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鬼の宴 - ENN -  作者: 星夜 燈凛
15/19

戦う覚悟






 清々しかった夏の朝は、太陽が昇るにつれてジリジリと焼かれるような暑さに変わっていく。

 雄太と日本酒は互いに距離をとり、静かに木刀を構え睨み合っていた。




 雄太は数分前の日本酒との会話を思い出す。



「なぁ、清光。」

 間合いを取るため離れていく日本酒の背に雄太が呼びかけると日本酒は背を向けたままピタリと立ち止まった。


「.......なんだ。」


「もし、俺が清光から一本取れたら、俺の強さの証明になるか?」


「.......はっ。随分な自信だなぁ。

 良いだろう。もし、万が一、お前が私に一太刀浴びせられたなら、酒をくれてやる。

 .......まぁ、それが出来れば、の話だがな。」


 ────絶対、一本取る。


 雄太は心の中で決意を固める。

 何しろ、これから行われるのは雄太が得意とする剣術だ。



 雄太は幼い頃から祖父の修行という名の無茶苦茶な要求に応えてきた。


 祖父の要求は本当に容赦がなく、車で一時間ほど行った見知らぬ山奥に放り出され、走って家に帰ってこいとか、大きな猪と素手で戦って勝ってこいとか、そんな無茶振りばかりであった。

 木刀は一日何万回と振らされたか分からないし、大人相手に組み手をして全員に勝てなければ飯抜きにされた。

 友人と遊ぶ間もほとんどなく、一心不乱に武術の修練を積み重ねてきたのだ。己の得意分野で勝てなければ立つ背がない。




 雄太は、改めて数メートル先に居る日本酒を見る。目を閉じて木刀を構えるその姿は全く隙がない。

 鬼だから強いというわけではなく、日本酒自身が努力し作り上げた剣士の風格が伺えた。


 強い相手だとは思っていたが、正直どこからどう斬り込んで良いのかわからない。



 ────でも、この鬼に勝たないと、俺の望みは叶わない。



 雄太は「よしっ。」と決意を新たに、己の得物を握り直し、斬り込むタイミングを図り始めた。



「おい、人間。かかって来ぬのか?

 ならば、こちらからゆくぞ……っ!」



 そう言って日本酒が地を蹴ったかと思うと、風のような速さで距離を詰め、飛び込んでくる日本酒が目前に迫っていた。


 ────はやっ!!


 カーンッ!と木刀同士がぶつかり合う音が庭に響き渡った。



「……よく受け止めたな。少しはやるようだ。」


 日本酒が意外そうな声を上げる。


「だが、いつまでもつかな?」


 日本酒は僅かに口の端を吊り上げたかと思うと、次々に雄太に向かって木刀を振り下ろした。



「ほら、さっきの大口はどうした!?そんな防戦一方では、私に一太刀浴びせることなど出来ぬぞ。」



 雄太もそれは重々わかっていた。だが、日本酒の一撃一撃は素早く、重い。

 なんとか食らいついて防いではいるが、手の感覚が徐々に薄れていくのがわかった。


 ────落ち着け、考えろ。


 何か策をと考えるが、戦場に降る矢の雨の如く止まない日本酒の攻撃の中、妙案が浮かぶはずもなかった。


 いや、これ無理ぃぃいぃい〜!!!!


 今まで戦ってきた大人達にこれほどの使い手は一人もいなかった。


 雄太が鬼と人間ではやはり敵うのは難しいのではと諦めかけた瞬間、日本酒の攻撃の手が一瞬緩んだ。


 雄太はその僅かな隙を見逃さなかった。


 好機とばかりに素早く突きの一手を繰り出す。


 ────もらったぁっ!!


 雄太がそう思ったのもつかの間、日本酒はひらりと身をよじって、すんでのところで雄太の突きを避けてしまった。


 ────え、うそっ!?振らされた!!?


 雄太がそのことに気づいた頃にはもう遅い。


「若いな。」


 突きで無防備になった雄太の背中を日本酒は柄頭でトンと打った。


 雄太はなすすべなく大地に身体を投げ出されたのだった。









 真っ暗な闇の中。


 誰かの声がする。


 俺を呼んでいるのか?


 酷く体が重い。

 なんだかくらくらする……。


 なんだよ、もう少しゆっくりさせ……。

 


 ばしゃあっ


 まどろみの中にいた雄太の意識は、突如として降ってきた冷たい水によって引き戻される。


「おい、いつまで寝ているつもりだ。起きろ。」


 飛び起きて見上げれば、仏頂面で木製の桶を抱えた日本酒が立っており、騒ぎを聞きつけて酒呑童子や他の酒鬼達まで縁側に集まってきて雄太を見下ろしていた。


 !!!!?────俺、気を失っていた?!

 

「なんと、軟弱な。ここが戦場だったなら、お前は既に死んでいる。」


 日本酒から静かに告げられる事実に、背筋がぞっと寒くなる。無意識に木刀を掴む手が震えだしていた。


 これから雄太が戦おうとしている相手は、自我を失っており、命乞いをしたところでそれが通じるような相手ではない。


 雄太が負ける時、それすなわち己が死ぬ時だ。


 いくら望みが叶うのだと言われても、昨日今日会ったばかりの相手のために己の命をかけて戦うというのは、やはり簡単に納得のいく話ではなかった。



「死ぬのが怖いか、人間。」


 無表情のまま静かに日本酒が問うてくる。


「……あ、あたりまえだろっ。」


 この世に死ぬのが怖くないものなどいない。死んでしまってはそこで終わりなのだ。



 すると、それまで黙って事の成り行きを見守っていた酒呑童子が動いた。酒呑童子は日本酒に向かって下がるよう片手を上げて合図したかと思うと、雄太の前にしゃがみこんで目線を合わせて口を開いた。


「……一つ話をしよう、雄太。俺が力を失う原因となったのは茨木童子という鬼のせいだ。」


「いきなり何を……」


 話の意図がわからずに雄太は眉根を寄せる。そんな雄太に構うことなく、酒呑童子は話を続けた。


「俺達は幾度となく茨木童子と戦ってきた。奴は初めのうちは己の力を誇示するのが好きなだけの、ただの考えなしだったのだが……何を思ったのかある日突然、奴は人間を根絶やしにすると言い出した。」


「え!?」


「もちろんそんなバカを野放しにする訳にはいかず、討伐を試みたのだが、茨木童子ときたら火力だけは異界でも桁違いの奴でな……弱りきった我々では、討伐ではなく封印するのでやっとだったのだ。」


 雄太はなんだか遠い外国の御伽話を聞いているような気分だった。鬼の世界の話をされてもまったく現実味がない。


「奴との戦いで俺はほとんどの力を失った。

 そんな中施したその封印とて、万全なものではないんだ。


 ……奴は間違いなく復活する。

 そして、今の力を失ったままの俺には奴を止めることはできない。


 ────これが何を意味するかわかるか?

 奴がこの地に解き放たれれば、お前の家族、友人、恋人、もちろんお前も……抵抗する間もなくみんな死ぬと言うことだ。」


「……。」


 告げられた言葉の壮大さに思考が停止する。『みんな死ぬ』そんなことが本当にあり得るのだろうか。あり得るのだとしたら……


「……それは嫌だ。」


 雄太の脳内に家族や友人の顔が走馬灯のように浮かんでは消えていく。


 そして誰よりも守りたいと思う女性の笑顔が雄太を奮い立たせる。



 ────たとえ自分の一方通行な思いっだったとしても。


 彼女が笑えない世界など、あってたまるものか。



 酒呑童子は雄太の目の色が変わるのを見て安堵したかのようにふぅっと息を吐いた。


「次は我々も遅れは取るつもりはない。

 ただ、奴を解き放たないためには、雄太。お前の力が必要となるのだ。

 まぁ、元々、盃の戦士は人間のが危機に瀕した時に呼び出され、人間のために戦う存在だ。人のために戦うという役目には変わりない。

 なぁ、雄太。数多の人間の中でただ一人、守りたいものを守れる力がお前にはあるのだ、ということをゆめゆめ忘れるでないぞ。」



 木刀を手に立ち上がる雄太の顔にはもう迷いの色は消えていた。


「清光さん。もう一度、お願いします。」


 雄太は日本酒に向き直ってそう言うと木刀を構え直す。日本酒はただ静かにうなずくと、かかってこいと言わんばかりに手招きをした。


 二人の激しい撃ち合いは日が暮れるまで続いたのだった。






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