20 旅立ち
どこまでも深く青い空のもと、綿のような白い雲が流れてゆく。色とりどりの山の樹々が少しずつ葉を落とし、枝がすっかり見えるころには冬がもう目の前だ。
「ふう……できた」
最後の一本を積み上げて、1歩下がってぐるりと見渡し薪の量を確かめる。納屋の半分近くをいっぱいにしたけれど、もっとたくさんあってもいい。冬に向けて、薪はいくらあっても困らないんだ。
「うーん。やっぱり、もっと割らないと」
ひとりのときは、薪をうんと節約していた。でもトリーが来てから使う量がずいぶん増えた。トリーは暖炉が大好きだから、火を入れれば特等席を陣取るし、朝だって「ボク、寒くて死んじゃうよう」って、あんまり切なそうに鳴くものだから、つい余計な薪をくべてしまう。
「うー、まだ冬はこれからなのに。節約しなきゃ」
そう決めてはいるものの、火に当たるとほっとするのもまた事実。強くねだれば僕が断れないってこと、ちゃんと知ってるトリーはずるい。だけど、あの気持ちよさに逆らえないから、僕もトリーを叱れない。
そんな大きな悩みの種は、屋根の上で今日も元気に歌っている。
ボクはここだよ、ここにいるよ。
高く低く、そして伸びやかに、澄んだ声が響いている。歌声は風に乗り、空いっぱいに満ちてゆく。そうしてひとしきり歌い終わるとトリーは耳をピンと立て、じっとなにかを待っている。待っているのはおじいさん。どうして来ないんだろうって、きっと不思議に思ってる。
「トリー!」
──きゃーう!
両手を広げた腕の中に、羽音を立ててトリーはすとんと納まった。そしてくりくり黒い瞳を動かして、なあにって首を傾げて訊いてくる。僕はトリーを抱いて腰を下ろし、鼻をちょんとくっつけた。
「あのね、しばらくおじいさん、来ないんだよ?」
きゅるるー
「うん、村のね……ほかのおうちに呼ばれたんだって」
くるくるる
「しようがないよ。おじいさんはね、教主さまって言って偉い人なんだ。だから、独り占めはできないんだよ」
少しの間、我慢しようねって耳の後ろをくすぐると、トリーは僕にぴったりとひっついた。そして「こうしていれば寂しくないよ」と言うように、僕を見上げて首を伸ばし、顎をひとなめしてくれた。その優しさが嬉しくて、そんな仕草があまりにも可愛くて、僕はトリーを全身で抱きしめた。
「ありがと。アキが街に行くときは平気なのにね、おかしいね」
昨日今日と会えないだけで、胸がざわつき落ち着かない。おじいさんはもう来ないかも、いや、おじいさんがいたことだって夢かもしれない。そんなことすら考えた。だけど手触りの良い青い翼を撫でていると、だんだん気持ちがほぐれてくる。トリーの重みと心地よいさえずりが、不安を押し流してくれている。
そうだ、おじいさんは父さんと違う。ちゃんと戻るって約束したのに、気に病んでも仕方がない。いつものように動いていれば、時間なんてあっという間に過ぎるんだ。
「──よし! トリー、狩りに行こう。骨でいっぱい出汁をとって、肉をたくさん入れて、おじいさんに美味しいシチューをご馳走しよう」
きゃう、きゅるるるっ
立ち上がると、トリーも嬉しそうに駆け出した。
そう、家にいるから余計なことを考えるんだ。山に行って心配ごとを置いてこよう。
「そうだよ。ついでに確かめればいいんだ……」
山歩きの準備をして戻ってくると、トリーは納屋の上にいた。そこで難しい顔をして、僕にも気づかないほど真剣な目で、じっと北を見つめている。最近よくこうしていて、確か去年も同じように──
(ドラゴンは、離れていても仲間同士で呼び合うんだ)
アキの言葉が蘇る。
同時に胸がぎゅうっと締めつけられて、息をするのが苦しくなった。
トリーは呼ばれているのだろうか。
でも、トリーはマスタードラゴンなんかじゃない。僕が育てた可愛い小さなドラゴンで、おまけにとっても甘えん坊だ。それに暖炉好きの寒がりだから、北に行きたいはずがない。
だから、山できちんと確かめなくちゃ。
そしてがつんと言ってやる。
トリーはそっちに行かないよ、って。
◇ ◇
「ねえ……僕もいっしょに行っていい?」
山のいつもの分かれ道。恐る恐る尋ねると、トリーはじっと僕を見つめて考えて、そして元気に返事をした。
きゃう!
ほっとした。トリーは狩りに集中したいときは「じゃーっ!」てがつんと拒否するんだ。夏と違って身を隠す薮も減り、おまけに僕は上手に気配を消せないから、一緒に行っても邪魔になる。だから普段は呼ばれるまで、離れた場所で待機する、所謂「荷物運び」の役だった。だけど、トリーの狩りを間近で見たい、そんな気持ちがわかるのか、時折トリーは近くにいるのを許してくれる。だから僕はそんなとき、精一杯気配を消して大人しくついて行く。そうして目にするトリーの狩りは、惚れ惚れするほど素晴らしい。今日はもちろん、それを見たいってのもあるけれど、なにより僕は決めたんだ。山に行くとき、トリーのそばから離れないって。そしてなにがトリーを呼んでいるのか、この眼でしっかり確かめるんだ。
ぴんと伸びた尻尾の先を追いかける。トリーは僕のことをわかっているから、足場の悪い場所はちゃんと避けて進んでくれる。ありがとうって感謝しながら道なき道を登ってゆくと、大きなクルミの樹が見えた。
「トリー。どこまで行くの? あの先、僕は無理だよ」
北の大きなクルミの先には行ってはいけない。枝葉が積もって足元が危ないし、下手をすると急な崖が隠れている。その先は沢だから、落ちたらとても登れないって、父さんにきつく言われていた。それに一度、アキとこっそり探検したとき小さな崖から落ちかけて、とても怖い思いをした。
足がすくんで動けない。ここから先は翼のない僕らには、とても無理な場所なんだ。なのにトリーは大丈夫だよ、こっちだよってどんどん先に行ってしまう。
いつもの狩り場はここじゃないのに、トリーはどこに向かってる?
「ひょっとして、僕を……連れて行きたいの?」
きゅるるっ
そうだよ、いっしょに行こう。
身体に登って励ますように僕の頬をひとなめすると、トリーはひらりと飛び降りた。そして少し離れたところで振り返り、じっと僕を待っている。
(……行かなくちゃ)
この場所は、やっぱり怖い。踏み出した先に地面がなかった、あの感覚を思い出すと足が岩のように重くなる。だけど、僕には確信めいた予感があった。だから恐怖を無理矢理押さえ込み、歯を食いしばって前に行く。薮をかき分け棒で落ち葉を突きながら、尻尾の先を追いかける。
きっと、この先にトリーを呼ぶものがいる。
僕が心を決めたのを、トリーはわかってくれたんだ。
大きく張り出た根をまたぎ、太い枝と岩の隙間に身体を通して段差を登る。獣道は少しずつ険しくなって、湿った落ち葉に幾度か足を滑らせかけた。けれど、もう怖くはない。トリーの後をついていけば、危なくないってわかったんだ。
どれだけ歩いたことだろう、やがて息も上がってきた。襟を緩めて風を通し、袖で額をぬぐいながら周りをぐるりと見渡した。とたんに目に飛び込んだのは空の青。赤や黄色の葉を落とし、編み目になった枝の向こうに広がる青。その青と同じ色が、足もとにいる。光と影のまだらの中で、僕をじっと見つめている。
「ありがとね。大丈夫だよ」
笑いかけると、トリーはまた先に行く。尻尾を立てたトリーの影が、さっきよりも少しだけ長くなった。朝というには少し遅く家を出たから、きっと昼を過ぎたんだ。
ここは山のどの辺りだろう。トリーはどこまで行くんだろう。今日中に帰れるだろうか、茹で芋をもうひとつ持ってくるんだった。そろそろ休憩しないかな、そんなことを考えだしたときだった。
きゃう
立ち止まり、トリーが振り返ってひとこえ鳴いた。目の前には少し開けた場所があり、そして大きな岩の隙間に根を張って、斜めに伸びた巨木があった。真っ赤な葉を半分落としたブナの樹だ。その向こうには壁のような赤茶色の岩があり、不思議な縦の縞を描きながら、ずっと下まで続いている。
「凄い……こんなところに、こんな谷があったんだ」
ブナに掴まり下をのぞくと、はるか下方に細い碧の川が見えた。幅は狭いが深そうで、両側は、見渡すかぎりの赤い岩。川と岩との色の対比が美しく、さらに岩からところどころ細い樹が張り出して、葉が落ちる前はさぞ見事だったことだろう。
僕はしばらく食い入るように魅入っていたけど、ひゅうと下から風が吹いて、背中がぞくっと寒くなった。そろりそろりと後ずさり、一段下がった岩に腰を下ろしてほっと安堵の息をはく。
「はあ……」
きゅー、きゃ
「綺麗なところだね。これを見せたかったの?」
心配そうなトリーを抱いて、大丈夫だよと翼をそっと撫でてやる。トリーは自由に飛べるから、ここに来るのだってあっという間だ。だからここを見つけて良い所だよって連れてきてくれたんだ。いまの景色も空から見たら、きっともっと綺麗だろうに、トリーは僕といっしょにいてくれた。
「ありがとう。来て良かったよ」
きゃー
「うん。一休み、しようか」
トリーが口の周りをぺろりと舐めて、それで喉が渇いているのに気がついた。岩の上に荷を降ろして水筒を出し、口をすすいで一口飲んで、手に水を受け差し出すと、てちてちてち、とトリーも嬉しそうに水を飲む。ほっとしたら急にお腹が空いてきて、食事にしようと芋と肉を袋の中から取り出そうとしたときだ。
きゃーう
頭上から声がした。
見上げると、ブナの太い枝の向こうから、トリーがひょっこり顔を出す。
いや、違う。
だってトリーはここで、肉が待ちきれないって僕の背中に乗っている。
「え、え……?」
きらきら光る青いウロコ、くりくりとした黒い瞳、ふんわりと広がった飾り羽、背中の翼も長い尻尾も、まるでトリーに瓜二つ。それが、こちらをじっとうかがいながら、するすると樹を降りてきた。
きゃう
──きゃう
トリーがひらりと飛び降りて、もうひとりのトリーと鼻をちょんとくっつけた。そしてそのまま足を進めて輪になって、互いの尻の臭いを嗅いでいる。
ふんふんふん
念入りに相手のことを確認すると、トリーたちは喉を鳴らして頬を幾度かすりよせた。そしてお喋りするように、きゅるきゅるくうくう、さえずりながら羽繕いをし合っている。
僕はぴくりとも動けなかった。
トリーに仲間がいた。
トリーは、ひとりぼっちじゃなかったんだ。
それに相手の身体はトリーよりひと回り大きくて、大人びた顔をしてる。
つまり、この子は子供じゃないってことで、大きくなっても姿形が変わらないならトリーはマスタードラゴンじゃないってことで……
「──うひゃあっ!」
ぎゃっ、ぎゃぎゃっ!
じわじわと喜びに浸っていたら、突然お尻の穴をつつかれた。びっくりして飛び上がったら、足の間をなにかが走り抜けてブナの樹に登っていった。
じゃー!!
こっちにもトリーがいた。
いや、全体的に碧がかって飾り羽が小さくて、ちょっと地味な感じがする。それが頭を下げて翼を広げ、ブナの幹から一生懸命僕のことを威嚇してる。でも、鼻の頭にしわがないから本気で怒っているわけじゃない。僕が大声出したから、きっと驚いてしまったんだ。
きゃー、きゅるきゅる、くるるるーう
ぎゃう、うるるーう
きゃう、きゅるるる
大きなトリーが碧のトリーに駆け寄って、なだめるように顔中をなめだした。大丈夫だよって身体を寄せて翼を広げて碧のトリーを包み込み、それがまるで抱きしめているようだ。それで碧のトリーも落ち着いたのか、大きなトリーに頬をすり寄せ甘えている。互いに寄り添い口元をなめあって、仲睦まじいって言葉がぴったりだ。
きっとこの子たちは「つがい」なんだ。ひょっとしたら、トリーの両親、そうじゃなくても兄弟かも。いや、こんなに近くで暮らしてたんだ、きっとそうに違いない。
この閃きに、僕はすっかり舞い上がった。だってトリーは家族と仲間を一度に手に入れたんだ。こんなに嬉しいことはない。おめでとうって言いたくて、ぎゅっと抱きしめてやりたくて、それで両手を伸ばしたら、トリーは前足を僕の膝にちょんと置き、至極冷静に指摘した。
きゃう
「……あっ。ご、ごめん」
「ちがうでしょ」と叱られて、少しだけ頭が冷えた。トリーにいつも言っているのに、自分が挨拶できないなんて恥ずかしい。教えてくれてありがとうってトリーの頭をなでてから、僕は中腰になって大きなトリーと碧のトリーに向き合った。
「あの、大声だして、ごめんなさい。驚かせるつもりはなかったんだ」
ゆっくりと、気持ちを込めて語りかける。もちろん言葉はわからないけど、気持ちはちゃんと伝わっているはずだ。それにこの子たちはトリーの親戚だろうから、絶対に嫌われたくなかったんだ。
「はじめまして。僕はミカで、こっちはトリー。どうぞ、よろしく……」
きゅるるっ
大きなトリーがブナの幹から翼を広げて飛びおりて、ひらりと目の前に着地した。そして僕をじっと見つめてとことこと近づくと、小首をかしげて瞬いた。はっとして片膝をつき手のひらを差し出すと、大きなトリーは指に鼻の先をちょんとつけ、ぺろりとなめて僕に挨拶してくれた。
「! ありがとう」
きゃ
そのまま大きなトリーは僕の股の間に潜り込み、念入りに尻の臭いを嗅ぎだした。むずむずしてくすぐったくて、なんどか腰を浮かしそうになったけど、ここで動けばさっきの二の舞になってしまう。手の甲で口を押さえ、僕は笑いだすのを一生懸命我慢した。そうするあいだ、トリーは碧のトリーに挨拶をして、あっという間に仲良くなった。やっぱり仲間なんだって微笑ましく見ていると、大きなトリーが「ふんっ」と鼻を鳴らして碧のトリーに駆け寄った。
ぎゃぎゃっ、ぎゃ!
ぎゃう、ぐぎゃぎゃっ
ぎゃるるる、きゃう
じゃれるにしては激しいなって思ったら、トリーが追い払われて逃げてきた。きっと、大きなトリーが焼きもちやいてしまったんだ。
どうして怒ってるの、ボクなにもしてないよって、トリーが僕の背中にしがみついて尻尾をうねらせぎゅうぎゅう文句を言っている。でも、僕は大きなトリーの気持ちもわかるから、興奮しているトリーをなだめ、大きなトリーと碧のトリーに謝った。
「ごめんね。トリーは今日、はじめて仲間に会ったんだ。だから嬉しくて、加減できなかったんだよ」
きゅるる、きゅる
「もうしつこくしないから。ね、許してくれる?」
トリーを真似して頭を下げて、首をかたむけ彼らを下からのぞき込む。すると大きなトリーが碧のトリーをぺろりとなめて、その場でころりと横になった。碧のトリーは大きなトリーの口をなめ、黒い瞳で僕をじっと見つめながら、少しずつ近づいてくる。
「挨拶がまだだったね。僕は、ミカ。よろしくね」
囁くと、碧のトリーが首を伸ばして僕の鼻をぺろりとなめた。そしてひょいと飛んで後ろに回り、尻の臭いを嗅ぎだした。
背中にトリーを乗せて尻を高く突き出して。なんとも変な格好だけど、僕はぴくとも動けなかった。だって「よろしくね」って、不思議な気持ちが確かにいま、碧のトリーから伝わってきた。すれ違いざま黒い瞳をわずかに細め、碧のトリーは確かにそう言ったんだ。
◇ ◇
それから僕らは食事をした。持って来た肉はトリーのぶんだけだったから、3つに分けるとかなり少なくなってしまった。それでもトリーたちは外側だけ焼いた肉をとても気に入ってくれたようで、あっというまに平らげた。
きゃう、きゃう!
きゅるるっ、きゃう!
きゃう!
「ごめんね、もうないんだ」
きゃう、ゴハン
「トリーはいつでも食べられるだろ? あとで」
きゃー、きゅるっ
きゃう、きゃう
トリーはよくても他が納得していなかった。そこで僕は肉を包んだオドの葉を広げてみせて、それから両手も広げて一番うるさい大きなトリーに突き出した。
「ほら、ね? 肉はもうないんだ。今度、もっとたくさん持ってくるからね」
きゃううーう、るるるーう
どうしてないのと大きなトリーが切なく鳴いた。そしてどこかに欠片でも残ってないかとオドの葉をなめだした。それが終わると僕の指の間を念入りになめ、鼻で手のひらをひっくり返してまたなめる。
そんなに気に入ってくれたんだ、もっとたくさん持ってくればよかったな、とされるがままになっていると、突然腰がぐいと後ろにひっぱられた。
「わっ! なに!?」
碧のトリーが、腰にくくりつけた小袋を奪っていった。そしてそのままするするブナの木に登っていくと、両前足と口を使って器用に中のクルミを取り出した。
めりっ、ぱき!
碧のトリーはあっというまに殻を割り、うっとりしながら中身をなめる。大きなトリーもいつの間にかそばにいて、いっしょになってクルミの中身をなめだした。そこにトリーが駆けつけ鼻をぐいと突っ込むと、文句もいわずに彼らは場所をあけてくれる。
クルミの中には、山で怪我したときのために「ばあちゃんの傷薬」を入れていた。すぐ使えるよう、けれど落とさないよう袋に入れて、紐でしっかり閉じてあるけど鋭い牙には敵わない。僕は、トリーたちにまんまとしてやられたんだ。
「……ぷっ、あははっ!」
おかしかった。
大きなトリーが僕の注意を引きつけて、碧のトリーが盗み出す。なんて見事な手際だろう。ふたりの連携も凄いけど、トリーも受け入れられているってことは、なにか助言をしたんだろう。トリーは皆と協力して、大好きな「傷薬」を手に入れたんだ。
悪いことをしたら叱らなくちゃ。だけど、トリーが皆と打ち解けた、そっちのほうが嬉しくて、とてもそんな気になれなかった。
きゅー……、きゃ
……ゴメチャイ
「もういいよ。楽しかった?」
きゅんきゅんきゅーう
それにほら、ちゃんとトリーは反省してる。大きなトリーたちだって、ばつの悪そうな顔をして、心配そうに見守っている。だから僕は、怒ってないよって、トリーを抱っこしてあげた。
「でも、今日だけだよ。次はちゃんと『ちょうだい』するんだよ?」
きゅるるーう
きゅうきゅうきゅう
トリーは恐る恐る、僕に鼻をくっつけた。それに答えて耳の後ろをくすぐると、トリーはやっと安心したようだ。くるくるくーと喉を鳴らして頬を寄せて甘えだし、すると大きなトリーたちもさえずりながら互いの顔をなめだした。
きゃう、きゃるりっ
やがて大きなトリーがブナの枝の先に立ち、振り返ってひとこえ鳴いた。そして僕らの視線が集まると、身体を沈めて谷に向かって飛び降りた。
きゃーう!
声がすぐに降ってきた。トリーを降ろしておっかなびっくりブナの樹から崖の上を見上げると、大きなトリーがくるりくるりと旋回している。きゃーう、とまた声がして、すると碧のトリーも大きなトリーを追うように、ブナの枝から飛び降りた。
……きゃーう!
翼を広げて風を受け、碧の身体が宙に浮く。ゆっくり円を描きながら上昇し、やがて大きなトリーと同じ高さに達したようだ。
「綺麗……」
つがいの小さなドラゴンが、鳴き交わしながら青い空を舞っている。近づいては離れ、そしてそれを繰り返し、まるで紋様を描くように飛んでいる。
きゃう
トリーが僕の頬をなめ、身体をすりりとすり寄せた。そしてブナの枝の先に歩いて行くと、ためらいもなく飛び出した。
きゃーう!
トリーの身体が浮いてゆく。
空にいたドラゴンたちは喜びの声をあげ、すこしのあいだ、じゃれ合うように飛んでいた。そしてやがて3つの影は、連れ立って飛んで行く。
葉を落とした枝の向こう、青い青い空のなかに、トリーの姿は溶けて見えなくなっていた。




