人ならざるもの
「ぼーくらはみんな いーきている~♪
いきーているから うたうんだ〜♪」
自身の他に誰もいない広々とした石造りの階段を高らかに歌いながらずんずん進んでいく。
大自然の中で人目をはばからず声を張り上げるのは気持ちが良かった。
ちなみに、この歌を選んだのは実際に小学生の頃、この神社で友人達と遊んでいる時に歌っていたからだ。
雄太は階段の踊り場に立ち止まって「ふぅ〜」とひと息つきながら、今来た道を振り返ってみる。
子供の頃は、この神社の80段ほどある階段が永遠と続くように感じていたが、大人の足ではさほど距離がない事に驚く。
階段をあと5段ほど登れば神社の境内だ。
階段の上には石造りの立派な鳥居がそびえ立ちその奥にどっしりとした本殿がかまえている。
そして、その境内を鎮守の森が囲んでおり、神社は自然の月明かりに照らされて神秘的な佇まいを見せていた。
街灯などが周りに一切ないため、薄暗い雰囲気はあるものの、不思議と恐ろしさは感じなかった。
むしろ、雄太の記憶の中にある幼い自分が友人達と競うように境内を目指して駆けていく様子が思い起こされ、「あぁ、懐かしい」と雄太は目を細めた。
境内に立ち入ろうと階段に片足をかけた瞬間、何か白い塊のようなものが雄太の足元をかすめて通り過ぎた。
「うわっ!……あぁあぁあっ!」
『みぎゃあっ!』
突然の事に驚いた雄太は階段から足を踏み外してどしんっと空を見上げて転んでしまう。
……痛たたたっ
今何かが自分の足元を通り過ぎたきがしたのだが。
なんだか、白くふわふわした生き物のようだった。大きさはさほどなく、そうそう、ちょうど今自分の背中に当たっているような、滑らかな感触の毛が……
ん?滑らかな感触?
そこまで考えて我に返った雄太は飛び起きて自分の背後を確認する。
そこにはぺしゃんこに潰れたぬいぐるみのような物体が目を回しながら伸びていた。
『きゅぅぅ~……』
「うわぁぁぁっ!」
なんか踏んだ━━━━━━━━━!!!!!
驚きのあまり後方へ後ずさる。しかし、勢い余って傍にあった石灯籠に思いっきり体当たりをしてしまった。
ガンッ
年季の入った石灯籠の傘が鈍い音をたてて地面に落下する。
え ━━━━━━━━━━━━━━━!?!?
なんか、壊したぁあぁあ━━━━━━━━━!
石灯籠の笠は無惨にヒビ割れてしまっており、修復は難しそうだ。
神様の物を壊してしまったのだ。
バチが当たる。
そんな考えが浮かび雄太はどうしよう、どうしようとその場であたふたしてしまう。
それにしても、自分が踏んずけた物体はいったいなんなのだろうか。
恐る恐るそちらを覗いてみると、相変わらずまんまるの毛むくじゃらが気絶している。
紅白のしめ縄のようなリボンの飾りと鈴が首にあり、白色をベースに茶色や黒も混じった毛並みの……
これは、猫……?
どうやら生きてはいるようだが、動物病院などに連れて行って診てもらった方が良いだろうか。
そう思って、戸惑いながらも珍しい風貌の猫に手を伸ばす。
その時、突然地の底に響くような低い男の声が降ってきた。
「何をしている、人間。」
「…………っ!!!!?」
雄太は驚きすぎて口から心臓がまろび出る思いだった。
どきどきと早鐘を打つ胸を抑えながら、声の主を探そうと、そおっと神社の方を振り返るが、そこには誰もおらず、夜の暗闇の中に荘厳な社が佇んでいるだけだった。
気のせいだったのだろうか。
確かに、声がしたはずなのだが。
緊張しながらも、辺りをキョロキョロと見渡してみる。やはり人影は見当たらない。
雄太が不思議に思っていると、はぁぁ……とため息が聞こえてきて、びくりと肩を震わせる。
────気のせいじゃなかった……!
「よそ様の物を随分と破壊しやがって……」
「ひぃっ……!ごめんなさいっ!ごめんなさいっ!」
再び振ってきた声に恐ろしくなり、慌ててその場の地面に土下座の姿勢で丸くなり、頭の前でなむなむと手を擦り合わせる。
「まったく……。お前は、どこに向かって謝ってるんだ。
──── 上だ、阿呆。」
雄太が地面に座り込んだまま弾かれるように顔を上げると、鳥居の上に胡座をかいて座っている男と目が合った。
ざわっ────
夜風が吹いて自分とその男の髪と衣をすくい遊ぶ。
雄太は自分の目に飛び込んできた光景のあまりの美しさに、恐ろしさも忘れて言葉を失った。
その男は天女が纏う羽衣のように透き通った着物を頭からかぶり、上品な白色の狩衣を着ていた。
さらに、風にさらさらと遊ぶ長い髪は銀色の艶やかな絹糸のようで、その風貌は月の光に照らされて消えてしまいそうなほど儚い。
この世に神様が現れたならきっとこのような姿をしているのではないか、と思うほどだ。
「──── 神様……?」
雄太が惚けた表情でそう呟くと、男は少し驚いた表情をしてから、その容姿に似つかわしくない大声で笑いだした。
「だぁ~はっはっはっ!あぁ~はっはっはっ!
ひぃっ……っははっ!俺が、神!!はぁっ~っ
そうか、まぁ、人間様からしたら、そう見えるかもな。
……ふっははっ」
男は自分が神と称されたことに可笑しくて仕方がないようで、「腹を抱えてこんなに笑ったのはいつぶりか」と言いながら涙を拭っている。
「神様じゃない……?」
神様でないなら、あの男はなんなのだろうか。鳥居の上に座っているなど異常者以外の何者でもないと思うのだが。
雄太が訝しげに首を傾けると、その男はニヤリと笑ってこう言った。
「教えてやろう、人間。」
次の瞬間、男はすっと立ち上がると、トンっと鳥居を蹴って空中に身を投じる。
「えっ!?落ちっ……!?」
落ちるのでは。そう思い、無意識に後ずさってその結末を見ないよう腕で己の顔を覆う。
しかし、なんの気配もしないためそっと片目を開けると、地面に叩きつけられると思っていた男は、どういう原理なのか頭から被っていた羽衣に空気を纏わせて、雄太の足元にふわりと優雅に舞い降りてきた。
雄太は何が何だかもう分からず、開いた口が塞がらない。
雄太がぽかんとしていると、男は雄太にずいっと顔を寄せてニヤリと笑って言った。
「よく聞け、人間。
我が名は酒呑童子。
────……鬼の頭領だ。」
鬼!??
鬼って実在するのか??!?
確かに、そう言ってにいっと笑っている男の口の端には鋭い牙が覗いている。
しかも、酒呑童子って……
たしか、愛宕山の伝説の人喰い鬼じゃ……?!
そう考えた辺りで、雄太はあまりの衝撃に気が遠くなり、そのままぷつんっと糸が切れたように気を失ってしまった。
「ありゃ、死んだか?」
酒呑童子は、ぱたりと倒れた雄太を軽く足蹴にする。
息はしているようだ。
ショックのあまりそのまま眠ってしまったのだろうか。
酒呑童子は雄太の惚けた間抜け面を思い出してふっと笑う。
「……なかなかに傑作だったな。
まぁ、名乗ったところで俺に記憶を消されるんだがな。」
そう言って、雄太の横にしゃがむと雄太の額に手をかざす。
その時、酒呑童子の視界の端に見覚えのある印がある事に気づく。
「ん?この印は鬼酒の盃……。」
そう言えば、人間の中に盃の適合者が現れたと部下から報告があったな、ということを酒呑童子はふと思い出す。
────こんなに早く本人と巡り会うことになるとは。
「……探しに行く手間が省けたか。」
酒呑童子はひょいっと雄太を小脇に抱えると立ち上がった。
にゃあんっ
いつの間に目覚めたのか、あざだらけでボロボロのみりんが酒呑童子の横にいた。
みりんは雄太のことを見ると、ふぅぅーっと威嚇するように毛を逆立てる。
「すぐに助けてやれなくてすまなかった、みりん。
おいで、帰ろうか。」
そう言うと、酒呑童子は社に向かって歩き出す。
みゃあんっ
一声鳴いて、酒呑童子の後を追ってみりんが歩き出す。
二人と一匹が夜の闇に溶けて消えて行くのを、穏やかな月だけが、そっと静かに見守っていた────。
おまけ
??のどーでもの宴
にゃっ!ここまで読んでくれてありがとうだにゃあ!
しかし、あいつ本当に主人公かにゃ?どんくさいったらありゃしない。武術できる奴設定が泣いてるにゃあ!
ここでどーでも情報〜!にゃ。
『酒呑童子が飛ぶ時に使っていた羽衣は、天女が酒呑童子に一目惚れして贈ったもの』らしいにゃ!
酒呑童子様は男の僕でも見惚れるほどの、絶世の美男子だからわかる気がするにゃ。
おっと、あるじ様に呼ばれたから僕は行くにゃ!
ん?僕が誰かって?
それは、次のお話を読んだらわかる事にゃ。
じゃあ、次のお話で君を待ってるにゃっ♪
ばいば〜いっ!




