22 幸せ
トリー、どうしてここにいるの。
仲間のところに帰ったんじゃなかったの?
それともこれは、みんな夢?
トリー、アキ、おじいさん。
お願いだから、どうか本当のことを──
「──ぷはぁっ! ごほっ、げほっ」
力いっぱい腕を払うとふっと身体が軽くなり、冷たい空気が一気に肺に流れ込む。とたんに胸が悲鳴を上げて、吸った空気はあっという間に咳になって出て行った。まともに息も吸えてないのに、咳はちっとも止まらない。苦しくて、たまらず床の上で転がると、脚に毛布がまとわりついた。それを蹴り飛ばして小さく丸まり、咳の衝動をやりすごす。しばらくひゅうひゅう胸が悲鳴を上げたけど、どうにかそれも治まった。でもほっとして力を抜いたらすぐに頭ががんがん内側から叩かれるように痛みだし、僕は再び床の上に突っ伏した。
まるで頭の中で岩が転がっているようだ。目元を手で覆ったけれどうめき声しか出てこない。そのうえ口の中はじんじん痺れ、鼻の奥がつんとして、涙があふれて止まらない。
きゅーう
耳元で、気遣うような声がした。すぐに手と顔の隙間に鼻先が突っ込まれ、湿ったそれが無理矢理目元に向かって伸びてくる。涙をなめとろうとしてるんだ。
くすぐったい。でも暖かい、湿った舌から優しい気持ちが伝わって、少し気分が和らいだ。
「……トリー。ありがとね」
くるるるーう
嗄れ声しか出なかったけど、トリーは気にしていないようだ。僕がごろりと上向くと、トリーはいそいそ胸の上に乗ってきた。そして丁寧に僕の顔をなめ回すのに、いささか微妙な気持ちになってくる。この重みには覚えがある。目が覚める前、苦しかったのは……
「トリー、起こしてくれるのは嬉しいけれど、鼻と口は塞いじゃダメって言ったでしょ」
きゅるるるるーう、きゃー
ひくひく動く耳の周りを両手で包み、目を見てしっかり苦情を言った。だけどトリーは黒い瞳をくりくり動かし自分の鼻をぺろりとなめて、くるくる喉を鳴らしてご機嫌だ。きっと「悪かった」なんて、これっぽちも思っていない。もう怒る気にもなれなくて、ためいきひとつ、僕はそろそろと身体を起こした。
どうやら僕は暖炉の近くで寝ていたようだ。窓の外は明るいけれど影がずいぶん伸びているから、もうすぐ日が暮れるだろう。家の中はしんとして、物音ひとつしなかった。でも外から話し声が聞こえてくるから、アキとおじいさんは納屋のほうにいるのかも。ああ、暖炉の火が小さくなってる。もう少し薪を足さなくちゃ。ところが立とうとすると頭にずきんと痛みが走り、岩のように重くなって僕はそのままへたり込んだ。
きゃう
「無理はダメ」ってトリーがちょっぴり怒っていた。だから僕は大丈夫だよと笑いかけ、腕の中にトリーを抱いて、身体全部で包み込む。トリーの優しさが嬉しかった。それにまだ、トリーが帰って来た実感がわかなかった。だから両手のひらでトリーの輪郭を確かめて、喉をくすぐり頬を寄せる。すると「きゅーう」って満足そうに鼻が鳴り、トリーが僕の肩に顎を乗せた。かすかな鼻息が耳をくすぐり、胸元に小さな前足がしがみつく。すべてが僕のトリー、そのままだ。
「トリー……」
ゆっくり翼をなでていると、身体から徐々に力が抜けていった。トリーはもうすっかり寛いでいるようで、半分目を閉じ「くぷう」なんて呟いている。
やっぱり可愛い。
もう会えないって思っていたけど夢じゃない。トリーはちゃんとここにいる。なにより嬉しいことだけど、同時に胸の奥がつきんと痛んだ。
(せっかく仲間に会えたのに、どうしてトリーは戻ってきたの……?)
そんなことを考えながらトリーの前足を握っていたら、大変なことに気がついた。両前足の肉球が、ざらざらして荒れている。後ろ足もだ。それに尻尾の先もかさつき白い粉を吹いていて、ひび割れする一歩手前になっている。可哀想に、早く手当してやらなくちゃ。ああ、でもその前にトリーの身体を綺麗に拭いて、そういえば足は洗ったっけ──?
「おお、ミカ。目が覚めたかの?」
「──わっ!」
じゃじゃっ!
じゃーー!!
急な声に身体がびくりと動いてしまった。するとトリーはぱっと僕の腕から飛び降りて、頭を低くし鼻の頭にしわを寄せ、牙を剥いておじいさんを威嚇した。うとうと気持ち良く微睡んでいたのに起こされて、腹を立ててしまったようだ。
「トリー、ごめんね。驚かせちゃったね。でももう大丈夫だよ」
じゃー……!
「ほら、もうやめて。おじいさんは悪くないでしょ?」
──じーーー……!
「こら!」
「これこれ、叱ってはいかん。トリーはの、ミカを守ろうとしとるのさ」
おじいさんは扉の向こうに身を隠し、顔だけ出して教えてくれた。でもちょっと驚いただけなのに、あんなに怒っておじいさんに当たるなんて筋違いだ。だから僕は後ろからトリーを抱き上げ、唸らないよう腕の中に閉じ込めた。
「トリー、お願いだから機嫌を直して。ね?」
ぎゅううぅ、うぅーう
優しく声をかけて身体をなでて。いつもならこれで落ち着くのに、トリーは羽を逆立て尻尾も苛立たしげにうねらせて、ますますいきり立っている。だから僕はトリーの顔を僕のほうに向けさせて、口を曲げて「めっ!」と叱った。するとトリーはきゃうきゃう慌てて僕の機嫌を取ろうとする。
「もう。八つ当たりしちゃダメだよ?」
きゅーう
すりりと身体をすり寄せて、トリーは僕の口をぺろりとなめた。いつものトリーに戻ってくれて、これで僕もひと安心だ。ところが僕が居間の扉を開けたとたん、トリーは腕から身をよじって飛び降りて、おじいさんを追いかけだした。
ぎゃうっ、ぎゃぎゃぎゃっ!
「トリー、やめな!」
叱りつけるとトリーの耳がぴくりと動いて僕のほうをちらりと見た。その隙に、おじいさんは素早く寝室に逃げ込んだ。あっとトリーが振り返ったので僕がすかさず「おいで」と言うと、寝室の扉をにらみながら、トリーはゆっくり僕のところに戻ってきた。それをしっかり捕まえて、僕はもう一度、トリーに強く言い聞かせる。
「どうしてそんなに意地悪するの? おじいさんは悪くないでしょ」
きゅー……
首をすくめてトリーはそっと目を逸らす。反省したかと思いきや、トリーはぱっと寝室に首を向け、扉に向かって低い声で唸りだした。
じーーーー!
「こら!」
「ミカ、止めなさい」
「でも!」
「仕方ない。トリーは私がミカを虐めたと、そう思っとるようなのさ……」
扉の小さな隙間から、おじいさんが悲しそうに微笑んだ。その間にも、トリーは両の手足に力を込めて身体をたわめ、おじいさんが近づいたらすぐにまた追い払おうと、ちらりちらりと様子を見てる。
「守るって……なんでそんな」
「ほれ、トリーが帰ってきたときさ。私らがミカを泣かせたように見えたのだろ」
あのときだ。
アキとおじいさんは、トリーが帰ってきたと知らせるために僕の背中を叩いてくれた。顔を上げろと肩をつかんで促した。それを僕は大声で泣きわめき、子供みたいに駄々をこねてみんなを困らせてしまったんだ。
思い返すと顔から火を噴きそうだ。そのうえトリーにまで酷い勘違いをさせてしまって僕はもう、恥ずかしいやら申し訳ないやら、頭を下げることしかできなかった。
「ご、ごめんなさい……」
トリーを抱きしめたまま小さくなると、おじいさんは気にするなと微笑んだ。するとトリーが身体から力を抜いて、首を傾け不思議そうな顔をする。
きゅるる……
ゴメチャーイ?
「うん、そう。全部僕が悪かったんだ。だから……トリー、ごめんなさい」
きゅる
……ゴメチャイ、チャイ
「おじいさんも、迷惑かけてごめんなさい」
「ほ。こちらこそ、誤解させて悪かったの」
きゅー……
ゴメチャイ、きゃう
トリーが申し訳なさそうに、おじいさんに謝った。今度はちゃんと理解したようで、おじいさんが寝室から出ても神妙な顔で大人しく抱かれている。
おじいさんは膝に手をつき腰を曲げ、トリーに微笑みながらうなずいた。それから名を呼び恐る恐る手を差し出すと、トリーも耳を倒して鼻を指先にくっつけた。
これで2人は仲直り。よかった、と胸をなで下ろすとおじいさんがトリーの前足を指で持ち上げ、握手をしながら笑って言った。
「やはりトリーは賢いの。このぶんなら、すぐアキくんの誤解も解けるだろうて」
「はい! 僕、アキに謝ってきます」
目の前がすっきりと晴れ渡る。頭痛もいつのまにか消えていた。ただただトリーが愛おしく、ぎゅっと抱きしめ頬を頭にすり寄せる。するとトリーも僕の顔を夢中になってなめ回し、身体全部でしがみついた。
僕は幸せだったけど、顔がつっぱって気持ち悪い。口の中が痺れているのはトリーの「愛」を食らったせいだ。アキは裏に居るそうだから、謝りついでに顔と口を洗ってこよう。
◇ ◇
きんと冷えた空気に沈む黄金色に染まった庭、そこに伸びる山の樹々の黒い影。
その影を踏みながら、トリーが振り返って合図する。
きゃう
「トリー、どこに行くの?」
きゃう
家を出るなりトリーは身体をひねって腕の中から飛び降りた。そして振り返って僕を見上げ、「こっちだよ」と歩き出す。
でもそっちは川へ行く道、井戸があるのは家の裏手だ。
「水浴びには寒すぎるよ。今日はこっち。アキがね、お湯を沸かしてくれてるんだって。トリーもお湯で拭いてあげるから、行こう?」
きゃーう!
きびすを返すとトリーが遮るように大きく鳴いた。耳が痛くなるほどの大声で、なにかを必死に訴えている。こんなことは滅多になくて、だから僕は腰を下ろして視線を合わせ、トリーの話を聞くことにした。
「どうしたの。そんなに川に行きたいの?」
きゃきゃうきゅるきゅる
きゃるりるりっ
きゅるきゅるきゃうきゃ
きゃるるるるーう
「うん。うん……ごめん。わからないや」
トリーは一生懸命説明してくれたけど、僕にはさっぱり通じなかった。するとトリーはぐじゅぐじゅ口の中で文句を言って、僕のほうに戻ってくるとズボンの裾を咥えて引いた。
「わっ、なに?」
きゅるきゅるきゃうきゃ
きゃるりるりっ
「……一緒に、川に行きたいの?」
きゃう
トリーはとても真剣で、遊びに誘っている様子じゃない。そもそもこの時期、寒いし魚はいないしで、川に行くこと自体がほとんどない。だからあえて行くってことは、なにか大切なことに違いない。
「でもなあ、もうすぐ暗くなるし……明日じゃ、ダメ?」
ぎゅーう
「暗いと危ないよ? 明日の朝一番にしようよ」
ぎゃーう
「うーん、困ったな」
と、不意にトリーが地面を蹴って僕の後ろで身構えた。もしやと思えば案の定、家の裏からアキが腰に手を当てやってくる。
「こら。なーにしてんだ、こんなとこで」
「ご、ごめん」
「湯が冷めるだろ。早く来いよ……ん?」
じーーーー
「こら、トリー。アキだよ、唸らないの」
「ふっふーん?」
羽を逆立て威嚇しているトリーを不適に笑い、アキは僕に片目を閉じた。そして「なにか」を放り投げるとトリーは勢いよく飛び上がり、ぱくりと音を立てて食らいつく。そして音を立てずにふわりと着地、すぐにちゃっくちゃっくと口を動かしその「なにか」を食べ始めた。
「美味いか? ほら、もうひとつあるぞ?」
トリーのすぐ目の前で、アキが肉をつまんでぶら下げた。するとトリーは最初の肉をごくりと飲み込み首を伸ばして食べようとして、それからぱっと首を引っ込め悔しそうな顔をする。
ぎゅうぅぅ……
「なんだよ、仲直りしたいんだろ?」
ぎゃうぎゅるぎゃ
どうやら嵌められたって文句を言っているようだ。でもアキは知らんふりして、トリーの前にずいと肉を差し出した。
「ほら、腹減ってるんだろ? 食えよ」
ぎゃううぅ
トリーはもう騙されないぞと両の手足に力を込めて、威嚇しようと身構えた。でも頭を下げたとほぼ同時、よだれが口の端からつーっとたれて、そのうえきゅーっとお腹まで鳴りだした。トリーは慌てて口をなめ、ついでにお腹も一生懸命なめたけど、僕らにばっちり見られてるって気づいたら、恥ずかしいのか尻尾を丸め、飾り羽をぺたりと閉じて後じさってうなだれた。
「ぷ、ぷぷぷっ。ご、ごめ……っ」
「くく、く……っ ほら、我慢すんなよ。食え、食え!」
……きゅーうぅ
その仕草があまりにも可愛らしくて、僕は我慢できずにトリーを抱き上げ抱きしめた。拗ねたトリーが僕の脇に鼻先を突っ込んで、ぐるぐるぎゃうぎゃう文句を言っていたけれど、笑ってごめん、可愛いね、大好きだよって繰り返したらいつしか機嫌も治ったようだ。素直にアキから肉を貰って美味しそうに食べだした。
「ほら、食ったら風呂だからな。飯はその後だ」
「アキ、ありがと。それと、ごめんなさい」
ほら、とトリーの尻を叩くと、トリーはアキに向かって首を伸ばし、肉をもっととねだりだした。
「違うでしょ。『ごめんなさい』は?」
きゃー、チョダイ!
「トリー!」
きゃう
アリガトー、ゴザマータ!
ゴメチャイ、チャイ!
チョダイ、チョダイ!
きゃるりるりっ
「ちゃんとしてよ、もう!」
「うーん、いかにも知ってる言葉を並べましたって感じだなー」
「ごめんね、アキ。ちゃんと謝らせるから」
「いや、いいさ。こいつ、お前のそばでずっと気を張ってたからな」
「でも、きちんとケジメをつけないと」
「お前さ、ホント心配性だよな……じゃあ、トリー!」
ほいっとアキが顔を出すと、トリーもひょいと首を伸ばしてアキと鼻をくっつけた。息ぴったりだと笑いながらアキが鼻を動かすと、トリーはアキの頬に両手を添えて、鼻と口を念入りになめだした。
「むぷぷっ、やめ、やめ!」
きゃるりっ
たまらずアキが顔を離すと、トリーは勝ち誇ったようにさえずった。そんなトリーに溜息をつき、アキは袖で顔をぬぐいながらつばを吐く。
「ったく、口の中はいいってのに。それより風呂だ、風呂!」
「うん。トリー、綺麗にしようね?」
「なに言ってんだよ。がっつり洗うのはミカだからな」
「ええ、僕?」
「そ。おまえ、すっげえトリー臭い」
「そうかな……トリー、臭う?」
きゃう!
ゴハンハンハン
るるりるりるりー
僕の腕からするりと抜け出しトリーは楽しそうに歌いだす。そして軽やかに跳ねながら、僕らの後ろをついてきた。トリーの頭はご飯でいっぱい、風呂は待てないんじゃないかと思ったけれど、納屋の前、大タライを発見するなり駆け寄って、さっさとお湯に入ってしまった。僕もアキも唖然としたけどトリーは鼻の穴をひくひくさせて、「偉いでしょ」と言いたげだ。僕らは腹を抱えて笑い転げ、それからアキに手伝ってもらいながら頭からつま先までをしっかり洗い、人心地ついたころには食事の時間になっていた。
「──さて、アキくん。あれを持ってきてくれるかの?」
お祈りを終えておじいさんが声をかけると、アキがそそくさと立ち上がり、かまどの鍋から中身をあけて大皿を持ってきた。
「じゃーん! キジ肉とキノコのオド葉包み焼きです!」
どんと置かれた皿の上には、ほかほかと湯気を立てた拳大の茶色の包みが山のように積まれている。その隣には潰した芋の大皿と、具沢山のウサギのシチュー。小さな鉢から香ばしい匂いを放つのは、煎ったクルミがたっぷり入った豆のソース。トリーの肉にも「トリーの草」がまぶされて、見るからに美味しそうだ。
「うわあ……凄い!」
家に入った途端に良い匂いがしたけれど、それはこれだったんだ。ただでさえ腹ぺこだったのに、料理を見たらますますお腹が減ってきた。それは皆も同様で、トリーはさっそく肉に食らいつき、僕らは熱々の包みを手に取った。
「腹がびっくりするで、少しずつ食べるのだぞ?」
「そうそう。残していいから、無理するなよ?」
「大丈夫だよ。僕、すっごく調子が良いんだ」
嘘じゃない。起きたときは頭痛がしたけど、それが消えると不思議なぐらい身体が軽くなっていた。前より元気だと思うけど、2人が言うのももっともだから、逸る心をどうにか押さえてゆっくり味わうことにする。
皿の上に包みを置いてホクサの紐を緩めると、まず湯気といっしょオドの香りが立ちのぼる。どきどきしながら丸い葉を広げていくと、ふわっとキノコの匂いが漂って、中からぷりぷりとしたキジ肉が顔を出す。そこに豆ソースをちょっぴり乗せてひとくち噛めば、じゅわっと肉の旨味が口一杯に広がった。一拍遅れてキノコの香りと豆の甘みが混じり合い、鼻の奥に抜けてゆくと感動するほど美味しくて、僕はしばらくなにも言葉がでなかった。
「……ん〜、はふう……」
「どうだ、美味いか?」
見るとアキの小鼻がぴくぴくしてる。きっとこの肉のことだ。滅多に狩りをしないアキだから、ずいぶん苦労したんだろうとうなずくと、アキは優しく微笑みながら僕に事実を教えてくれた。
「へへ。これな、トリーの土産」
「……トリーが?」
「そ。ヤマドリに、キジが2羽と、でっかいウサギ! 玄関の外にあったんだ」
「しかも綺麗に毛をすいて、大きさ順に並べての。トリーの気持ちがいっぱいに詰まっておった」
きゃう!
トリーが誇らしげに声をあげた。
黒い瞳をきらきらさせて、鼻の穴もひくひくさせて。そして褒めてと膝に飛び乗りぴったり僕に寄り添ってくる。
ここの肉は全部じゃない。それどころかまだまだたくさんあるって聞いて、僕は言葉を失った。それだけの獲物、狩りはどれだけ大変だったことだろう。小さなトリーがどんな想いでここまで運んできたんだろう。
「そう、だったんだ……」
言いたいことは山ほどあった。でもトリーの顔を見ていたら、胸がいっぱいになってしまってなにも言葉が出なかった。だから僕は想いを込めてトリーを抱きしめ、耳の後ろと翼をゆっくりなでてやる。トリーはくるくる嬉しそうに喉を鳴らし、それから少し身体を引くと、あーんと口を開けてみせた。
「……なに、食べさせろって?」
きゅーるるるーう
「ぷっ、さっすがトリー。抜け目ないな」
「ほ。これが狙いだったか」
「まったく、もう」
肉をつまんでトリーの口にあてがうと、トリーはぱくりと食いついた。そして美味しそうに幾度か噛んで飲み込むと、また肉をねだって口を開ける。それをなんども繰り返しながら、僕はずっと考えていた。
トリーはとっても甘えん坊だ。そして、それ以上に強くて優しい。
でもだからこそ、僕は不安でたまらなかった。
せっかく仲間と会えたのに、トリーはなぜ戻ってきたの?
すぐ帰るつもりだったのに、僕が心配で残ったの?
トリーはきゅうきゅう鼻を鳴らして僕の頬をなめてくれる。
でもね、トリー。
僕のことは気にしないで。
自由に生きていいんだよ。
トリーが幸せになれること、それが僕にとっての一番なんだ。




