第13話 尾張の悪役令嬢様との思い出(2)
実は、織田信長――。
いや、俺が慕っていた尾張の悪役令嬢さま《《吉法師姫》》のストレス発散に使われていた丁稚は、俺だけではなかった。
俺は彼らと肩を並べ、まさに命がけで日々を生き抜いていたのである。
本来なら俺は三河・岡崎城主の嫡男。石高だって吉姉さまと遜色ない家柄だ。
それなのに、尾張に来た途端、扱いは完全に下っ端……
そして俺を取り囲むのは――
尾張のろくでなし共……
傾奇者……
現代で言う《《ヤンキー》》……
吉姉さまは、そんな素行の悪い乱暴者たちを男女問わず好んで集めていた。
「ふふん、強い者は男女関係なく使うのが織田流よ? 弱い者は……勝手に脱落するでしょ?」
悪役令嬢らしい笑みを浮かべる吉法師姫……
その言葉通り、尾張の草原では今日も地獄の訓練が行われていた。
燦々と陽が降り注ぐ荒地で、俺たちは汗まみれになりながら相撲や体術の稽古をしていた。
そう、先ほど言った馬鹿者たち――。皆も知っている超有名人ばかり……。
池田恒興、前田利家、佐々成正、森可成。 尾張ヤンキー四天王みたいな連中だ。
「元信~、今日も殴り合いだぞ~!」
「おら竹千代! 逃げんなよ!」
「姫様の前で情けねぇ姿見せんな!」
……うるさい。 お前ら、なんでそんなに元気なんだ。
他にも色々いたが、ほとんどは吉姉さまのスパルタに耐えられず脱落した。
中には大怪我で動けなくなった者や、本当に他界した者もいると尾張の者たちは噂していたほどだ。
「ふふん、弱い者は要らないわ。強い者だけが、アーシの天下取りに付き従えるのよ?」
吉法師姫は、まるで悪役令嬢のテンプレのように笑う。
……いや、実際悪役令嬢なんだけど。
そんな修羅場の中……
俺たちは吉姉さまの命令で生死をかけた争いに挑んでいた。
「竹千代、今日は森可成とタイマンね。手加減したら許さないわよ?」
「えっ、吉姉さま!? あの鬼武蔵とですか!?」
「文句ある? あるなら……もっと強くなりなさい!」
悪役令嬢スマイルで言われたら、断れるわけがない。
鬼武蔵との《《事件》》──。
ラブコメの神が降りた瞬間──。
そう、俺が、あいつ――森可成と相撲を取っていた時のことだ。
女人の柔肌が自分の肌に当たり、擦れ、触れる。
その瞬間──俺の中のタヌキ親父が目を覚ました。
ついつい、いけないことだとわかっていても…… !
悪いことだとわかっていても…… !
スケベなことだとわかっていても……!
俺、《《松平元信》》は根っからの女性好き……。
前世ではアラサー独身貴族を気取っていた社畜男……
だからこそ、年頃の娘の甘い香りなんて、耐えられるわけがない。
鬼武蔵の柔らかい肌が俺の肌に触れた瞬間――
俺の煩悩は完全に破壊された。
気づけば俺は、鬼武蔵の可愛いお尻を鷲掴みしていた。
「ちょっ……竹千代!? 貴様、またうちにいやらしい目を向けるな!!」
「ち、違うんだ! 事故だ! 不可抗力だ!」
「不可抗力で尻を揉むなぁぁぁ!!」
鬼武蔵は顔を真っ赤にしながら怒鳴り、俺の腰をがっちり掴んだ。
怒っているのに、どこか照れているのがまた可愛い。
その様子を見ていた吉法師姫は――
「ふふっ……竹千代、やるじゃない。女の子の尻を触るなんて、度胸あるわねぇ?」
「吉姉さま!? 誤解です! 誤解なんです!!」
「誤解でも本当でも、どっちでもいいわ! 面白いから!」
悪役令嬢の笑みが眩しい。
俺の尊厳は眩しくない。




