第46話 義元・雪斎、若木の策を採用す
俺が北条・上杉・里見・佐竹との同盟案を口にした後、義元公は、朝比奈泰能公以下……。呼び集めることができるだけの宿老や身内衆、国人衆たちを集めたから、評定の間には、しばしの沈黙が落ちた。
そして、今川家の太原雪斎和尚と並ぶ宿老の朝比奈泰能公が謁見の間に集うと、義元公は、白塗りの顔をゆっくりと俺へ向ける。
その瞳は、さっきまでの《《おじゃる丸ムーブ》》とは違い、東海道一の弓取りとしての鋭さを取り戻していた。
「竹千代……そなた、先ほどまでの策をどこまで本気で言っておる?」
義元公の声が低い……。
重い……。
完全に武家の頂点を目指す男の声だ。
俺は一歩前に出て、武士の礼をした。
「御方さま! 北条氏康公は強敵です! 関東八州をまとめる力を持つ上杉憲政公が敗れれば──関東の均衡は一気に崩れます! その時、北条家は必ず駿河へ目を向けるはず」
雪斎和尚さまが目を細める。
「……その通りですな……。憲政公が敗れ、長尾景虎殿を頼る未来――わしも可能性として考えておりました」
雪斎和尚さまの言葉に、この場にいる重臣たちがざわつく。
しかし義元公は腕を組み、俺の言葉を吟味するように頷いた。
「竹千代……。そなたの言う通り、北条家は侮れぬ……。氏康は武勇も智略も兼ね備えた男……。鎌倉を巡る争いは、いずれ大きな戦になる」
そして――義元公は、俺の目をまっすぐ見た。
「だが、そなたの策は……その未来を変えられるかもしれぬ」
義元公の言葉の後に、朝比奈泰能公が俺に注目すると、雪斎和尚が、にやりと笑った。
「御方さま! 竹千代殿の策は、ただの思いつきではありませんぞ! 北条・上杉・里見・佐竹――関東の勢力を横に繋ぎ、北条氏を包囲する構図……。これは、わしらが何年もかけて練ってきた案に匹敵します」
義元公は上座を立ち、俺に歩み寄り、肩に手を置いた。
「竹千代……。そなたの策――採用する」
その瞬間──評定の空気が変わった。
この場にいる重臣たちがざわめき、雪斎和尚が満足げに頷き、義元公は俺を《《後継者を見る目》》で見つめ、朝比奈泰能公がその様子を見つめていた。
「まずは佐竹氏へ使者を送る! 次に里見氏! そして、上杉憲政公へも書状を出す! 北条氏康を包囲するための同盟網を築く」
義元公は続ける。
「竹千代! そなたは、この外交網の中心となれ!」
「……僕が、外交の中心に?」
「そうだ! そなたの言葉は、国人衆を動かし、家臣を納得させ、わしの心をも動かした」
雪斎和尚が笑う。
「御方さま……。竹千代殿は、ただの若木ではありませんぞ! この子は――いずれ東海を支える大樹になります!」
義元公は深く頷いた。
「竹千代! そなたの策は、今川家の未来を変える! 麻呂は、そなたを信じる」
胸が熱くなる。
(……俺の策が、本当に採用されたんだ)
未来知識を使ったとはいえ、戦国の名将・義元公と雪斎和尚に認められたのだ。
俺は深く礼をした。
「御方さま! 僕は必ず、今川家のために働きます! 駿河のためにも」
義元公は満足げに微笑えむと、なぜか朝比奈泰能公も微笑んだ。
「うむ……。そなたは、わしの息子同然……。今川家の未来を託すに足る男よ」
雪斎和尚さまが、ぽんと俺の背を叩く。
「では竹千代殿! 外交の初仕事として――佐竹氏への書状を、そなたが書きなさい」
「えっ、僕がですか?」
「当然です! 外交は、そなたの新たな戦場ですぞ! 岡崎衆を使ってもかまわんから、がんばりなさい」
俺は雪斎和尚さまの下知を聞き、義元公へと視線を変える。
《コクリ》
義元公は俺と目が合うと頷き、《《岡崎衆を使用するのは好きにしろ》》! と無言で告げてくれた。
だから俺は深呼吸した。
(……よし。やってやる!)
こうして――
俺──。竹千代の未来の領地になる関東八州への外交が、本格的に始まった。
◇◇◇




