第7話 エクストリームアイロニング部
「松村くん、部活なに入るか決めた?」
「っ、ぁーとね、なんかもう部活入らなくていいかなって」
「えー、もったいないよー」
正直、何がもったいないのか分からない。そもそもなぜ村雨が声をかけてきたのか分からない。なにか用があるわけでも無さそうだし、急に声をかけられると純粋に怖い。
新しい席になり、村雨と僕の席は離れた。今までは隣の席だったため授業内ワークなどで話すことはあったが、これと言って話すことはなかったはずだ。よく喋るなとは思ったが、上澄み女子なんてそんなもんだと思っていた。
友達ができないというタイプでもないだろうし、ますます訳が分からない。
「そういう村雨さんはなんか入るの?」
一旦、頭の中の疑問を端にやり、村雨とのやり取りを行う。ここで僕は、コミュ障会話戦術その2「おうむ返し」を発揮した。コミュ障会話戦術とは、自らが会話の受け手である事を前提とした、コミュ障のための会話技術である。戦術その2にあたる「おうむ返し」は問われた質問を答えた上で、同じ質問を返すという技だ。
……「それが技?」と思われる人もいるだろう。しかし確固たる自信を持って言う。
技だ。これは技術である。
コミュ障がコミュ障たる所以は多々あるだろう。人と接するのが怖い・苦手、会話の続け方が分からない、気まずいなどなど、挙げればキリがない。
しかしどうしたって会話を振られる時は振られる。学生が経験し得るオフィシャルな場なら、問われた事に答えれば最低限のノルマは達成できる。しかし日常会話においてそれでは及第点すら貰えない。
オフィシャルな空間では意見を出すことが求められ、会話の進行は先生や学級委員など特定の人物が行う。一方の日常会話では会話の主導権が行き来するのだ。つまり質問に答えるだけではバトンを受け取っただけで繋げていないという事になる。
真のコミュ強とは、誰かが渡し損ねた会話のバトンをさりげなく拾い繋げる存在だと考えているが、それを周囲に求めるのは間違っている。そういう人間がいるのはコミュ障としては助かるが、基本的にバトンを渡せなかったほうが悪いのだから。
その点、コミュ障会話戦術では日常会話でバトンをできる限り落とさないよう、また落としても誰かが拾いやすくなるような会話方法を技術として確立している。感覚的に行い失敗するなら、明らかな技術とするのが手っ取り早い。
「私はねー、エクストリームアイロニング部っていうのに入ったよ」
「……はぁ?」
コミュ障会話戦術は曖昧な会話の雰囲気を技術として確立したものである。日常会話の何気ないやりとりを成立させる事を目的としたそれは、「エクストリームアイロニング部」という謎の言葉によって木っ端微塵に破壊された。
「そうだ! 良かったらついて来てよ」
「はァ?」
……全く意味がわからない。
。……。。……。。……。
「どうしてこうなった……」
なすがままに連れてこられたのはエクストリームアイロニング部の部室である。部室には大きな台や発電機、ガスコンロやバーナーの他、命綱やスキューバーダイビングの装備なども置いてある。しかし雑多な様子は感じず、全体的に整理されているように思う。
「おー、お客さんか! 歓迎するよ。ささ、大したものは出せないけど座ってよ」
部室にいた先輩(?)が部室の壁に立てかけてあるアイロン台を素早く組み立て、そこに座るように僕に促す。
「どうしたの? あー、壊れないか心配してる? 大丈夫だよ、うちのは特別製だから」
「えっと、そう言う事じゃなくて――」
「あー、確かにそれは盲点だった。椅子にしては高すぎるかもしれないね」
「……そうい――」
「でもそれじゃあまだまだアイロニストまでの道のりは遠そうだね」
「……」
もう突っ込むまい。そう決意する僕であった。
「色乃先輩、まだエクストリームアイロニングの説明してないですよ」
村雨が僕を助けるような素振りを見せるが、これは優しさではない。これは色乃先輩(?)へのパスである。
「あぁ、それは申し訳ない事をしたね。エクストリームアイロニングというのは――」
「ちょーーっと待て、意味がわからなすぎて混乱してるだろ」
先輩の口がまた達者に働き始める手前で、もう一人の先輩らしき人物が静止を掛けてくれる。理解不能なクリーチャーたちに囲まれた中、唯一手を差し伸べてくれる彼が天使に見えた。
が、よく見てみると天使ではなく人である。翼や天使の輪っかが見えたのは幻のようだった。さらによくよく見てみると、どこかで見たことがある。たしかサッカー部で部活動体験を仕切っていた――
「吉田です。サッカー部の時の子だよね、あの時はごめん。人手足りてなくて注意できなかった。お互い大変だと思うけど頑張ろう」
「あ、松村です。よろしくお願いします」
吉田さんは顔に疲労の色を浮かべながらも、優しい表情を見せる。アルカイックスマイルとはこれのことを言うのだろう。
「私ははじめましてかな? 黒須色乃だよ。楽しいことが大好きでこの部活を作ったんだ。まだ2年目の新しい部活ではあるけど気に入ってくれたら嬉しいな」
黒須さんは破壊力の高い笑顔を浮かべている。ボーイッシュな雰囲気を感じさせるショートヘアに、カッコいい系美人の風貌から放たれる笑みは見る人が見れば軽く死ねるだろう。たぶん女子にもモテる。
だが、そのサマになりすぎる笑顔に僕は騙されない。ついつい楽しくなっちゃって、みたいな雰囲気を出しているが、一流の笑顔鑑定士の目は欺けない。あれは狙ってやってる顔だ。
「君、松村くんだっけ? 良いね」
先ほどの整った笑顔から、さらに深く笑う。その目は全てを見通しそうなほど黒く、僕は思わず目を逸らした。この人は、危ない人間の気配をまとっている。
「良いおもちゃが見つかって良かったな。それじゃあ俺は帰っていいか?」
「ダメだよ。おもちゃはあるだけ良いんだから」
「「……」」
沈黙の後に吉田先輩と目があった。彼はアルカイックスマイルを浮かべている。吉田先輩の『お互い大変だと思うけど頑張ろう』の真意がわかった気がした。僕はとんでもない人に目をつけられたのかもしれない。
「先輩、部活の説明してないですよ」
「あぁ、そうだったね。エクストリームアイロニング部はその名の通り、エクストリームスポーツの一種で極限状態の中で行うスポーツだ。例えば山の上、砂漠の真ん中、海の底などなどなど。そんな環境の中でいかに涼しい顔をしてアイロンを掛けられるかを競う競技がエクストリームアイロニングで、それをするのがうちの部活だよ」
「はぁ」
「ただ普段は学校があるから走り込みとかの身体作りと、道具の使い方の勉強をしたり、後は学校内のエクストリームなところでアイロンを掛けたりするかな」
「はぁ」
「まぁ詳しいことは追々分かってくれれば良いよ。今は3割くらい分かればオッ――」
「オッケーです。用事があるので帰りますね。失礼します」
身の危険を感じた僕は黒須さんの言葉に食い気味で答え、荷物をまとめる。用事などないが、ここから逃げないといけない、そう感じた。
「……『呪われし邪眼がお前を見ているぞ』」
僕は彼女の言葉に目を見開く。それは中学生のころに自由帳に描いた究極の黒歴史であった。とっくの昔に焼却処分したはずのそれを、初対面のはずの人間が知っていることに恐怖を覚えた。
「どこでそれを――」
「それじゃあ、またね」
またね、という音に言外の重さが乗る。
「……はい、失礼します」
こうして僕は黒須さんのおもちゃになることが確定した。




