館の主
少年は大きな部屋の前で立ち止まり、廊下に正座をして部屋の中に声をかける。
「失礼します。かの者を連れてまいりました。」
雄太も少年に習って障子の前に正座をする。
少し間が空いて「入れ」と答える声がする。少年は障子を引いて雄太を中に通してくれる。
先程、雄太は少年に世話をやかれながら、主様に失礼がないようにと入室の手順などを耳にタコが出来そうなほど聞かされていた。
許しがあるまで顔は上げるな、発言するなと言われていたので素直に手順通りにする。
「面をあげよ」
威厳のある低い声に萎縮しながら、恐る恐る顔をあげると、部屋の一番奥の一段だけ高くなっている畳に、ニヤリとした笑みをたたえた声の主が胡座をかいて座っていた。
「よく来たな、人間。
ようこそ、我が酒呑童子の館へ。」
やっぱりね────────!!!!
そんな事だろうと思ったぁ!!!!
そこに座っていたのは、紛うことなき空から降ってきた鬼の頭領、酒呑童子そのものだった。
今からでも逃げ去りたい気持ちでいっぱいだが、腰が抜けてしまっており立ち上がる事も難しい。
雄太は、ハッとする。
ここで目覚めた後施された食事や風呂は、俺を肥えさせ綺麗にして食べる為じゃ……。
THE END
今まさに雄太の頭に浮かんでいる言葉だ。
せっかく鍛え続けてきた武道も、神にも等しく圧倒的な存在の前では何の意味も無さなかったなと雄太は少し残念に思う。全身の震えが止まる気もしない。
ここは、もういっそ潔く一思いに散りたいものだ……。
「食べるなら、丸飲みでお願いします……。」
雄太は震える声でそう言うと、歯を食いしばって目を閉じ酒呑童子から顔を背けた。
────痛いのは嫌だ。自分の骨が噛み砕かれる音を聞きながら絶命するなんて絶対に……!
大広間にしーんとした静寂が広がる。
すると、雄太の言葉を聞いて目を丸くしていた酒呑童子が、もう堪えきれないと言ったようにくつくつと笑い出した。
「……くっくっくっ、あぁ〜はっはっはっ!
おま、お前……俺に喰われると思ってたのかっ!
あーはっはっはっ!
安心しろ、俺達は人を喰ったりしねぇよっ。」
酒呑童子はまたもや腹を抱えて笑いながら、目元の涙を拭っている。
雄太は酒呑童子の想定外の答えに目をぱちくりさせる。
連れてきたのは食べるつもりじゃない?
ならなぜ……?
「人間、そなたの名を教えてはくれないか?」
「春日……雄太です。」
とりあえず、身の安全は保障されたようなので、身体の中の緊張が少しずつ抜けていく。雄太は素直に自分の名前を答えた。
「よし、雄太。お前をここに連れてきたのは少し頼みたい事があるからだ。」
「頼み……?」
鬼に頼まれる事など全く見当がつかないのだが。そう思い雄太は小首を傾げる。
「そうだ。……おっと、その前に。
いくつかお前に言っておきたいことがある。」
はぁ。と相槌を打って楽しそうに話す酒呑童子の話に耳を傾ける。
「雄太。うちのみりんが随分と世話になったそうじゃないか。」
酒呑童子が手招きすると、みりんと呼ばれたケモミミ少年がすすすっと音もなく酒呑童子の所にやってきて膝下にはべる。
頭を撫でられながらゴロゴロと喉を鳴らす様はまるで本物の猫のようだった。
「あぁ、みりん。可哀想に。額にこんなに大きなこぶを作って……。」
さっきまでの悪態は何処へやら。
ケモミミ少年みりんは、酒呑童子に甘えながら、しおらしく目頭の涙を拭う真似などをしてみせる。
「くすんっ、くすんっ……
酒呑さまぁ……僕はこのどんくさい人間をただ、お家に帰してあげようと思っただけなのにぃ〜。
それをこいつが、こいつがぁ〜!
いくらなんでも、踏みつけにされるなんてあんまりだにゃあ〜!」
どこから出しているのかと聞きたくなる甘ったるい声でみりんが酒呑童子に訴える。
「そうだ、そうだよなぁ〜。お前は悪くないぞ、みりん。
案内人のお勤めご苦労だった。」
白々しく「よーしよし」と言いながら、酒呑童子はチラリと雄太に視線を向ける。
二人の話はどんどんと雄太にとって良くない方向に進んでいく。
「酒呑さまぁ、僕はこの人に罰を求めますぅ。
こ〜んな可愛い僕を踏んだのです。
千年の牢獄で他のわる〜い鬼達と一緒に過ごしてもらいましょう?」
雄太は思わず背筋を震わせた。全て不穏な単語にしか聞こえない。
「まっ、待ってください……あれは不慮の事故で……」
弁解をしようと試みたが、みりんの凍てつくような鋭い睨みが飛んできて、つい押し黙ってしまう。
「……そうだなぁ。本来なら俺の配下を辱めた罪で牢獄で生かさず殺さず苦しんでもらうところだが……。
でも、みりん。残念ながら、彼は人間だ。
この世界を二つに分ける時、俺たち鬼は人間を殺したり苦しめたりしては行けないという決まりを作ったからなぁ。」
「そんなぁ〜!」
酒呑童子のその言葉にみりんは至極残念そうな声を上げ、対する雄太はほっと安堵するのであった。
とりあえず、酒呑童子達から痛めつけられる事はなさそうだ。よかった。
「そこでだ、雄太。お前は人間のやり方で裁かせてもらおうと思う。」
一瞬酒呑童子が何を言っているのかわからなかった。
「人間のやり方……ですか?」
雄太の問いかけに酒呑童子はニヤリと笑う。
「そうだ。罪を犯したのにお咎めなしじゃあ道理にかなわんだろう?
あぁ、そうそう。罪といえば、みりんへの傷害罪の他にも重要文化財を破壊した罪があったな。
こんな時、人間の間では慰謝料というものを請求するそうじゃないか。これでとうだ?」
そう言いながら、酒呑童子は5本の指を広げて雄太に示す。故意ではないとはいえ、自分がぶつかって落としてしまった石灯籠、踏んでしまったみりん。壊したり傷つけたりしたものは元通りにしなければならない。
その5本の指が示すものは、きっとその為の金額だろう。
「……50万ですか?」
雄太が恐る恐る聞くと酒呑童子が首を否と横に振る。
「5万とか……?」
へらっと笑いながら言った雄太の言葉に、酒呑童子は先程よりもぶんぶんと大きく横に首を振った。そうなると残す高額な単位は……。
「まっ、まさか……5ひゃくぅっ……」
「5億だ。」
億ぅうぅぅぅぅぅうぅぅぅぅ────!!!!
雄太は途方もない金額に驚きすぎて心の臓が止まる思いだった。一介の大学生が親に頼み込んだとしても簡単に用意出来る金額ではない。
「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと……そんなお金は……」
全身の震えと汗が止まらない。雄太はわなわなと身体を震わせながら無理だと首を横に振った。
────荒手の詐欺じゃあるまいし。
そんな雄太の思いは雄太を見下ろす恐ろしい鬼のプレッシャーの前に掻き消えてしまった。
「なんだ、払えないのか。
なら、仕方ないな。
お金で払えないなら、身体で払ってもらおう。」
酒呑童子は傍にあった脇息に片肘をついてもたれ掛かりながら、ニヤリと笑みを深くする。
「俺の望みを叶えれば、借金は見逃してやろう。
ちゃんと手も貸してやる。
どうだ悪い話じゃ無いだろう?
────さて、春日雄太。
頼みがある。」
雄太には、首を縦に振る以外の選択肢は残されていない。
これ程までに強制力の高い頼み事は聞いた事がないのだが.......。
雄太はゴクリと息を飲み意を決するしかないのであった。
おまけ
酒呑童子のどーでもの宴。
よお、人間。よく来たな。
なに?人間じゃないやつも読んでくれてるのか?
そりゃあ、嬉しい!!良い事だっ!
俺達の武勇伝を沢山の奴に知って欲しいからなぁ。
ここでどーでも情報。
『みりんがにゃ〜と鳴くのは甘えてる証拠』らしいぞ!
あいつ、甘えてたのか。いっつもにゃーにゃー鳴いてるのが普通だと思ってたわ。
しっかし、このおまけのコーナー名ひっどいな。
なぁ、人間。もっと良い名前つけてくれないか?
つけてくれたら、鬼の頭領権限で使ってやらなくもないぜ?
?「酒呑様、そろそろ……」
おお、そうだな。次の話に行かないとお前の出番もないもんな!
?「 …… 。」
黙んなよっ!無口だなぁ。
じゃ、まっ。
人間のお前も、人間見習中のお前も、次のお話に付き合ってくれよな!
んじゃーなっ!




