課外学習・ロック視点
「あー、体いってぇ…。」
「長いわね~移動。」
「我はチェインに乗ってるから平気だぞー。」
「私の胸を枕代わりにしないでくれますか…?」
馬車にて。馬車の形としては、前に馬と席が二つあり、ニヒトと御者はそちらに座っている。こちらは馬の引く車体にて雑魚寝だ。
振動で非常に体が痛い。それに耐えかねたクロノは、その小さい体躯を生かし、壁に寄っかかるチェインの上に乗っている。チェインの豊満な胸を枕代わりにして。というかクロノは体が小さいせいか幼女にしか見えん。
「…窓開けるか。」
目的地も近くなってきたが、気分転換の為に窓を開ける。窓からは風が入ってきて、馬車の中を爽やかな息吹が包む。
「あー、風が気持ちいいわねー。」
「そうだなー。」
…チェインの顔色が優れないな。窓を開けた途端に、顔色が真っ青になった。乗り物酔いでもしたか?
「す、すいません…。窓を、閉めて下さいませんか?少し、体調が…。」
「すまんすまん。」
窓を閉めると、チェインの顔色は多少マシになる。珍しいなチェインが要望を表すなんて。少しはさっきまでのにらめっこ合戦で距離が近づいたか。終始真顔のチェインがほぼ圧勝だったが。クロノは元からニコニコしてたので最弱だった。
「お、着いたみたいね。」
「結構大きいな、裏に森もあるのか。」
そこそこ大きな村に狭めの森。一応柵で村は囲ってあるが、森も村の管理下においてあるのだろう。騎士団の屯所も見えるし、村の中の安全性に関してはかなり高いな。
というか、騎士団が何か殺気立ってるな。地方の騎士団はそこまでやる気がないと思っていたが、後でちょっと探りを入れてみるか。
村の裏の森にて。若干の神秘が漂っているようで、時々力の弱い魔物が発生するそうだ。簡単に討伐できるものではあるが。
「ではフィールドワークといきましょう。森と村以外には行かないようにして下さい。後は夜まで自由時間です。」
(そんなに教えるのが嫌かよ…。最低限にも限度があるだろ。まあ、こちらとしても都合が良いが。)
「行くわよチェイン!」
「いくぞー!」
「わわっ…急ぐと危ないですよ。」
ニヒトが姿を消すなり森へ駆け出す3人。距離は相当に縮まった様だ。チェインの体調も良くなった様で、表情も柔らかいものになっている。
「俺は後から行くからなー!」
さて、少し騎士団に情報を聞きつつ、酒も調達――――ん?ちっこい女の子がこっちを見てるな…。確かあの子は、宿屋にいた子だった筈だ。あっ逃げた。
「――――だから気を付けるんだよ。」
「ありがとうございました。」
取りあえず騎士団から情報を得た。近隣の村が魔物に襲撃、一カ所はほぼ全滅…。その一カ所は駆けつけた騎士団もやられてる。道理で殺気立ってた筈だ。
(妙だな。普通そんなことが起こってる地域に学生を連れてくるか?考え過ぎだろうか。…ん?)
…また、先程の少女がこちらを覗いている。その目には涙が浮かんでいる。
少女は、俺の目線に気づくと、一目散に逃げていった。
あの子も俺達と同じ宿屋に泊まるはずだから、今日の夜、宿で聞いてみるか。
「ああ、あの子は確か――――」
「知ってるんですか?」
「いや、あー…。ここだけの話だぞ。次あの子を見たら一緒に遊んでやってくれよ。実はな―――」
そう、俺に耳打ちしてくる騎士団のおっさん。治安維持をしているだけあって人が良い。
というか…そうか。あの子は唯一の生き残りなのか。…次会ったらお菓子でもあげよう。
(おっと、そろそろあっちに合流しねえとな。俺だけ離脱したままだと申し訳ない。)
さて夜だ。夕食を食べ終え、隣では女子会が盛り上がっている。といっても、聞こえてくるのはフィリアとクロノのはしゃいだ声だが。まあ、あれだけはしゃげるということは作戦は成功間近と言ったところか。
(…見られてるなー。しかも部屋の外で泣いてるよ。声もかけ辛いが、仕方ない。)
「えーっと、俺に何か用か?別に取って食いやしねえから、言いたいことがあるなら聞いてやるぞ。ほら、お菓子やるから。入った入った。」
取りあえず話を聞かないことには始まらない。見ようによってはロリコンだが、流石に部屋の外で泣かれるのはメンタルが削れ過ぎる。
少女の手を引き、部屋に入れてやる。
「何でも良いから言ってみな。話せば楽になるぞ。」
「…あの、痩せた男の人にね…。貴方を、隣村まで連れてこいって言われたの。」
ぐずりながらも、ポツリポツリと言葉を紡ぐ少女。話す度に、瞳からは大きな涙が溢れだしている。
痩せた男…ニヒトのことだろう。
「うぅっ…、そうすれば、『お兄ちゃんを帰してあげますよ』って。」
「でも、でも…!私は、あの時目を瞑ってた…!だけど、お兄ちゃんは、お兄ちゃんは…!」
話している内に泣き出した少女の頭を撫でてやる。少女は床に蹲り、ただただ涙を流している。
―――そうか、この子が今日一日俺を見ていたのは、これが理由か。
兄が死んだことは、薄々分かっていた。
だが、直接見てはいない。
生きていてほしい。いや、生きていると信じたい。
俺に、その言葉を伝えれば、兄に会えるかもしれない。
――――だが
「だげど、私が言っだら…!お兄ちゃんは、あなだは…死んじゃう…!」
俺は死んでしまう、と考えたんだろう。…何て、優しい子だ。誰よりも兄に会いたいのはこの子だろうに。俺の命など投げ捨てて、希望に縋ることも出来ただろうに。
「よく、頑張った。」
「…私は、私は…!」
「安心しろ。俺は死なねえ。…だから、ここにいな。寂しかったら、隣に行って来い。アイツらは良い奴らだから、お前を拒むことはしないさ。」
さて、行くか。
風を纏い、隣村まで飛んでいく。空を飛ぶのも久し振りだ。ここ一ヶ月、奇跡を使うフリか加護を使うフリをしてただけだからな。
焼け野原になった村の中心に降り立つ。焼け焦げた家々が周囲に散乱し、人の営みの痕跡は見受けられない。そして、俺の目線の先には笑いを浮かべた魔物が一人。
「ようやくご到着ですか。」
そこにいた魔物――ニヒトは口を開く。痩せ細った体は見る影もなく、丸太のような四肢を備えている。特に顕著なのは、その右手。その先には鋭利な爪が備わっており、それが振るわれれば人間の体など豆腐の様に千切れ飛ぶだろう。
「いやあ、あの子に利用価値があって良かった。生き残っていたと知ったときは驚きましたが、顔を見られていないのが幸いでした。」
ニヒトは嗤いながら言葉を続ける。最早、その瞳には何も映っていない。そこには、ただただ力に溺れ、強い自分に陶酔する獣だけだ。
「しかし、馬鹿な娘だ。あの状況で、兄が殺されていないはずないだろうに。」
「私が『兄を帰してやる』と言ったときの顔と言ったら傑作でした。一瞬ですが表情を明るくしたんですよアレは。ハハハハハハ!」
「この力を得て正解でした!まさか人を虫の様に殺せる日が来るとは。」
肥大化していない左手を顔に持って行き、髪を掻き上げながら嗤うニヒト。敵が目の前にいると言うのに、全く警戒の色を見せない。
それどころか、言葉を紡ぐ度にどんどんと口が裂け、人間の容姿とはかけ離れてきている。
「ああ、あの顔も傑作でした。アレの母親の首を蹴り飛ばした時――――」
「…そうか、お前、もう痛みも感じねえんだな。」
「は?一体何を…」
心底不思議だという顔でこちらを見る。ここまで言ってもまだ気づかねえか。俺がべらべら喋ってる奴に攻撃しないとでも思っているのか。
「な、何だこれはぁ――――なーんちゃって。」
俺は既に、風でアイツの右腕を消し飛ばしていた。アイツが喋ってる間にな。だが、こいつは既に人間を辞めているらしい。
右腕を即座に生やし、また口を開くニヒト。
「私は最強だ!力を得た!お前何ぞに傷つけられる筈が――――」
「じゃあ、これはどうだ。お前はもう人間じゃねえ。人間用の攻撃はやめだ。」
「――――は?」
俺は降り立った場所から一歩も動かず、目線だけで竜巻を発生させる。
竜巻はニヒトを中心に発生し、その体を幾重にも切り刻む。竜巻の中身はニヒトの肉がミキサーされているだろう。
なまじ再生力がある分、苦痛が倍加されて地獄の様な苦しみだろう。まあ、こいつにかける情はないが。
「―――あ、あがあ…!」
竜巻から現れたのは、肉塊。人間でも魔物でもない。ただのピンク色の肉塊だった。人の形を成すこともなく、ビクンビクンとのたうっている。辛うじて顔だけは形成してるみたいだが。
「う、嘘だ!私は力を手に入れた!こんな、こんな簡単に―――!?やめろ、やめろ、殺すな!私を殺すな!」
肉塊をのたくらせ、必死に命乞いをするニヒト。辛うじて形成した三個の穴―――目と口からは絶えず空気が漏れ出している。
「力を貸す、何でもする!私の半身も止めよう!だから、助けてくれ!」
「―――お前に、それを言う資格はねえよ。」
右手を振り上げ、最後に留めの風で肉体を粉々に引き裂いた。




