決着
「全く、度し難い思考だ。」
ニヒトは、チェインの腹を腕で貫いたまま宙に持ち上げる。
そして、振り上げるとその勢いでチェインを遠くに投げ飛ばす。
腕の抜けた腹からは夥しい量の血が噴き出し、チェインが投げ飛ばされた箇所に血の海を作っていた。
「カハッ…!」
「全く、無駄な努力をしてくれたものです。お陰で、私のプランが崩れてしまいました。」
ニヒトが言葉を紡いでいる間も、流れ続ける血液。
チェインの体は血にまみれ、青髪すら赤々と血に染まっている。
「まあいいでしょう。私は行方をくらますこととします。何、力が手に入ればこちらのものだ。」
チェインに留めを刺そうと、ゆっくりとした足取りで近づいていくニヒト。
そして血溜まりの直前で止まると、左腕を上空に伸ばす。
極力その血に触れない様に。汚物を触るかの様な扱いでチェインに留めを刺そうとする。
「…か、かかり、ましたね…!」
「何!?」
瞬間、流れ出ていた血が全て凝結する。
下に血溜まりを作っていたものから、未だに流れ出しているものまで。
無論、チェインの返り血を浴びたニヒトの体に突いているものもだ。
それらが全て氷を形成し、ニヒトの体に纏わり付く。
血で出来た氷。
これが、チェイン唯一にして最大の攻撃。
500年続く血統の、出来損ないの力。
チェインは自らの命の危険と引き換えに、自分の持てる限りの全ての力で攻撃を行った。
「そのまま、凍りなさい…!」
血が、ニヒトを中心に巨大な結晶を作っていく。
紅く、それでいて透明なその結晶は、とてつもない勢いでニヒトの体を覆っていく。
―――だが、
「まあ、効きませんけどね。だから失敗作なんですよ貴方は。込められている『神秘』が余りにも少ない。」
一瞬にして結晶は砕け散り、中から無傷のニヒトが現れる。
「そんな…!」
「貴方の命では軽すぎる。…良いことを思いつきました。貴方に最大限の辱めを与えましょう。」
ニヒトは、チェインが這いつくばっている前にしゃがみ込み、チェインの前髪を掴んで口を開く。
そしてその背後からは―――
「「チェインを放せ!」」
「おっと。」
フィリアとクロノが、二人の脇から奇襲を仕掛ける。
フィリアは炎を纏った拳で、クロノはその小さい体躯を活かして跳び蹴りで、ニヒトめがけて飛び出してきた。
ニヒトはそれに咄嗟に反応し、腕でそれらをガードした後に一足飛びで距離を取り、3人の正面に陣取る。
「み、皆さん、なんで…!」
「チェインは嘘が下手過ぎるのだー。」
「あんな悲しそうに笑われたら、嫌でも気になるでしょうが。…私達が見たかったのは、あんな笑顔じゃないのよ。」
二人は、地面に倒れて動けないチェインの前に立ち、ニヒトとの間に立ち塞がる。
普段は笑っているクロノも表情を引き締まらせ、睨んでいる。
優しさからか他人に余り敵意を向けないフィリアも、強く威圧している。
友達を殺させはしない。その表情には、強い覚悟が現れていた。
「全く、美しい友情だ。…ですが、後ろを見てもそう言えますか?」
「私からは何もしません。彼女を診てあげるといい。ほっとくと死んでしまうかもしれませんよ?」
「止めて…見ないで下さい…!」
「友達が嫌がってることする訳ないぞ。」
「大体、『敵から目を離すな』って誰が授業で言ったんだっけ?」
二人とも、ニヒトを見据え、その一挙一動に警戒の眼を向ける。
本当なら、すぐに駆け寄って声をかけてあげたい。
振り向いて、そばに寄り添ってあげたい。
だができない。他ならぬ友達が、見ないで欲しいと言っている。
「では、私が言って差し上げましょう。後ろで何が起こっているか。」
「止めて…!」
チェインの声を意にも介さず、矢継ぎ早に言葉を紡ぐニヒト。
その顔には、愉悦の色が浮かんでいた。
「彼女は、魔物混じりです。貴方たちの後ろで、必死に身体を修復しているんですよ彼女は。腹に穴が空いた程度で、彼女は死なない。血から汚れているんですから!」
「あ、ああ…!」
「ハハハハハハハハハ!そうだその顔だ!お前の様な魔物混じりが、人間様に混じわって良いはずがない!お前は異物だァ!笑う権利も、泣く権利もお前にもないんだよ!」
馬鹿笑いを続けるニヒト。
後ろの嗚咽から、チェインが泣いているということは二人にも分かる。
今までずっと接してきた彼女が、魔物の血を引いている?
人間の社会に、魔物が紛れている?
「「黙れ」」
「…は?」
「魔物の血が入ってる?」
手に炎を纏いながら、ニヒトに啖呵を切るフィリア。
「傷の治りが早い?」
普段は笑っているせいか閉じている目を開き、青筋を立てながら言葉を紡ぐクロノ。
「「そんなもん、関係あるか!」」
「フィリアさん、クロノさん…!」
「チッ…全く、度し難い。本当に…!?」
罵倒の言葉を言っている最中に、横からクロノの鉄拳を受け吹っ飛ぶニヒト。
「ぐぶぅ!?な、何故だ!」
「我はなー、どうやら、触れた加護をコピーできる様なのだ。で、我はさっきお前に触れた。」
(あの蹴りの時か…!?コイツ、こんなものを隠していたとは…!)
驚きの余り殴り飛ばしたクロノの方を睨むニヒト。
そうすれば、必然的に三人から視線は外れる。
「どこ見てんの?こっちよ。」
「ぐぅ…!?」
背後に回ったフィリアが、炎を纏った拳で左腕に攻撃を仕掛け、そのまま吹っ飛ばす。
吹っ飛ばされた先には―――
「ウガァ!」
ズブリ、とニヒトの脇腹に結晶が刺さる。
紅く透明な結晶の表面を、ニヒトの鮮血が溶かしていく。更に結晶は紅く染まり、血の槍と化している。
「お返しです…!」
ニヒトの視線の先には、身体を完全に回復し、立ち上がったチェイン。
「なァらばァ!この手で、お前を…!」
肥大化した左腕に全ての力を注ぎ込み、更に大きく膨れ上がらせるニヒト。
その切っ先を振り下ろし、チェインの身体を―――
「おっと。時間切れだぜ。」
風が薙いだ。腕は全て輪切りにされ、地面に転がり落ちる。
「―――ッ!?」
空中には、腕を振り下ろしたロック。
半身がおびき出し、既に殺した筈の男がそこにいた。
「有り得ない!お前は、私が―――!」
「そう簡単には死なねえよ俺は。約束もしたんでな。それに言ったろ―――時間切れだってな。」
「あれが魔物だ!身柄を拘束しろ!」
背後からは、騎士団が駆けつける音。
再生しても、すぐに風で輪切りにされる。
逃げようとしても、腹に刺さった氷柱が抜けない。
上も周囲も全て敵に囲まれている。
「う、嘘だ!私が、力を得た私が―――!」
「馬鹿が。お前は負けたんだよ。」
「何だと!?」
「力では俺に。精神ではコイツらに。全てに於いて完敗だ。お前が見下していた全てに、お前は負けたんだよ。」
「そ、そんな…!あり得ない!私がこいつらにィィィィ!?」
叫び声を上げ、現実を否定するニヒト。
だが、全てはもう決着している。
何も、ニヒトを助ける者はいない。
力に溺れた者は、最早その瞳に何も映さず―――絶望以外の感情を抱いていなかった。
次回は後日談です。




