課外学習・チェイン視点
「でさあ、私は思うワケよ。このお菓子はタケノコの方がおいしい。」
「む、それは聞き捨てならないぞフィリア。キノコが至高だぞ。」
「あぁ?」
「やるかー?」
夜、宿屋にて。そこそこ広い女子部屋にて、絶賛二人はバトっていた。クロノがどこからか調達してきたお菓子の話題で対立が生じていた。
フィリアは腕を組み、上からクロノを見下す形で。
クロノは笑みを浮かべたまま、こめかみに青筋を浮かばせて。
一触即発の構図がここに現出していた。
キノコかタケノコか。
人類は幾度もこの争いを行ってきた。だが、結局の所敗北なんぞ誰も認めない。人間とは、己の敗北ほど認めたくないものはないのだ。
人は過ちを繰り返す。
その争いは無限に続く負の連鎖、人間の愚かさの具現…の様に思われた。
「大体キノコって菌類じゃない。雨降ったらそこら辺に生えてくるモンじゃない。ありがたみないわよねー。それに毒ある奴多いし。」
「タケノコだってほっといたらニョキニョキ生えてくるではないか。その上家に『竹林って風情あるなー』って植えたら最後、増えに増えて床ぶち抜いて生えてくる害悪だぞー。我もやったことある。」
「あ?」
「お?」
「や、止めた方が良いですよ…。どっちも美味しいで良いじゃないですか…。」
「「チェインはどっちが好きなの(なのだ)!?」」
そう、人間は同じ陣営に属すれば仲間意識が芽生え、距離が縮まるのは必定。
散々考えに考え抜いた結果、フィリア達が思いついたのは帰属意識の利用である。
『えー、私もー。』という会話から始まり、そこから着々と距離を詰める。まずはその布石として、二人はこの一手を打った。
その上、二人の迫真の演技に騙され、チェインはどちらか選ばなければいけないという思考の袋小路に陥る。
先程から小難しい言葉を並び立てているのも、情報量でチェインの思考を誘導する為であった。
「あー…じゃあ私はキノコの方が…」
「そら見たことか!ワハハハ!我とチェインは永遠の友だぞ!」
「ぐぅ…!」
チェインと肩を組み、高らかに勝利宣言をするクロノ。その横では、フィリアが這いつくばって悔しがっている。
演技でやってる内に自分の本心と錯覚する、ということもままあるものだ。というかなまじ自分の意見を入れている分悔しさは倍である。
「くっ、じゃあ次は大富豪で勝負よ!」
「口で勝てないからゲームに逃げるとは。我はゲームに於いても最強であることを示してやろう。チェインもやるぞー。」
「は、はい。ですが、私は御手洗いに…。」
そう言うと、チェインは席を立ち部屋の外に出ようとする。フィリア達に背を向け、部屋の扉に手をかける。
その時、後ろから二人がチェインに声をかける。
「早く戻ってくるのよー。」
「そうだぞ。大貧民からスタートだぞ。」
「はい。すぐに戻って来ますから。」
チェインは振り向きざまにそう言うと、そのまま部屋を出る。後ろの二人に精一杯の笑みを浮かべて、今日の成果だと言わんばかりに。
(―――ああ、本当に私には眩し過ぎる。皆さんを死なせてしまう訳には…!)
廊下を歩き、宿屋を出る。向かう先は裏の森。
既に日は暮れ、周囲は闇と静寂に包まれている。村の光から離れ、暗い森へと歩を進めるチェイン。
森の中央付近まで来るとチェインは足を止め、振り返った。その視線の先には―――
「ああ、約束通り来ましたか。」
普段通りのニヒト。痩せたその体躯に、卑屈な表情を浮かべたニヒトが、チェインの後ろに立っていた。
「これで本当に、私を助けてくれるんですね。」
「ええ、ええ。私は約束は守りますよ。」
こわばった声色のチェインと、事が予想通りに進んでいるのが嬉しいのか上機嫌なニヒト。
ニヒトとチェインは、昼に一度だけ会話を交わした。
その内容はこうだ。
「私は今夜、彼等を殺します。」
森の中で、すれ違いざまにチェインに耳打ちするニヒト。フィリアとクロノが離れた数分の隙を突いてのことだった。
チェインの背に、一瞬で肥大化した左手の爪を押し当て言葉を紡ぐ。
「ですが、貴方だけは助けてあげましょう。助かりたくば、夜にこの場所まで。」
「…!」
「彼等は貴方にとって眩し過ぎるでしょう。あなたはどこまで行っても失敗作。彼等と交わることはできない。いや、交わる価値がないんですから。…では、また夜に。」
ニヒトは、他人を利用することに長けた男であった。
グレンを焚きつけたことも、少女を駒として使ったことも、こうしてチェインの葛藤につけ込んだことも、全てその力の賜物だ。
他人の弱味を見抜き、自分の利する方向へ動かす歓び。
力無きニヒトが、貴族階級が集う学園に採用されたことも、弱味を握り他人を動かし続けたからだ。
弱者なりの力。戦闘向きで無い双子神の加護など得た日には、冒険者としての先行きは閉ざされたとニヒトは考えていた。
だが、自分はこうして上にいる。こうして力を得ている。こうして人間を殺している。
もう弱者ではない。
少なくとも、加護を手に入れたばかりの奴らよりは精神も実力も上だ。
ニヒトはそう思っていた。
「…一つ、聞きたいことがあります。」
「何ですか?」
「何故、私をここに呼んだのですか?」
「貴方は目撃者です。筋書きはこう。最近噂の魔物が村を襲った。貴方を助け、私は辛うじて森に逃げ込んだ。全てが終わった時には私たちしか残っていなかった。」
「…では、フィリアさん達だけでなく、この村の人達も…!」
「殺しますよ?」
さも当然と言ったように答えるニヒト。ニヒトは、当たり前だろうといった風で、何の感情もなく残酷な言葉を吐き出した。
「では、私が馬車で感じた血の臭いは…」
「それは、私が壊滅させた村の臭いですね。ああ、貴方は失敗作とは言えあの家の者でしたね。」
今度は、心底愉快と言った風に答える。殺した際の快感を思い出し、悦楽に浸りながら言葉を紡ぐ。その顔には、嘲笑が浮かんでいる。
「それでは、私は行かせて貰います。貴方は後で口裏を合わせて下さい。それにしても、やはり私の目に狂いはなかった。」
「まったく、馬鹿な連中だ。こんな汚れた血族を救おうとするなど!」
「救われる方が如何に惨めな気持ちになるか分かっていない!私は貴方の気持ちが分かりますよ!」
歩きながら言葉を吐き出していくニヒト。肩を竦めながら、心底愉快であるといった風に歩き出す。
夜の森を、宿屋に向けて歩いて行く。
既に、風の音も、喧噪も聞こえない。
あるのはチェインと、高笑いする魔物だけ。
魔物は背後を向けている。しかも、肥大化した左腕を出していない。
(ここで、私がアイツを倒せば…!命と引き換えてでも!)
気取られぬ様に距離を詰めるチェイン。
そして、服からナイフを取り出し、背後から―――
「―――ああ、その攻撃は無駄ですよ。」
一瞬にして肥大化した腕が、チェインの腹を貫いた。
一粒で二度美味しい男、ニヒト。彼は先程肉塊にされた者とは個体が違います。




