第30話 松村とマツコ
「うし、掃除終わり!」
「いやー助かった。ありがとう」
日直の仕事である教室の掃除をマツコに手伝ってもらった。同じく日直の真野さんには「ゴミ捨てとくから先帰って良いよ」と言っているため、今は教室にマツコと僕の二人だけだ。
「いやいや、俺もお前に話したいことあったから良いのよ」
「話したいこと?」
「そうそう。ずっと教室残ってるのもあれだし、サイゼでも行かない?」
「えー、めんどくない?」
サイゼに行くのは良いのだが、親に連絡を入れてうだうだ言われるのが面倒なのだ。
「えー、そう言わずさ、奢るから」
「それならまぁ良いけど」
僕は親に一本連絡を入れてから、駅近くの激安ファミレスに向かった。
「俺ミートドリアとドリンクバー。松村は?」
「どんだけいるつもりなんだよ」
「ぼちぼち長く。いっぱい話したいやん? せっかくのデートなんだから。あ、お前もドリンクバーつけて良いよ」
「ならお言葉に甘えて。カルボナーラとドリンクバーで」
「ちゃんと食べるのおもろい」
「奢りだからね」
頼んだ料理が到着して、互いにうだうだ言いながら食事を済ませた。
「お前村雨さんに告白されたんだって?」
その声色は普段のそれとは違った。いつもなら揶揄ってくるだろう事だが、それは事実確認のようなものだった。
僕は少し返答に迷った。誤魔化すか、正直に言うか。
「そうだよ。誰から聞いたん?」
僕は開き直ることにした。秘密は隠されているから秘密なのであって、割り切って話してしまえば大したことはない。
「野村さんから聞いた」
なるほど、と一人得心する。あの人なら言うだろうなという確信に近いものがあった。どういう心のメカニズムで動いているのかは知らないが、行動の表層は互いに似ている。
ただ、マツコと野村さんの仲が良いとは思わなかった。ただ、夏に遊びに行った6人を男女ペアで割るならこの二人というのも納得した。
「なんで振ったんだ?」
「僕みたいなのが村雨さんと付き合うよりも、もっと良い人がいるでしょ」
「でも村雨さんはお前のことが好きだって言ったんだろ?」
「……そうだね」
「良い人がいるっていうけど、村雨さんはお前が良いと思ったから言ったんだよ。なんで振ったのかちゃんと知りたい」
自分で言ってることのおかしさに、自分でも気づいている。嘘こそついていないが、本当のことも言っていない。
ふざけているようで、妙に冷静で論理的なマツコの言葉が刺さる。
「知りたいっていうけど、お前のそのモチベはなんなの? ただの冷やかしなら答えたくないよ? これでも僕は繊細な人間でさ、案外傷ついてるの」
前半の強い語気を隠すように、茶化すようにして自分を卑下する。論理的に詰められるならジリ貧だが、こと心の弱い部分に関してはマツコよりも僕の方が上だろう。弱さゆえに吠えているチワワを殴ろうとする人は中々いないのだ。
「……前に告白されたら嬉しいって言ってただろ」
「言ったね。たしかに告白してくれた村雨には不誠実だったと思う。そこについては僕が悪い。でもそれが僕という人間だろ。矛盾ばっかで人の好意にすら応えられない甲斐性のない人間。腹の底でぐちぐち考えてる卑屈でどうしようもないやつだよ」
「……」
「お前のことは良い奴だと思ってるよ。これでもお前とは仲良くしたいと思ってる」
言外に、これ以上踏み込むなという圧を掛ける。
我ながら変な話だと思う。責められているはずの僕が強気に自分を卑下している。
「俺もお前とは仲良くしたいとは思ってるよ。でも俺はお前のそういうところが嫌いだ」
「村雨のことは謝ってるだろ?」
「そういうことじゃない。そうやって自分だけが悪くて可哀想な人みたいなスタンスでいるのやめろよ。不愉快だから」
「……仕方ないだろ。俺はこういうやつなんだから。知ってるだろ?」
「知ってる。お前がお前の何が嫌いなのか知らないけど、お前は外から見たらカスではないし、いろんなことに気を配ってるのもわかるよ」
「……」
静寂があった。マツコは髪をかきあげる。
「あぁ、俺も何言いたいのか分かんなくなってきた。お前は真面目で馬鹿みたいに誠実だ。周囲にはそう見えてるってことを認識してほしい」
「周囲なんて分からないだろうが」
「そうだな。周囲っていうのは曖昧な言葉だ。俺は、お前を根っからの真面目ちゃんだと思ってるってだけだ。そんなお前を俺は友達として好きだし」
「だけど俺はカスだよ」
「知らん」
マツコはあっけらかんに言った。
「お前の腹の底で考えていることなんて知らん。お前が俺の心を読めないように、俺だって分からん。人に見せない暗い部分をカスだっていうなら、人ってのはそんなもんだろ」
言葉に詰まった僕は気泡の抜けたジュースに口をつける。妙な甘さが喉を伝っていくのが分かった。
「……帰ろう」
僕がそう言うと、マツコは何も言わずスマホで時間を確認した。そして僕の方に向き直り
「奢るって話だったよな」と言った。
駅までの会話は無かったが、気まずいという感覚は無かった。駅まで歩いている間、ずっと考えていた。電車に揺られている間、言葉はグルグルグルグルと反復していた。




