二人の鬼の戦い
茨木童子は己の額から頬を伝い流れ落ちてくる血をペロリと舐めると、満足そうにニタリと笑った。
そして、ゆらりゆらりとふらついた足取りで、一歩また一歩と酒呑童子に歩み寄っていく。
「混沌の……闇…………」
突然、茨木童子が掠れた声でポツリと呟いた。
それを聞いた酒呑童子の表情が険しさを増し、静かに殺気を纏う。
その場にピリッとした緊張が走った。
「混沌の闇…………?
何を言っているのだ、茨木童子!?
それは、それだけは、再びあってはならぬ災厄の時代の事ではないか.......。
この世界が滅びるのだぞ。滅ぼして何になる!!!??」
酒呑童子はギリッと歯を食いしばって、苦いものを噛み締めたような表情で茨木童子に問いかける。
「 ……………… 。 」
その問いに対する答えはなく、茨木童子はただ微かに笑うだけであった。
「…………何も言わない……か。
……法に触れたお前を、鬼の頭領としてこの先に行かせるわけにはいかない。
この罪は、その身を持って償ってもらおう、茨木童子!」
酒呑童子は己の拳をぎゅっと握りしめると、茨木童子を睨みつけた。
「あぁ……酒呑…よ……… 、決着を…つけよう……… 。」
肩で息をしながら茨木童子がそう言うと、酒呑童子を不敵に睨み返す。茨木童子の赤褐色の瞳がキラリと輝き、黄金に色を変えた。
次の瞬間、緋色の闘気が爆ぜ、茨木童子を包み込む。
────金色の瞳……。力の全解放か。
こいつ、どこにこんな力を隠してやがったんだ.......。
熱い闘気が巻き起こす爆風は盾の役割を果たしており、茨木童子の首を取るため近づこうにも、本人までたどり着けそうもなかった。
このままこの風に対応できなければ、茨木童子に大技を使うための時間を与えてしまうだけだ。
────この風の中では、鬼殺しの秘剣は使えない。
ましてやここで自分がやられて命を落とすようなことがあってはならない。鬼の頭領であるこの両肩には数え切れないほどの命の責任を背負っているのだから。
.......ならば。
酒呑童子は、覚悟を決めた様子で地を蹴った。
茨木童子は渦巻く闘気の中で、酒呑童子の様子を観察していた。酒呑童子はやっと動き始めたかと思えば、茨木童子の周りをくるくると走り回るばかりで、一向に攻撃を仕掛けてくる様子はない。
何故かと考えて、茨木童子はハッとひとつの結論にたどり着いた。
────酒呑童子が今使える技は、この風の中では威力を発揮することが出来ないのだ。
勝った……!
と心の中で茨木童子はニヤリと笑みを深くする。
今までに一度もついたことのない勝負の記念すべき初勝利だ。
しかし、次の瞬間、酒呑童子が茨木童子の前から忽然と姿を消した。
──── 何っ?!消えた!?
何処どこだ?!何処に行った??!
茨木童子は視線を巡らせるが、酒呑童子は完全に気配を絶っているのか、辺りを見回しても姿をとらえる事は出来なかった。
その時、びゅうっ!と上空から風を切る音がして、反射的に空を仰ぐ。
「上かっ……!」
竜巻状の風は、茨木童子がいる中心部だけ吹き飛ばされるような風の影響をほとんど受けないため、この風の盾の唯一の弱点であった。
「鬼酒生成……縛!」
酒呑童子の詠唱と共に、円形の五芒星の中に無数の鎖が現れ、茨木童子の腕や身体を地に縛り付ける。
「くそっ……!身体がっ…………動かないっ!」
茨木童子が呪縛の鎖から逃れようと抵抗するも、鎖はそんな茨木童子の身体を更に締め上げる。
そうこうしているうちに、無数の波打つ黒い手が現れ、茨木童子を地底へと引きずり込んで行った。
茨木童子は鎖に囚われてようやく理解する。
先ほど酒呑童子が茨木童子の周りをくるくると回っていたのは、攻撃の手段がなかった訳ではなく、初めから茨木童子を捕らえるつもりだったのだという事を。
────完全に油断したっ!!
そして、おそらくこの術は千年の牢獄への入り口。一度捕まれば千年は出てこれないとさえ囁かれるような堅い牢獄だ。
「くそっ……!こんな、所で……!
ぬぁぁぁあぁあぁぁぁあぁあぁー!!!
必ず……必ず……!地の底から這い上がってやるからな!
酒呑童子────!!!」
茨木童子の叫びを最後に、どぷんっと重たいものが沼に沈んだような飛沫が地面に上がり、地面で光を放っていた五芒星も小さくなり消え失せた。
ドサッ!
力を使い果たした酒呑童子がその場に膝をつく。
茨木童子のせいで、自分の特殊能力もほとんどが失われてしまった。
なんとか茨木童子を地の底にある鬼の牢獄に引きずり込むことは出来たが、正直ギリギリの戦いだった。
────今は立ち上がる気力さえ残ってはいない。
「ははっ……俺も落ちたものだ。」
そう自嘲気味に笑うと、酒呑童子は大地に身体を投げ出し、そのまま意識を手放した。
鬱蒼とした森には、さっきの喧騒がまるで嘘だったかのような、いつもと変わらない静寂が訪れたのだった。




