで、魔法防御力を飛躍的に高めることができる。
ゲーム時代から、俺が防御系クラスで敵の攻撃を引き受け、マリチが攻撃系クラスで敵を倒す。それが、俺たちの無双スタイルだった。
「エンチャントスピリット、氷神」
唱えた瞬間、全身に白い霜のようなオーラがまとわりついた。
デューンエンペラーの弱点である氷の精霊の力を、一瞬にして身にまとう。
俺は剣を抜き、敵へと歩み寄った。
ちょうどそのとき、モンスターは前衛の青年を遠くへ弾き飛ばし、後衛にいる白魔導士へ向かって、棘の生えた尾節を振り上げようとしていた。
ギギッ!
剣を抜いた俺の気配を察知したのか、モンスターが突如として向きを変え、こちらへと突進してくる。
「おー! ヨーイチのヘイトの方が圧倒的に勝ってるみたいだね」
この世界には『ヘイト』という概念がある。簡単に言えば、敵からの狙われやすさだ。敵意や殺気だと考えれば分かりやすいだろう。
もともと、盾役として敵の攻撃を引き受けるクラスを好んでいた俺の装備は、ヘイトがかなり上がりやすい。
熱せられた砂の上に陽炎が揺らめく。その向こうから、巨大なモンスターが一直線に俺へと迫ってきた。
巨大な顎が開く。
そして――。頭部から突き出した大牙が、俺の肩へと突き立てられた。
……が。
ガギギギッ!
装備の表示を隠しているだけで、俺の身体は実際には竜鱗甲に覆われている。
砂漠の皇帝は大牙を何度も突き立てようとするが、硬い音を立てるばかりで、俺の身体には傷ひとつつかない。
「こいつクラスだと無傷なのか」
目の前で大顎をガチガチと鳴らす巨大昆虫。ダメージはなくとも、これだけデカい昆虫がこの距離にいるのはきついものがある。なのでその不気味な頭部をなるべく直視しないようにしながら、俺は腕を組んで考えていた。
……なるほど。
このレベルのモンスターに攻撃されても無傷ということは、俺のステータスは、ゲーム時代の数値をそのまま引き継いでいるとみてよさそうだ。
巨大なモンスターに何度も攻撃されている俺を見て、先ほどまで戦っていた冒険者たちが、口々に声を上げた。
「誰か分からないけど、ありがとう!」
「助かります!」
横に控えていた狩人風の青年も、膝をつきながら、声を振り絞るようにして礼を告げる。
「かたじけない……!」
砂漠の皇帝の攻撃を受けても、この程度の様子でいられるということは……。この三人組は、初級から少し中級に差しかかったあたりか。レベルにして三十前後、といったところだろう。
「倒しちゃってもいいかな?」
俺が大顎でガジガジと噛まれ、敵を切り刻むはずの羽でバシバシと叩かれ、巨大な尾節で殴られている様子を眺めながら、マリチが呟いた。
先に戦っていた冒険者たちの獲物を横取りするような行為は、あまり推奨されない。とはいえ、俺がこのまま殴られながら、いつまでもぼんやりしているわけにもいかないだろう。
待っていたところで、あの三人が戦況を覆し、こいつに勝てるとも思えないしな……。
しばらく考えたあと、俺は頷いた。
マリチが横目でそれを確認する。
「了解した。では……いっくよ~! 真龍の咆哮、発射~! 世界を制する滅びの光~!」
再び、マリチののんびりとした詠唱が砂漠に響き渡る。
それに呼応するように、巨大な銀竜が翼を大きく広げ、空高く舞い上がった。そして、敵を見据える位置で静かに停止する。
竜の口元に、小さな粒子が吸い込まれるように光が集まり始めた。
光は徐々に凝縮し、巨大なエネルギーの塊へと変わっていく。その中心から、目を焼くような強烈な輝きがあふれ出した。
目の前の敵に集中し、死闘を繰り広げていた三人も、ようやく異変に気づいたらしい。
マリチが従えているのが、最高位の召喚獣だと悟った瞬間、彼らは驚愕に目を見開いた。
『はわああああ!! あの巨大な龍は……伝説の……!!』
三人は光の凝集を目の当たりにして、慌ててモンスターから距離を取ろうと走り出した。足を取られやすい砂の上で、転びそうになりながらも必死に駆ける。
その直後。
シュドッ――。
目もくらむほどの閃光が、デューンエンペラーの巨体を貫いた。




