剣がシュポンて出る
ベッドに寝転がったまま、両手を伸ばす。
何も持っていない手で、剣の柄を握るようなしぐさをしてみた。
「エクスカリバー」
シュポン(効果音)
呟くのとほぼ同時に、手の中に冷たく輝く剣が出現した。所要時間、わずか0.5秒。
……なんか、ゲームの中にあった伝説の武器を、現実世界でも自由に取り出せるようになった。
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俺の名前は湊陽一。23歳。身長170センチちょっと、体重60キロちょっと。ぼさぼさの黒髪に、紺色を基調とした機能性重視の地味な服装。
日中は大学の研究室で実験を繰り返す、真面目な医療系大学生。だが、家では……『ソーマファンタジー』というゲームをひたすらプレイしているガチゲーマーだ。
ソーマファンタジーというのは、世間によくある、剣や魔法が活躍する多人数同時参加型のオンラインゲームである。
高校に入った頃からプレイしているうえ、大学に入ってからは重課金勢となり、ステータスはすでに最高クラス。数年かけて入手するような装備も、何種類も揃えている。
すべてを極めているため、普段は淡々と日課をこなすだけの生活なのだが、つい先日、新たに実装されたボスとの戦いで久しぶりに時間を忘れて熱狂し、勢いで朝までプレイしてしまった。
ほとんど睡眠をとらないまま学校へ行こうと自転車に乗ったら、用水路に落ちてしまい……。目が覚めたら、ソーマファンタジーの『中に』いた。
それが昨日のこと。
そこは巨大な異空間だった。空は暗く、壁もない。まるで宇宙に浮かんでいるような場所で、足元だけが謎の硬い物質でできていた。
そして、目の前にはゲームの中で俺が最後に戦ったボス、『カオスドラゴン』がいた。
暗闇の中に浮かぶ、巨大な虹色のドラゴン。
その鱗は光を受けているわけでもないのに、内側から輝いているように見えた。長大な首をもたげたその姿は、ゲームの画面越しに見ていたときとは比べものにならないほど巨大で、息をするのも忘れるほどの威圧感があった。
それなのに、恐怖と同時に胸の奥から湧き上がってくるものがある。
……かっこよすぎるな。
ずっと憧れていたファンタジーの世界。その象徴ともいえる存在が、今、目の前にいるのだ。
最初はさすがに背筋が凍りつくような緊張感があった。だが、どこからともなく聞こえてくる誰かの声に促され、俺は徐々にその世界での戦い方に慣れていき、なんとかそいつを倒した。
すると、その誰かにお礼を言われ、気がついたらいつものベッドの上に戻っていた……。
それが今。
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(冒頭のシーンに戻る)
そして、俺の手の中には今、伝説の剣がある。
戦いの最中、俺は謎の声に、剣を頭の中でイメージして装備するように言われた。試しに同じことをしてみたら、普通にベッドの上でも出せたのである。
しかも剣だけじゃなく、どうやらソーマファンタジー(略してソーファン)で手に入れた装備やアイテムが、すべて出せるようなのだ。
何と表現すればいいのか……。まるでゲームの中のように、異世界での持ち物やステータスを現実でも持っている感じか。
最初は動揺したものの、数時間が経った今ではかなり慣れた。せっかくなので、少し振ってみる。
フォンッ。
軽く振るだけで、剣が纏う白い光が美しい軌道を描く。
名前はエクスカリバーだが、これはアーサー王が持っていた伝説のエクスカリバーそのものではない。それをモチーフにした、ソーマファンタジーの中のエクスカリバーである。
ソーファンにおける『エクスカリバー』の性能は……。
・時々、光属性の追加ダメージ
・特殊必殺技が使用可能
・装備している限り、持続的にHPが回復
さらにソーファンの世界では、設定によって『現在の装備を見た目に反映させない』ことができる。つまり、自分の意思で表示させない限り、周りからは普段着に見えるのだ。
これなら伝説の装備を身に着けたまま、日常生活を送れそうだな……。
次に、防具もチェックしてみよう。
「竜鱗甲」
再び鎧を着るイメージを思い描きながら呟いてみる。すると、即座にズシッと身体に重量がのしかかってきた。
これは龍の鱗を加工して作った伝説の鎧である。その性能は……。
・属性攻撃に耐性
・一定の割合で属性攻撃を吸収
・最大HPの10%以下のダメージを無効化
設定で、これも外からは見えないようにしておこう。
にしても、ダメージ無効とは……? 気になるので、さっそく実証実験してみた。
とりあえず、属性攻撃ということで、ガスコンロに火をつけ、恐る恐る手を差し伸べてみる。
……なるほど、確かに熱さは感じない。なんとなく熱いものに触れているという感覚はある。鎧に覆われていない手の部分まで熱を受け付けないとか、ファンタジーすぎる。
炎攻撃の次は冷気攻撃。冷凍庫から氷を取り出し、素手で握りしめてみても同様だった。冷たいものだという実感はあるが、いつまでも握っていられる。
他に確認したいことは……そうだな。
ゲームだったらボタンひとつでステータスや装備画面が出たが、こちらではどうなんだろう……。
あ、イメージしたら目の前に現れた。
でもこれ、空中に画面が浮かんでいるというよりも、網膜に映っているとか、そんな感じの見え方だ。
ステータス画面を見ると、現在の自分のレベルは120。最大HPは3098らしい。これはゲームのソーファン時代と同じだ。
……でも、確かレベル1のキャラだと20前後だったはず。この数値が現実でもそのまま適用されるなら、今の俺、強すぎるのでは。
日常生活で受けるダメージがどれぐらいなのかは不明だが……。とりあえず、300以下のダメージが無効とか、想像もできない。何がどれぐらいのダメージになるのか、少しずつ検証してみたい。
他にも、確認したいことはたくさんある。
そう考えながら、目の前にアイテム欄を表示する。傷を治すポーション。魔法力を回復するエーテル。その他もろもろ。
なんというか……脳内の倉庫に大量に収納されていて、いつでも呼び出せる感じだ。
とりあえずポーションを出して飲んでみた。
……苦。
――。
昨日から始まった異常事態は、それだけでは終わらなかった。
風呂場のドアを開けると……そこには淡く輝く扉があり、その先がどこかの森の中につながっているのだ。
先ほどは、扉の向こうが別の空間につながっていることだけを確認し、すぐに閉めてしまった。だが、ある程度確認したいことは確認できたし、いよいよその先に行ってみることにしよう。
いざ――。
扉をくぐると、柔らかな木漏れ日がサッと差し込んできた。
頭上では木々の枝葉が幾重にも重なり、その隙間からこぼれ落ちた光が、草の上にまだらな模様を描いていた。
風が吹くたびに葉擦れの音がささやくように響き、湿った土と青々とした草の香りが鼻をくすぐる。
ゲームの画面越しでは決して味わえなかった、風の感触も、匂いも、足元から伝わる柔らかさも。
……本当に、異世界に来たんだな。
靴は、普段履いている防水スニーカーを風呂場の入口でちゃんと履いてきている。一歩足を踏み入れると、柔らかな草が生い茂る地面は、まるで高級な絨毯のような感触だった。
ん? 誰かいるな……。
数歩進んだ先、木漏れ日の差す場所に、小柄な人影が見えた。一瞬、小動物かと見紛うほどの大きさで、ちょこまかと動いている。
こちらから近づいて声を掛けようとすると、先に向こうが振り返った。
「おかえり?」
そこにいたのは、少し尖った耳をした、とても小柄な女性だった。
シルバーブロンドの髪は、おそらくかなり長いのだろう。それをくるくると巻き、頭のてっぺんで結い上げている。少し丸い顔に、大きな黒い瞳、小さな眉。そして、俺と同じように紺色を基調としたローブを着ていた。
年齢は不詳だが、見た目だけなら少女と呼んでもおかしくない風貌だ。
「うん」
彼女の挨拶に対し、俺は自然にそう応えた。
リアルで会ったのは、これが初めてのはず。なのに、俺はこの女性を最初から知っているのだ。
なぜなら――。
この、とても見覚えのある小さな女性は……。
『俺がソーマファンタジーの中で2アカウント目として動かしていた』キャラクターだからだ。
ゲームの中では、俺自身が動かしていたキャラ。だが今、目の前にいるこの女性は……明らかに自分の意思で生き、動いている。
これは一体……。
彼女の名は『マリチ』。魔力と素早さに優れた、魔妖精という種族だ。
もし、この見覚えのありすぎる異世界人が、俺の知っているマリチ本人なのだとしたら……。
彼女は俺と同じレベル120で、すべての魔法を極めた魔導士であり、あらゆるものを破壊できる格闘家でもある、ということになる。
マリチは俺の顔を真っ直ぐに見つめ、にっこりと笑って言った。
「そろそろ砂漠の皇帝が湧くころだよ。行くよね?」
「え、あ、うん」




