見知らぬ館
ぼんやりする意識の中、雄太がうっすらと瞳を開けると、そこには見知らぬ家の天井があった。
────あれ、俺はいったい……
視線を巡らせてみれば、ずいぶん古い木造家屋のようで、電気も見当たらず、広い室内には自分が寝かされている布団と、側にあるろうそく以外何もない殺風景な部屋だった。
ここはどこだ……?
自分に視線を戻してみると、見知らぬ着物を着ている。
あれ、和服なんて着ていたかな……?
雄太はいまいち状況がわからず、目をつぶって思案してみる事にした。
確か、俺は……萬場さんにフラれたショックで、篤謙と飲みに行って、解散して……
歩いて家に帰る途中、久しぶりに森の神社に行こうとして……
それで……
…………………… 。
静かに思案していると、突如として気を失う前の記憶が雄太にどっと押し寄せる。
「……あぁっ!そうだ、鬼っ!!」
猫もどきを踏んじゃって、神社の物壊しちゃって、鬼だっていうでっかい奴が空から降ってきて
その後……どうなった?
全く記憶がない。
俺、鬼に喰われて死んだのか……?
そう思った雄太は、慌てて自分のほっぺたをぎゅうっとつまんでみる。
「痛ひ……」
それは、自分が確かに生きている痛みだった。
あの後、降ってきた鬼に食べられたわけではなかったようだ。
「良かったぁ~」と雄太がその事実にほっと安堵していると、誰かが扉を開けて部屋に入ってきた。
この家の人かと思って視線を向けてみると、部屋に入ってきたのは予想外の格好をした人物だった。
虚をつかれた雄太は思わず目をまん丸くしてその人物を凝視する。
その人物は、子供と変わらぬ体躯の男の子で、頭には獣の耳、背後では細長い尻尾が遊んでいる。
着ている着物の袖が邪魔なのか、タスキの代わりに紅白のしめ縄のような紐で袖を縛っており、首には鈴付きの赤いチョーカーをしていた。
さらに、怪我をしているのか、おでこの大きなたんこぶを始め、手当てされた痕が体中のあちらこちらにうかがえて痛々しい。
────なんでそんなに傷だらけなんだろう。
そして、随分とリアルに動く耳と尻尾だ。
コスプレイヤーの方だろうか。
それに、なんだかこの少年のこの感じどこかで見たことがある気が……。
物珍しさから、じいっと少年を見つめていた雄太は、少年のぶっきらぼうな高めの声で我に返る。
「起きたか。」
「あ、はい。ついさっき起きたところで……
えぇっと……僕?は、ここのお家の子かな?
すみません。ずいぶんとお世話になってしまったみたいで。ありがとう。」
そう言いながら、布団から起き上がり正座をして、助けてくれたであろう恩人に礼儀正しく礼をする。
対するケモミミ少年は、雄太をチラリと一瞥するだけだった。
「…… 。起きたなら、朝餉だ。主様の命で仕方なく持ってきてやったんだぞ、感謝しろ。」
少年の年は6歳くらいだろうか。
口調、態度、仕草。全てにおいてトゲがあり可愛くない。
しかし、ここで世話になった恩人に腹を立てるのは筋違いな気がする。
なので雄太は「俺は大人だ、大人だぞ〜」と自らに言い聞かせて次の言葉を紡いだ。
「……何から何まで、ありがとう。
……えっと、その、主様っていうのは?
俺、ここがどこかわからなくって……。」
少年は食事の乗った御膳を雄太の前に準備した後、目線だけで雄太を一瞥すると、ため息をついて言い放った。
「はぁぁ……。お前、馬鹿か。
本当に何にも覚えてないのな。」
年端もいかない子供に馬鹿と言われて腹が立ったが、雄太は笑顔を顔に貼りつけてその場を凌いだ。
「まずは、冷める前に飯を食え。主様がお待ちだからな。話はそれからだ。
……大丈夫、毒なんて入れてないから。」
「入れたかったけどな。」という少年の声にならないほどの小さな呟きは雄太には届かない。
雄太は用意された食事をありがたく、たいらげるのであった。
食事が済むと、次は風呂場に放り込まれ洗われた。
「薄汚いままでは、主様の御前に出すのははばかられるからな。」
相変わらず毒を吐かれながらではあるが、ケモミミ少年が世話をやいてくれる。
雄太は着替えも風呂も自分独りでやるからと何度も主張したのだが、その度に少年の鋭い睨みが飛んできて、ついに抵抗することは諦めた。
新しい着物に着せ替えられ、長い廊下を歩く。
つい先程、雄太は少年の怪我の様子が気になって大丈夫かと問いかけてみたのだが、「誰のせいで……」と何やらぶつぶつと呟きながら、ここ一番のどす黒く冷たい視線が飛んできたため、今は何も言わず、少年の後をついていく事しか出来ないでいた。
心配したつもりだったのだが、地雷だったようだ。
日の出前のためまだ廊下は薄暗く、ケモミミ少年が明かりを持って雄太の前を歩いている。これから彼の言うあるじ様のところに案内してくれるそうだ。
前を歩く彼の着物から細長い尻尾がピンッとのぞいていて、歩くたびに左右に揺れる。
まるで猫が己の縄張りを主張しているときのようだと思って雄太はクスリと笑ってしまう。
その時、雄太はふと彼に抱いていた既視感の正体に気がついた。
──── そうだ。猫……。
彼はあの猫もどきに似ているんだ。
よく考えればわかることなのに、なぜ今まで気がつかなかったのか。
もし仮に彼があの猫の本当の姿というならば、彼の雄太に対するこの態度も、怪我も、この状況も説明がつく。
嫌な予感がする。
彼の主様というのはまさか……────




