第19話 川遊び
「なぁ、松村ぁ。川行こうぜぇ」
「いいよ。おなかも落ち着いて来たし」
「女子たちはどうする?」
食後しばらくして、佐々木が川に行こうと急かしてくる。スマホで時間を確認すると二時を回っていた。思いのほかゆっくり過ごしていたらしい。僕が佐々木の提案に乗っかると、マツコが視線を野村さんたちに向ける。
「……どうしよっか?」
「あ、私ふれあいコーナーみたいなの行きたいかも」
「そういえばあったね! 瑞葉も動物好きなんだね」
「ふわふわで可愛くない?」
「わかる!」
「……私も動物見に行きたい」
「じゃあ私たちは動物見に行くことにしようかな。なんかあったら連絡するね」
村雨がそういって話をまとめた。
「おっけー!」
「あ、スマホ川にポチャったら死ぬくない?」
「それはそうだわ」
「じゃあなんかあったら呼びに来て」
「うん。そうするね」
佐々木が元気よく返事をするが、マツコが冷静に返す。
そうして男子組は川へ、女子組はふれあいコーナーに行くことになりました。
桃太郎かよ。……自分でも何を言ってるのかわからないが、楽しんでいるということだけはわかっている。
。……。。……。。……。
「おーすげー! 川めっちゃきれい!」
僕たちが川に着いて最初に目につくのは、太陽光を反射し、キラキラと輝く水面だ。水は透き通り、川底がはっきりと見える。奥の方は深くなっていて、遠目からでも魚が数匹見えるほどだ。
「うらーーー!!!」
川を目前にして、佐々木が雄たけびを上げながら川に突撃していく。そして派手に水しぶきを上げながら水面に倒れこんだ。
「やばすぎる」
「え、佐々木靴終わったやん」
「気持ちいいよーー!! お前らも来いよーー」
まぁ、裸足で入るのは石で足の裏を切ったりするし、ありなのか? などという思考が働く。
「うらーーー!!!」
思考の結果、佐々木の行動が最適解と演算される。僕も同じように靴を履いたまま川に向かって走り出した。勢いに乗ったまま川に突っ込むが、水に押し返されてその勢いは水しぶきとなった。
じりじりと照り付ける太陽とは対照的に、流れる川の水は冷たい。一瞬にして浸水した靴も、小学生の雨の日を思い出させた。
叱られるとわかっていながら無邪気に水たまりに足を突っ込んでいたあの頃は、今考えれば恐ろしいことだと思う。あの頃よりももっと悪いことをしていると思うと、背徳感と高揚で自然と笑みがこぼれた。
海を割ったモーセはきっとこの気持ちよさを知らないだろう、なんて舞った水しぶきを見て思う。
「お前も躊躇ないんか?」
「考えたら負けだろ。マツコも来いよ」
「えぇー」
マツコは川辺まで近づいてきて、棒立ちでこっちを見ている。飽きれた風の口調だが、口角はわずかに上がっていて面白がっているようにも見える。
「隙ありィ!」
「ちょ、まっ! えぐいって!」
自分は関係ないですけどね、とすかすマツコに、佐々木が水をぶっかける。水をかけるだけならまだしも、手で作った水鉄砲で正確にマツコの顔面を狙撃していた。瞬間的な判断としてはあっぱれである。
「俺も入るからちょっと待てって」
マツコは靴下とシャツを脱いで、短パンと靴だけになって入って来る。
「あー気持ちいいかも」
「僕も上は脱ぐか」
マツコの冷静さに見習い、上着を脱いで水を絞り、川辺に広げておく。夏だからその辺にほおっておくだけでも乾いてくれるだろう。
「タッチぃ! 松村鬼ー!」
再び川に入ってすぐに佐々木に肩を叩かれる。佐々木は両手で水をかき分けながらすぐさま逃げ出す。
「おっけーそういうことな? 鬼ごっこガチ勢なめんなよ?」
「松村いけんの?」
「あ? マツコ煽ってんな?」
「あ、ミスったか?」
小学生の頃は鬼ごっこを全力で遊んでいた僕にかかればこの程度、なんてことはない。ゲームもアニメもなかったが、外遊びは心得ているのだ。
遊びのスイッチが入って途端に口が悪くなるが、それを気にする人なんてこの場にいない。僕は初めにマツコを狙う。水の中ということもあって、鬼ごっことしては思いのほかテンポが悪いが、きちんと捕まえられた。
「泳ぐのは無しだろ!」
「服脱いでない方が悪い」
唯一、シャツを脱いでいない佐々木は、泳ぐには浮力が足りず水を掻いて進むしかない。そんな佐々木をあざ笑うようにマツコは平泳ぎで佐々木を捕まえた。
「くっそ! 俺も本気出す」
ついに佐々木もシャツを脱ぎ捨て、本気モードとなる。
全力で鬼ごっこをしてしばらくして。
「「疲れた」」
水の中というのは、何をするにしても水の抵抗がある。普段は意識しないようなところも使うため、体力の消耗が激しかった。
運動部の佐々木はまだいけそうだが、僕とマツコはすでに疲労困憊だ。立っているのも疲れたため、水の上でぷかぷかと浮かびながら空を眺めている。
空は真っ青で、立体的な雲は白よりも白い。時折水が目に入って太陽光が乱反射し、景色のすべてが白飛びするのも面白い。
口数が少なくなり、川のせせらぎやセミの鳴き声がはっきりと聞こえてくる。その自然音に身を置いてぷかぷかと空を見ていると穏やかな気持ちになる。二人も同じように感じているのかな、と少しだけ感傷的になっていた。
「喉乾いた」
マツコがポツリとそう言った。
「それな」
それに僕はテキトーに返した。
「水買いに行かん?」
「あり、だけど、ジャン負けパシりとかどう?」
「それならなんかの罰ゲームにしようぜ!」
「うーん……水切りとかは?」
「あり」
「それで行くか」
マツコが言い出し、僕が乗っかる形で話が進んでいく。ぷかぷか浮かんでいたマツコはゆっくり歩きながら川辺に上陸する。その様子はどこかの落ち武者みたいでもある。
各々が手ごろな石を見繕い、スタンバイが終わる。
「絶対勝つ」
「いやー負けたくねー」
「ごめん。俺が勝ちます」
マツコの絶対に動きたくないという強い意志を感じる。そして佐々木はさらっと言いながら石を放り投げる。力まず投げられたその石は、まるで魔法のように跳ねていく。5回ほど跳ねて反対の川岸にあたって沈んだ。
「うっま」
「まぁ、実力ってやつ?」
「うっざ」
「コツとかあんの?」
かくいう僕も絶対に負けたくない。しれっと佐々木にコツを聞き出すことにする。
「こう、腰を落として、手首でヒュッって感じよ」
「意味わからんな」
マツコがそう突っ込むが、僕にはなんとなくわかった。
「こんな感じか?」
マツコは首をかしげながらも、見よう見まねで石を放り投げる。石はポンポンポンと三回跳ねて川に沈んだ。
「お、うまいやん」
「まぁね」
「マツコもうまいなー。だが、僕にだって負けられない理由があるんだ」
「理由って?」
「めんどい!」
「草。みんなそうだろ」
マツコが運動できるのはわかっていた。いわゆるセンスマンで、たいていのスポーツはそつなくこなせるタイプである。それはきっとサッカーで鍛えられたものなのだろう。
僕にできるのは分析だ。運動自体は好きだが、決してセンスはない。だが、考える力においてはそう簡単に負けるつもりはない。
佐々木の言葉を、より詳しく言うなら次の通りだろう。重心を下げること。石を水平に投げること。そして手首のスナップだ。
僕は石を持ち、腕を後ろに引く。反対の手を前に出して軽くひざを曲げる。胸をやや開いて手首の内側から入って、なるべく脱力したまま石を放り投げる。
「よっっしゃーー!!」
「おつ」
「……」
佐々木は敗者の肩を叩き、無駄にいい笑顔を浮かべる。肩を叩かれた敗者は何も言わず、一度しか跳ねずに沈んでいった水面を見つめていた。
つまり、僕は負けたのだ。
「泣いていい?」
「肩かしてやる」
「マツコのはいらん」
「はい買い出しー」
「え、リベンジさせてくんね? 買い出しの後で良いから」
「良いよ」
僕は川辺に放り投げたシャツを軽くはたいてから着る。負けたのは悔しいが、自分で思っていたよりもさわやかな気分だ。照りつける太陽も心なしか穏やかに感じた。
ぐしゃぐしゃな靴の水気を切りながら買い出しへ向かうのだった。




