専属契約のオファーが出る
支部の二階。案内された小会議室は、十脚のオフィスチェアが並ぶだけの質素な空間だった。
だが、影山 光の前に座る男――橘の表情は、場の簡素さとは裏腹に真剣だった。
「今回、弊社ネオ・ファンタジアは、影山さんと専属契約を結びたく、お声がけさせていただきました」
「……専属契約、ですか」
聞き慣れない単語に、影山は首をかしげる。
配信者には“企業勢”と“個人勢”があることくらいは知っている。
だが、あまり深く考えたことはない。
「正直、めんどうなことは苦手なんですが」
「ご安心ください。我々は影山さんの活動を全面的にサポートします」
橘は何枚か資料を差し出す。
所属探索者の一覧には、誰もが一度は耳にしたことのある有名配信者の名がずらりと並んでいた。
そしてネオ・ファンタジアは、武器・消耗品・探索機器の最大手メーカー。
その品質は、影山ですら知っているほどだ。
現に今使っているガンブレードは、ネオ・ファンタジアの制作だ。
(……大手からの話か)
資料をめくりながら、影山は自然と眉を寄せた。
メリットとデメリットを整理すると、こうだ。
【メリット】
・配信者としての知名度と信頼が上がる
・特注装備の発注が可能
・専属のオペレーターがつく
・魔石・素材の売却がメーカー直卸になり、収入が増える
【デメリット】
・案件配信など、仕事が増える
・自由な活動が減る
そして――ネオ・ファンタジアの狙いは明白だった。
「配信、拝見しております。未発見アイテムは今のところ“シャドウスパイダーの糸”のみですが……影山さんなら、いずれ未踏エリアの宝を次々と見つけるでしょう。我々は、その未来に投資したいのです」
つまり、影山の透視スキルで発掘される“未知のアイテム”を、いち早く押さえたいというわけだ。
さらに。
「配信による人気も、かなりのものになる見込みがあります。ぜひともその力をお借りしたいです」
(うーん……俺のメリットが少ないからなぁ)
影山は静かに首を横に振った。
「金銭・活動面のサポートは魅力的ですが……俺は、有名になりたいわけじゃないので。配信は義務だからやっているだけです。なので、お断りします」
橘は驚くでもなく、穏やかにうなずいた。
「承知しました。ですが、我々はいつでもお待ちしております。必要なことがあれば、遠慮なくご連絡ください。全力で、あなたの力になります」
その言葉には、焦りも圧もなかった。
しかし影山を本気で欲しいという熱意は強いようで、深く、深く頭を下げられた。
☆
5日目の配信。
いつもは無言で始める影山が、この日は珍しく視聴者に問いかけた。
接続数は5181だ。
「今日、企業から専属契約のオファーが来たんですけど……こういうのって、どうなんでしょう」
『どこから?』
「ネオ・ファンタジア」
『大手やん』
『国内トップだぞ』
『動き早すぎて草』
『二キが強い上にイケメン化したから、将来の人気者を確保したいんだろうね』
『未発見アイテムの独占も狙っている』
『レア素材とタレント集めかぁ』
「やっぱり、悪い話ですか」
『そうとは限らない。契約内容とニキがどうなりたいかで変わる』
『普通は自分からオーディション受けるんだよ』
『スカウトはレアだね』
『ましてやネオファンとか奇跡』
「へえ……」
影山は本気で不思議そうに首をかしげた。
その自覚のなさが、逆に視聴者の笑いを誘う。
『返事軽すぎて草』
『専用装備作ってもらえるぞ』
『本人に合わせるから、使いやすさも性能も上がる』
『ネオファンは案件が多いイメージ』
『壁破壊ニキ、コラボとか大丈夫?』
「嫌です」
即答だった。
知らない人と喋るだけでストレスが溜まるのに、配信で絡むなど論外だ。
『嫌です(即答)』
『草』
『まあ無理だろうな』
『ニキは性格的に個人勢のが合うのかな』
『まあ、色々面倒だよね』
『嫌な仕事は断ればいいだけじゃない?』
『向こうはアイテム独占できれば満足だろ』
「魔石の値段って、下ぶれてるんですか?」
『フリーは協会に中間マージン抜かれる』
『メーカー直卸のほうが圧倒的に高い』
「ああ……農家とか漁師と同じ仕組みか。中間が減る分、収入が増えるんですね」
『そうそう』
影山は少し考え――そして、いつもの調子で言った。
「……とりあえず、様子を見ます」
『焦る必要はないと思う』
『個人勢だっていっぱいいる』
『ネオファンの配信を見てみれば?』
「そうですね。それもやってみます」
『他からもオファー来るんだろうなぁ』
『担当の人、今も見てるだろうな』
『壁破壊ニキ争奪戦』
「いやいや、ないですよ。ネオ・ファンタジアだって、オファー取り消すかもしれないし」
そう言いながら、影山はガンブレードを構える。
「さて。今日も隠し通路を探します」




