幕章「小さな捨て猫」
夜。影山が家に帰ってから確認した例の動画は、現在70歳の元・探索者「神崎 武蔵」という者が主役のチャンネルであった。
神崎は"元祖・ガンブレードマスター"と言われるほど、マイナーなネタ武器ガンブレードを使いこなし、全盛期はAランクダンジョンを突破したパーティーに所属していたのだという。
Sランクダンジョンのクリアは叶わなかったが、挑戦し生還した経験もある。
いわばレジェンド探索者の1人だ。
ただ、マイナーなガンブレード使いということと、配信では自己主張が控えめだったことから、他のレジェンドと比べるとやや影が薄い……という立ち位置だ。
探索者を引退した今は、ガンブレードの道場を開いている。
しかしかなりニッチな世界のため、弟子の人数はわずか5人。
かつてAランクを突破したパーティーメンバーという、1流の探索者にして有名人なのに、こじんまりとしていた。
だが、その腕前はかなりのものならしく、ガンブレードに興味を持った者の多くは彼の道場の扉を叩くようだ。
動画では、カメラを持った若い男が神崎に問いかけた。
「――今回見ていただいた映像は、急上昇中のガンブレード使い“壁破壊ニキ”です。師匠、いかがだったでしょうか」
撮影場所は昼の広々とした道場内。
神崎は硬い床に正座していた。白く短い髪に、貫禄のある鋭い顔立ち。
「うむ……強いね」
しかしその声は小さく、ボソボソとしていた。
ガンブレード使い、陰キャ多い説。
だが、ガンブレードのことになると饒舌になるのか、その後はすらすらと言葉が出てきた。
「しかし粗が多い。無駄な動き、不要な力みがある。スキルの影響か、当てようという意識が前に出すぎている。
動きが良く、銃の腕前も常軌を逸しているが、これは多くの努力と優れた才能によって身につけたものだ。技術自体はそれほど高くない。
それと、彼の武器が素晴らしい。規格外なほど、技術者の熱意と技術を感じる。重量、重心、グリップ……全てが彼の動きに合わせ、調整されている。彼の能力が200%は引き出されるのではないだろうか」
影山は少し驚いた。
200%という数字は、朝日も言っていたことだ。
偶然かもしれないが、映像を見ただけで正確な分析が出来ている、という可能性も浮き上がってくる。
「では師匠、点数はいくつになるでしょうか?」
採点は100点満点中でつける。
この動画はガンブレード使いのレジェンドが、現役のガンブレード使いを分析するという企画なのだ。
「40点だ」
「っ!?」
神崎の言葉に、画面の前で影山は衝撃を受けた。
40。
かなり低い点数だ。
そしてこの辺りが、炎上した理由である。
コメント欄はこのようになっている。
『これ許可とってんの?』
『はい老害』
『若者を認められない老害はここです』
『お前ごときが壁破壊ニキに勝てんの?』
『ぷぷぷっ。ザコがなんか言ってまーす』
『なんでこいつ上から目線なの? 偉そうでうざい』
低い点数と、点数評価という上から目線、無許可という3点がネット民を怒らせた。
しかし過剰といえば、過剰の炎上だ。
引退したアスリートが選手を評価したり、試合結果を分析・予測したりする動画はよくあること。
無許可はたしかに失礼だが、それを言い出したら世の中に出ている様々な個人のスポーツチャンネル、SNS、レビュー動画が成立しなくなる。
ましてや、神崎のチャンネルはフォロワーが5万人。
大した規模ではない、こじんまりとしたチャンネルだ。
動画の内容も上から目線と言われているが、神崎の実績は十分だ。ガンブレード使いの元トッププロと評しても良い。
現役の影山を分析・コーチングしても、失礼にはならない立場とも考えられた。
ユーマが“悪意のある内容じゃない”と言ったのは、この辺りである。
とはいえ……影山は、ショックであったが。
「40点……そんな……」
☆
「ち~~~っす! 夜血の騎士です! 今日はCランクダンジョンをソロで探索しようと思います」
20代後半の金髪でイケイケとしたギャル男が、ダンジョン配信を開始する。
無所属だが、Dランクダンジョンを突破した中堅探索者だ。
今回の視聴者も300人を超え、そこそこ賑わっている。
『ちっす』
『え、お前ごときがCランクソロ?』
『壁破壊ニキの影響かな?』
『死ぬの期待』
『事故期待』
(今日も視聴者うぜーな……まあ、いいが)
ダンジョンの中を進んでいく。
今日限定で雇ったオペレーターの指示に従い、あえてモンスターを避けて移動する。
そして裏で打ち合わせした通り、右腕を上へ上げる合図を夜血の騎士すると――オペレーターがカメラを切った。
「どうぞ、今はライブ放送に映像も音声も流れていない状態です」
「よしきた!」
夜血の騎士はアイテムボックスから、ペットキャリーを取り出した。
中には一匹の白い猫が入っている。種類はシンガプーラで、瞳の色の緑、毛の色はブラウン。すらりと細く、体は20センチで小柄だ。人間の肩に乗れるほどで、実際、この子は人の肩へ乗りたがる癖がある。
(アイテムボックスに入れても生きてるのか。頑丈なやつ)
ペットキャリーの扉を開けると、猫は外へ出てきた。
「ニー?」
知らない場所に、不思議そうな声を上げる。
そして夜血の騎士は逃げるように走り出した。
「たく、猫でも飼えばモテるかと思ったが、そんなことはなかったぜ! じゃあな、役立たず!」
ステータス補正もあり、夜血の騎士はトップアスリートのようなスピードで駆け出していく。
「ミャ~」
こんなしょうもない飼い主でも、飼い主なので、猫は不安そうに鳴きながら夜血の騎士の後を追う。
しかし速度に追いつけず、やがて猫は置いていかれてしまった。
「ニャー……」
寂しげににゃあにゃあ鳴くも、それに答える者はいない。
辺りをウロウロと歩いた後、やがて壁にぴったりとくっつけて、イカ耳になりながら体を丸めた。
「……」
そしてそのまま、固まって動かなくなる。
知らない場所に突然1匹にされて、怖いのだ。
そんな猫に――ダンジョンは容赦なく、牙を剥く。
どすん、どすん。
槍を持った1体のリザードマンが、猫へ近づく。
そしてその槍を――猫へ向けて、突き出した。
「にゃああああ!?」
突然の攻撃行動に、猫は悲鳴を上げながら飛ぶ。
なんとか槍の回避に成功するも、リザードマンは猫をじっと見ている。
猫は身の危険を感じ、走り出した。
「ニぃー! ニぃぃぃぃ!!!」
悲痛な鳴き声を上げながら、猫の逃亡劇が始まる。
☆
「カメラの電源切れてたみたいですねー! いやいや、そろそろ買い替え時かなぁ」
『なんか白々しいな』
『ナニをしていたんですかねぇ』
『BANされんぞ』
『不法投棄じゃないだろうな』
「違いますって。ただの放送事故ですよ~」
(放送が固まるとか、よくあるし。これくらいならバレねーっての)
夜血の騎士は何事もなかったかのように、ダンジョン配信を適当に続けた。
しかしオペレーターの解析ミスもあり、彼は運悪く、近くに探索者がいない状態で5体のリザードマンと遭遇してしまう。
「「「「「ぐるるるっ!!!」」」」」
「うわあああああ!? さ、さすがにこの数は無理だ! 助けてぇぇぇぇぇ!」
『さよなら』
『はい終わり』
『バイバーイ』
夜血の騎士の冒険は、ここで完全終了した。




