でっかいわんこみたいな男
〈引き続きロシェリート視点〉
僕は知ってる。
外に出て人と話すのが好きな人を、ずっと閉じ込めていると、心が壊れてしまうって……。
イグナーツ様は知らないかもしれないけど、僕は、その事をよく知っていた。
「……そうだったんですね。わかりました。イグナーツ様には内緒にしておきます。……ですが……」
それでも、やっぱり外に出ても大丈夫なのかと、心配なのは心配だよ……。
言葉を途切れさせてしまった僕を、アル様の青い瞳がじっと見つめる。
僕はそこにプラチナブロンドの自分の姿が映っているのを確認しながら、心を込めて伝えた。
「どうか、ご無事にお戻りください……」
アル様はガタンと席を立つと、ぐるっと机を回り込んで、僕の頭をアル様の肩に引き寄せた。
大きな手に優しく頭を撫でられて、アル様は不安な僕を慰めてくれてるんだと気付く。
今でこそ声も出せず表情も変わらない人だけど、きっとこの人は元々、よく笑う優しくて温かい人だったんだろうな。
だって、こんな風に人に触れて励ますようなやり方、僕には全然できない。
それどころか、これまでリツマに心の中で沢山触れてもらった経験がなかったら、こんな慰めを受け止める事すらできなかったかもしれない。
僕は、心の中でリツマに感謝しながら、お礼の言葉を口にする。
「ありがとうございます、アル様」
慰めへの感謝を伝える僕の笑顔は、やっぱりアル様の青い瞳にちゃんと映っていた。
***〈リツマ視点〉
シオンと飯を食うようになって1週間ほどが過ぎた。
あのかなり強引な約束の後も、わりと強引に時間と場所を指定されて、それからは結局、毎日一緒に夕飯を食ってる。
別にいーんだけどさ、話も合うし、気も合うし。
けど、俺はもっと他の奴とも話したいんだよな。
これがシオンじゃなきゃ、他の奴らにも声をかけて一緒にワイワイできるんだけど、シオンは何せ見た目が見た目だからなぁ……。
誰が見ても怖がる黒髪黒眼のせいで、シオンがいると他の奴を巻き込めねーんだよな。
俺はそんな事を思いながら、待ち合わせの時間まで町をぶらついていた。
両手を頭の後ろで組んだ俺の髪には、シオンと初めて会った時に買った手拭いが巻かれている。
買ったばっかだったのに水と泥でドロドロになって、手洗い面倒だなぁなんて思ってたんだが、シオンが洗って返すと言って持って帰ったんだよな。
……あれも多分、俺ともう一度会う口実のひとつだろうなぁ。
まあ、シオンの見た目じゃ俺以外の奴とは会話できるわけもねーからなぁ。
そこがわかるだけに、邪険にできねーんだよな。
悪い奴でもないのにひとりで寂しい思いしてるなんて、なんかロシェみてーだしさ。
お?
通り過ぎかけた定食屋の、窓から見えた店内の様子に足を止める。
もう一度よく覗き込んで、俺は頷いた。
この店なら奥のテーブルに座ればシオンの顔が他の奴から見えそうにないな。
ついつい店内の作りから、あの串焼き屋に通いがちだったけど、俺は食いもん屋もドンドン新規開拓したい方なんだよ。
掃除も行き届いてるっぽいし、店内の雰囲気も悪くねーな。
今日はこの定食屋で食ってみるか。
そう決めると、俺は足取りも軽く待ち合わせの場所へと向かった。
「よぉ、シオン」
声をかけると、シオンがフードを手で押さえながらそろりと顔を上げる。
「リツマ!」
嬉しそうに俺を呼ぶその声に、なんとなく息が苦しくなる。
シオンは町の奴らに顔を見られないように、町の中ではいつも俯いている。
だから、待ち合わせ中でも、俺をキョロキョロ探している事はない。
ただじっと、俺が来るまで俯いたまま立ってる。
シオンは思った通り、早めに待ち合わせ場所にいたようだ。
多分こいつ、俺とぜってーすれ違わないようにって、可能な限り早く来てるんだろうな。
中々来ない相手を待ち続ける健気な姿に、俺の脳裏に忠犬ハチ公像が過ぎる。
いやマジで、俺死なないようにしねーとな。
こいつ俺が来るまで冗談抜きで一晩中待ちそうだからな……。
シオンと合流して「今日は新しい店に行こうぜ、いいとこ見つけたんだ」と誘うと「そうか、楽しみだ」と言葉が返る。
どんな店かとか、人目につかないかとか聞かねーんだな。
……俺の事、信頼してくれてんだな……。
そう思ってしまうと、胸がじんとした。
あーくそ、わかってるよ。
でっかいわんこみたいな男に懐かれて、悪い気はしてない。
いや、まあ、結構……嬉しいと思ってはいる。
けどさ、ロシェが今やってる仕事って短期の仕事で、期限こそ未定っぽいけど終われば元通りに、城での勤務に戻るっぽいんだよな。
だから、せっかく懐いてくれても、俺はこのわんこ男を、……この町に置いて帰んなきゃなんねーんだよ。
それがわかってんだったら、あんま深入りしねーほーがいーだろ?
楽しい時間が長いほど、きっと悲しい時間も長くなっちまうからさ……。
「……リツマ?」
声をかけられて、俺は慌てて顔を上げる。
マジか、俺俯いてたのかよ。
人といる時に感じ悪ぃ事しちまったな。
「悪ぃ、話しかけてたか?」
「注文は決まったか?」
「俺は店員さんに話聞いて決めっから、シオンが決まったなら呼ぼうか」
「じゃあ頼む」
「シオンは何にしたんだ?」
「ミガホロロ定食にしようと思う」
「へぇ……」
なんだそれ、と思いながらもシオンの注文を飲み物まで聞き取って、俺は店員を呼んだ。
髪を左右で結んだ若い店員の女子に、こっちにもツインテールという単語はあるんだろうか、なんて思いながら尋ねる。
「この店初めて入ったんだけど、オススメって何がある?」
「初めてなら、肉厚ぶよステーキを一回食べてみなよ、ほっぺが落ちるからっ」
気さくな喋りに笑顔を添えられて、俺もニッと笑って返す。
「いいねぇ、いくらすんの?」
ステーキって店ん中でも大抵最高価格じゃねーの?
俺は念の為値段を確認してから、それならまあギリ予算内かとそれを頼んだ。
シオンの分の注文も俺がする。
可愛い女の子の「きゃー」なんて悲鳴は、……いや、それはそれでいいかもしれないが、悲鳴を上げられるシオンはたまったもんじゃねーだろうからな。
シオンは店員が立ち去るまで、顔が見えないよう深くフードを下げてじっと俯いていた。
「もー大丈夫だよ」
俺の声は、俺が思ってたよりも随分優しげで、やっぱマズいなと思う。
……もう今のうちに言っとくか。
俺はここにずっとは居られねーって……。
「……あ、あのな……」
「リツマはあまりメニューを見ないな」
顔を上げたシオンにそう言われて、俺はぎくりと肩を揺らした。
「……あー……、その……」
そうなんだよな。
この国って、よくある中世ヨーロッパ風の世界のわりに、意外と庶民まで皆文字の読み書きができるんだよ。
だから、俺みたいないい大人が文字が読めないなんて、誰も思わねーわけだ。
俺がシオンから視線を逸らすと、シオンは「……まさか……」と小さく呟いた。
「まさかって言うんじゃねーよ、傷つくだろ」
「あ、ああ、……いや、すまない」
「俺、この国の文字は読めねーんだよ」
ぶっきらぼうに答えた俺に、シオンが火傷だらけの顔で瞬いた。
「……リツマは別の国の生まれなのか」
「そ。こっからずーっと遠いとこ。そこの字なら書いたり読んだりできんだけどさ、この国のは全然無理なんだ」
「ああ、どうりで……」
「シオンの見た目を怖がらなかったって?」
「そうだ」
「俺のいたとこは、黒髪も黒眼もうじゃうじゃいたからな。見慣れてたんだよ」
「まさか……そんな国があるなんて……」
動揺するシオンの様子に、俺は言葉を足す。
「言っとくけど流刑地とかじゃねーからな?」
「ああ、いや……。なんと言う名前の国なんだ?」
俺は、5年前まで暮らしていた場所をぼんやりと瞼に浮かべながら答えた。




