離れる者/溺れる者
※後半胸くそ展開注意
「う~む…。」
放課後、教室にて、俺は悩んでいた。入学し、俺にターゲットを向けてから既に一週間。もう少しで月も変わるというのに、未だに王女と接触出来ていない。
校舎も寮も分けられ、生徒は反女王派閥が多いときている。ここで迂闊な行動をすれば折角作った状況が壊れかねない。
(しかも、貴族事情が全く分からん。鋼一門が女王派閥なのは間違いないが、他のどの貴族がどの勢力に属しているかが調査できねえ。)
頼みの綱の女王も、最近は忙しいのか通話に応答してこない。ヨルから連絡がこないあたり致命的な状況って訳でもなさそうだが…。
「何、悩み事?ここは私に任せておきなさい。大抵のことなら何とかするわ。」
「あー。いやな、この学園って貴族多いだろ。どこがどこで誰なのか分からんって話だ。」
俺が腕組みして悩んでいると、見かねたフィリアが話しかけてくる。クロノは放課後すぐにどっか行っちまうんだよな。お陰で素性も全く分からねえ。
「あー、私も分からないわねそれ。」
だろうなあ。後ろにチェインがいるし、ちょっと聞いてみるか。
「チェインは何か知ってるか?」
「私は、一応知ってます…。」
これは嬉しい誤算だ。Dランクは立場があまり良くない奴が集められてる手前、貴族階級に通じてる奴が少ないからな。まさか知ってる奴がいるとは思わなかった。
「よければ教えてくれないか?」
「…いいですよ。まずは、貴族にも階級があるのはご存じですか?」
「権力の強い奴弱い奴だろ?最近知ったが、貴族って一族ごとに神様信仰してるらしいし、それもあるのか?」
俺の知ってる騎士団の奴は、少なくとも特定の神を信じていなかったんだが。他の奴らも神の加護は使っていたが、一族として信仰しているってのは初耳だった。
「概ねそれで合ってます。ですが、信仰に対しては、必ずという訳では…。ですが、上位になってくると増えてきます。」
「騎士団の…『六席』あたりはどうなんだ?」
『六席』とは、騎士団の中の最上位六名だ。王都の守護にあたり、国家を守ることを女王の名の下に誓っている。
騎士団の連中は、体内の神秘を女王の加護により何百倍に高めている。その最上位だけあって、実力は最強ランクだ。まあ俺達も負けてはいないがな。
「それこそ、最高ランクの貴族達が集っています。今の団長は一般出身ですが、あの方は例外中の例外ですので…。」
(あの馬鹿、そんな立場にいたのか…!?)
一応面識はある。というか、一緒に酒を飲んだこともある。酒に酔って(俺と一緒に)遊郭行ったり色々各方面に迷惑かけたりしてたんだが。
「貴族のランクを簡単に言うと、上から『二家』、『四色』、『六大』です。その下は…細かいので…。」
「どうして貴族はランク分けしたがるんだ。これだから…」
今まで極力関わらないようにしてたんだ。六席の連中だってそんな毛色は全然出してなかったんだが、そんな面倒くさいお家だったのか。
「ああ、そう言えば…現在の学園長も『二家』の一方でしたね。学校がこのようになったのも、この代かららしいですが…。」
「諸悪の根源じゃない。」
(―――全くだぜ。となると、そいつが反女王のトップだな。)
「この学年に息子さんもいらっしゃるみたいですよ。序列は2位ですね。」
…マズいなこれは。Sランクは来年とか言ってる場合じゃ無いかもしれん。設備の穴を探って潜入するか。できれば避けたかったが…。
「もう一方の『一家』の息子さんもいますよ。そちらはAランクのトップ…序列6位ですね。後『四色』が序列3位に一人、『六大』は…グレンくんですね。」
「「は!?」」
あ、アイツそんな上なのかよ。炎はいいとこってフィリアが言ってたが、いいとこ過ぎるだろ。道理で中級奇跡なんぞ使えた筈だ。
チェインは顔を伏せて口を開いた。
「彼は…焦ってしまったんでしょうね。今まで上だと思っていたのに、いざ入学するとCランクだった。本来ならばAランクに入るべきなのに…。」
「―――なるほど。私は知らない間に地雷踏んでたのね。」
そう言うと苦虫をかみつぶした様な顔になるフィリア。双方謝ったとは言え、未だその心に傷は残っている。
お家の責任と、自分への焦り、状況への不満。それら全てを―――
(―――ニヒトは煽って焚きつけたのか。教師が子供を操って、双方傷つけるだと?クズ野郎が。)
「こんな所で、よろしいでしょうか。」
「ああ、ありがとな。すげえ助かったぜ。」
「お役に立てたなら良かったです。それでは、私は先に寮の方へ帰らせて頂きますね。」
そう言うと、席を立ち教室を出て行くチェイン。まだ始まって一週間だから無理もないが、明らかに俺達と距離を取ろうとしている様に感じる。
相手から話しかければ応じるが、自分は一切回答に出さない。そういう奴もいるにはいるが、あれは何か…
自罰的なものを感じる。
「…ロック、気づいてた?」
「ああ。途中で、話すのを辛そうにしてたな。」
「…私は、あの顔見たことあるわ。あれは、孤児院でよく見る顔よ。」
俺に背を向け、机に肘をついて声を発するフィリア。ガランとした教室に、4つだけの机。俺の隣でフィリアが呟く。
「自分なんて要らない。そう思ってる顔。」
「…ああ。俺も、見たことがある。」
「…来月に課外学習あるわよね。そこで笑ってくれれば良いけど。私、あの子が笑ってるの見たことないわ。」
「…そうだな。あとフィリア、大事な話がある。」
放課後。二人っきりの教室。風が窓から吹き込み、穏やかな雰囲気を演出している。
ここまでお膳立てされたんだ。ここで言わなければならない。
「な、何よ改まって。」
フィリアがこちらを向く。その顔は、夕日のせいか少し赤い。
「明日提出の課題写させてくれ。」
ぶん殴られた。絶対成功すると思ったんだが。
「命乞いはどうですか?」
王都から離れた村にて、異形が死体を積み重ねていた。
右手のみが大きく肥大し、腕の先には大きな爪がついている。
その魔物の先には、一人だけ残った15歳くらいの男の子がいた。その瞳は涙で曇り、その手には母親の亡骸を抱いている。
母親の亡骸には頭が無く、少年の腕の中は死体から溢れた血で濡れている。
「うう、ぐう…!何で、何で俺達の村を…!」
泣きながら、その少年は魔物に対し怒鳴る。
怒り、悲しみ、絶望、全てがない交ぜになった咆哮は、しかし力に溺れた獣に届くことはなかった。
落とされた母の瞳が、少年の方を向いている。
その瞳は暗く濁り、最早何も映してはいない。
だが最期まで少年達を案じ、庇った母親のその顔は、なおも少年達に『逃げろ』と訴えている様であった。
だが、それを魔物は、道端に転がる石の様に蹴飛ばした。
そこにあるのが邪魔だ?少年の心を支えているから?
いや、そこに何の理由も無い。石ころを蹴飛ばすのにも、力を振るうのにも理由は無い。
「なあんだ、そのことですか。じゃあ教えてあげましょう。私は教師ですからね。」
その魔物は、ゆっくりと少年に歩を進める。魔物の瞳の中の少年がどんどん大きくなっていく。
母の亡骸を抱き、父親を目の前で引き裂かれた少年は、しかし魔物を前に一歩も引かなかった。いや引けなかった。
目前の化け物の様に、狂ってしまえたらどんなに楽だっただろう。
あの腕から逃げて、背を向けてしまえば、生き延びる時間が少しは延びるだろう。
だが退けない。
何故なら彼の背後にあるのは――――――
「予行演習ですよ。大事でしょう?」
少年は最後に、背後に潜む妹の無事を祈り――――




