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鬼の宴 - ENN -  作者: 星夜 燈凛
17/19

舞い込んだ幸運




「終わったぁー!!」

 夏休み前最後の講義を終え、講堂を出た雄太はすがすがしい気分で伸びをする。そこへ、雄太の親友篤謙がやってきた。

「春日ちゃん、お疲れぇ~!」

 相変わらずふわふわと間の抜けた声に雄太は自然と笑みをもらす。

 二人は帰宅するため、大学の建物を出ようと歩き始めた。


「春日ちゃん、夏休みなにすんの?」

「なにってそりゃあ.......」


 ────借金の返済の代わりに鬼を手伝って世界を救ってきます、なんて頭のおかしいこと普通に言えないよなぁ.......。


「ば、バイトかなぁ.......!」

 雄太は明後日の方向を向き、それっぽいことを言って誤魔化した。雄太は嘘をつくのがとても下手だ。


「あー、だから最近、早く帰ってるのかぁ~!大変だねぇ。」


 普通の人なら、雄太のこの挙動不審な行動にツッコミを入れてくるところだが、おおらかな性格の篤謙はあまり気にしていないようだった。


「篤謙は?」

「僕は田舎のじいちゃんとばあちゃんのとこ。じいちゃん最近、腰悪くしちゃってさぁ~。」

「そっか、きっと篤謙が行ったら篤謙のじいちゃんたち喜ぶな。」

「えー、こき使われるだけだよ~。」

「はははっ!違いない。」


 そんなたわいもない話をしながら、二人が大学の廊下を歩いていると、ふと後ろから呼び止められた。


「あの.......春日くんっ!」

 雄太が振り返るとそこにいたのはなんと、この大学のマドンナ萬羽桜子だった。

「ま、萬羽しゃんっ.......!!?」


 ────まずい、声が裏返った。俺、かっこ悪っ。


「いきなりごめんねっ!言語学のレポート、今から全員分集めて教授のところに持っていくところなんだけど、春日くんのだけなかったから。もしかして、もう先に出しちゃってた?」


 彼女の華奢(きゃしゃ)な首が雄太の様子を窺うようにそっと(かし)げられ、さらさらの髪が彼女の薄桃色のほほを滑り落ちる。


 ────か、可愛いいいいぃぃぃぃぃい~!!!!!


 心の中の雄太が頭を()きむしり鼻血を吹いて(もだ)える。

 今自分の目の前にいる女の子は天から舞い降りた天使なのだろうか。

 薄紅色のルージュで(いろど)られた(つや)やかな唇から(つむ)がれる言葉は雄太を昇天させるには十分な威力だった。


 ────初めて話しかけられたっ!!神よ、この幸運に感謝しますっっっ!!!!


 雄太は心の中で全力で万歳をしながらそう叫んだ。

 そんな心の内が漏れ出ていたのだろうか、先ほどから、横にいる篤謙が何かを訴えるように雄太の横腹にドスドスと肘鉄を叩き込んできていた。

 雄太は未だに喜び舞い上がっている本音の自分を何とか封じ込め、努めて冷静に返事をした。


「あぁ、レポート!危ない、出し忘れるところだった!!ありがとう、萬羽さん。」


 本当は朝大学に着いた際に、とっくに提出済みなのだが、桜子が心配して話しかけてくれたことが嬉しくて、雄太の口からはつい出任せが出る。


「わぁ!それはタイヘンだァ!!今スグ出しに行っておいでヨ、春日チャンッ!!」


 ────わぁ、お前演技下手くそだなぁ.......。 


 その事実を知っている篤謙が、意図を察して同調してくれたのだが、まるでお遊戯会の劇のセリフを聞いているような調子だった。


「その重そうな荷物も手伝ってあげたいケド、僕は用事があるんダッタァ!!ソレジャ、お二人サン、良い夏休みを~!!」

 そういうと篤謙は雄太にしか見えないように親指を立てて幸運を祈るというハンドサインを残して足早に去っていった。


 ────親友、ありがとう!!この恩は忘れない.......!


 去っていく篤謙にだけ見えるよう雄太も同じくハンドサインを送る。そして、雄太はさわやかな笑顔を浮かべて桜子の方を振り返った。


「あ、それ重いでしょ?俺が持つよ。」

 そう言って雄太は、桜子の持っていた資料を大方奪い取ると、研究室に向かって歩き出した。

「いや、そんなに待ってもらったら悪いよ。」

 大慌てで雄太を追いかけてくる桜子が、申し訳なさそうな表情で雄太を見上げる形になった。 


 桜子の自然な上目遣い攻撃!!効果はバツグンだぁ。

 雄太はきゅんきゅんしている。


 ────可愛っ.......!!!俺、背高くてよかった!!


 雄太は口では「大丈夫だよ。」言いながらも、内心はガッツポーズをして涙を流したいくらいだった。


 雄太と桜子は並んで階段を昇っていく。桜子の髪がサラサラと揺れるたびに、少し甘いシャンプーの香りがした。


 ────なんか、いい匂いする~。やばい俺、今幸せ.......!!


 今まさに雄太の顔は、目と鼻の穴は最大限に開かれ、鼻の下を伸ばしなんとも情けない顔である。


 そんな感動を噛み締めていた雄太だが、ふと階段を上る桜子の足取りが重いことに気が付いた。なぜかと気になり注意して見ていると、どうやら右足を少し引きずっているようだ。(わず)かにずれた靴下からは固定のために使うテーピングがのぞいていた。


「萬羽さん.......その足どうしたの!!?」

「あ、見つかっちゃった.......。」

 テーピングが見えていることに気が付いた桜子が、ちょこんと舌を出していたずらっぽく笑う。雄太の心情はもはや言うまでもない。


「先週、買ったばっかりのヒールを履けるのが嬉しくて、はしゃぎすぎて思いっきり、足首をひねっちゃって。……うふふ、私ってば何やってるんだろうねぇ?でも、だいぶ良くなったから、心配しないで!」

 そう言うと、桜子は笑顔で力強くVサインを作って雄太に見せた。


「萬羽さんでもはしゃぐことあるんだ.......。」

「え?」

 雄太は心の中で言ったつもりだったが、声に出てしまったらしい。慌てて己の口を手で塞ぐ。


「え、いや。それならそうと言ってくれたら、俺が資料を教授のところまで全部持って行ったのに。」


 雄太は独り言を笑顔で誤魔化し、なんとか取り繕った。すると桜子は、雄太に抗議するかのように少しだけ膨れてこう言った。


「ううん、それは、ダメよ。この文学部の研究棟がなんて言われてるか知ってるでしょう?

 私の勝手なわがままで他学部の春日くんを困らせる訳にはいかないもの。せめて、私も一緒にいかなきゃ。」


 この大学の研究棟は迷宮棟とも呼ばれ、特にこの文学部の研究室は同じような景色がずらっと続く。よく知っているつもりでも、角を曲がり間違えたりするといつの間にか迷ってしまうこともあるのだ。経済学部の雄太は自由選択科目の授業以外で文学部の研究棟に立ち入ることはない。


 しかも、この大学は無駄に広い上に、施設の数もかなり多い。

 一年生の頃は大学内でよく迷ったものだと、雄太は懐かしく思う。


 思えば、桜子との出会いも雄太が大学内で迷ったおかげだった。





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