第2話 自己紹介 side 村雨 +α
面倒なことになった。どうしてこんなことになったのだろう……。
もともと嫌な予感はしていた。私は中学時代にちょっとしたイジメにあったことがある。授業での配布物を渡してもらえなかったり、私の私物をわざと落とし物として持っていったり、時にはSNSで悪口を言われたりしたようだ。
したようだ、というのは、自分で悪口を見たわけではなく友だちに教えてもらったから知ったということだ。
イジメの原因は、自分ではっきりと言うのは憚られるが、それでも言うなら私が美人だからと言うことになる。中学時代にそんな風になったから、家から少し距離のある紀陵高校に進学した。
きっかけは好きだった男の子が私に告白したのを見たから、というものだった気がする。いじめのきっかけなんてあくまでもきっかけで、友達が少なかった私はみんなからの攻撃の対象になった。彼氏に色目使っているなんて、そんなこと一度もしたことがないのに何度も言われた。
はじめのうちは気にしていなかったが、中学生の小さなコミュニティでは私の居場所は無くなっていった。私と仲良くする人はそれだけで攻撃された。はじめはかばってくれた友達も次第に距離を置くようになったとき、どうしようもなく苦しくなった。
私はもともと近くの高校へ進学しようとしていたが、環境を変えたいという意味も込めて、もともとの志望校よりもレベルの高い紀陵高校に挑戦することにしたのだ。
自己紹介の後、案の定、私の周囲に人が集まってきた。みんな男子も女子も私のことはお構いなしに好きなことだけ話してくる。男子の中には、すでにぎらついた目をしている人もいた。
初対面の人にどうしてこれほどの好意を向けることができるのか分からないが、こうなる事は半分わかっていたので諦めの気持ちで接していた。
みんなは私のことを色々な呼び方で呼んでいたのだけれど、ふとこんな声が聞こえた、気がする。
「村雨瑞葉」
今までの呼び方にあった好意だとか遠慮だとか、その声にそういったものは何ひとつ感じなかった。その代わりに、その言葉には少し憐れみと倦怠感を感じた。
声がした方を見てみると、深く腰をかけた男子生徒が机に肘をつき、横目でこちらを見ていた。彼はその後も、ぼんやりとしながら教室の様子を眺めていた。私の周囲と同じく、ざわざわとした教室を見て彼は何を思ったのだろうか。
新学期だというのに無気力な彼を見て、自分も彼のように周囲を見渡してみる。少し古びた校舎は白い壁と言っても真っ白ではなく、黄色くくすんでいる。ところどころテープを貼ったような黒い跡が残っていた。きれいな黒板に書かれた『1-3』という字とその下に磁石で張り付けてある名簿と席順は朝に確認したばかりだ。黒板の前に座る先生は小柄で、机に肘をついてボーっとしている。同じくボーっとしている隣の席の子―—松村くんというらしい――は先生と目があったりしないのかななどと思った。
その後、無気力なように見えた彼は、前の席の男子と楽しそうに笑い合っている。
それを見て、利害のない友情を羨ましく思った。
。……。。……。。……。
「ねー、瑞葉! 良かったらカラオケ行かない?」
帰りのホームルームが終わり、帰ろうと思ったところで、教室の廊下側の方から“姫くん”の話をしていた女子、仮称“姫くん女子”がやって来た。
もちろん目当ては隣の村雨であり、僕には関係ない。とっとと帰ろうと荷物をまとめていると、姫くん女子の声を聞いた押原がミサイルみたいに突っ込んできた。
席離れてんのによく聞こえたな、とか、スイミーのマグロじゃないんだから、などとくだらない事を想像して少しにやける。マグロに扮したイマジナリー押原に思った以上に似合っていたのだ。
「村雨さんたちカラオケ行くの? 良かったら俺も行きたいな」
“瑞葉さん”の距離の詰め方は間違ったと判断したのか、押原は呼び方を変えたようだ。
「良いねー! 押原くんたちも来なよ! 3組よろしく会って感じで色んな人誘お!」
「ありがとう、柏部さん」
「やめてよー、柏部って可愛くないから。かっしーって呼んで」
姫くん女子は柏部と言うらしい。押原にはあぁ言っているが、勘違いしてはいけない。僕が彼女のことをいきなりかっしーと呼べば「は?」みたいな顔をされるのは間違いないのだから。
「友だちも誘って良い?」
「ぜひぜひ! 瑞葉も良いよね?」
「うん、大丈夫だよ」
僕は知っている。あの顔は大丈夫ではない時の顔だと。この手の話は、隣の中学で色恋沙汰で修羅場ってた時のことを小学校の友人繋がりで聞いていた。大人しめの可愛い子に迫って困惑させたというのは、このような事だろう。
頭悪いだろ、と中学生ながらに思っていたが、まさか隣で見ることになろうとは。
「だいちー、お前らも村雨さんたちとカラオケいかん?」
「良かったら野村さんたちもどう?」
押原と柏部がとりあえず人数を集めていき、段々と大所帯となっていく。僕なら真っ平ごめんだね、と思いながら、帰り支度の終えたカバンを背負った時、その声は聞こえた。
「松村くんもどうかな?」
「……え?」
振り向くと、村雨が怖いくらいに整った笑みを浮かべていた。
「……」
突然の提案に、彼らの時が止まる。
コイツやりやがった。
そう思い、想像しただけで恐ろしい空間に放り込まれるなどごめんだと断ろうと言葉を発しようとするが、コミュ障には会話の瞬発力がない。
もたついている間に柏部がフォローの言葉を投げかける。
「良いねー! 松村くんたちも来なよ!」
「うん。松村くん“たち”もって言ってるんだし、マツ――松田も来るよね?」
この流れからの行かないという選択は顰蹙を買うだけだ。僕は覚悟を決めてマツコの足を引っ張る事にした。
「仕方ないな。松村が言うなら」
「――良いね」
そう言う押原の表情が少しだけ強張ったのを、僕は見逃さなかった。




