リツマはお菓子って作れる?
〈引き続きリツマ視点〉
「日本」
「聞いた事がないな」
「遠ーーーーーくの国だからな」
「しかし、リツマの外見はこの国の者のように見えるが……」
「まあ、これにはちょいとワケがあんだよ」
「……そうか」
シオンは俺に話す気がないとわかると、それ以上を聞かない。
そういうところが、一緒にいて楽だと思う。
「この国の文字を教えてくれる人はいないのか?」
「いねーことはねーんだけど、あいつも仕事忙しそうだし、あんま迷惑かけたくねーから」
あの真っ白な心の空間で、ロシェが文字を教えてくれようとした事はある。
けど、あそこにはペンも紙もねーから、難しかったんだよな。
ロシェは真面目だから「じゃあ僕が練習用のノートを作っておくから、そこにリツマが僕の体で書いて覚えてくってのはどう?」なんて言ってくれたんだが、学生の頃は課題やらレポートやらで忙しそうだったし、就職したらしたでまた忙しそうで……。
また今度でいいよ。
そんな困ってねーし。
なんて断り続けて5年近くが過ぎてしまった。
今では数字くらいはなんとなく読めるようになったし、トイレとか、食堂とか、なんとなくで覚えた単語もいくつかあるし、今更教えてくれってのもな……と思っていたところだった。
「リツマが良ければ、私が文字を教えようか?」
「え……」
「紙とペンなら私が持っているし、ここには机もある」
「いいのか?」
「ああ、お安いご用だ」
マジか!
文字が読めるようになりゃ、俺もメニューから食べ物が選べるようになるよな。
店員と話してオススメを聞くのも楽しいっちゃ楽しいんだが、たまにはじっくりメニューを眺めて選びたい気持ちもあった。
「ありがとうな、シオンっ、すげー嬉しい!」
俺の言葉に、シオンが息を呑む。
フードの中の火傷だらけの顔は、まだ酒も飲んでいないのに赤らんで見えたような気がした。
***〈ロシェリート視点〉
このお屋敷での仕事を始めてから、早いものでもう2週間になる。
一昨日まではアル様の書類仕事がほぼ終わっていたので、午前中だけお仕事をして、午後はアル様と2人でお庭を散歩したりとのんびり過ごしていた。
アル様はとても博識で、花や草の名前も沢山ご存知だ。
僕は知らなかった草の名前をアル様に聞く度に、翌日のアル様のお仕事中にそれを書庫で調べるのが小さな楽しみになっていた。
だけど、昨日イグナーツ様がどっさり新しいお仕事の書類を持ってきてくださったので、しばらくアル様は締切の近い仕事からどんどん潰していく事になりそうだ。
僕は午前中のうちに必要とされるであろう資料を全て執務机に順序よく並べ終えて、買い物のために外に出るとアル様に伝えてから調理場に向かった。
調理場の隅にある椅子に腰掛けて目を閉じると、意識を体から離して、自分の内側へと潜り込む。
真っ白な空間に現れた僕を見て、リツマは「お、買い物か?」と声をかけてくれた。
「お買い物は頼もうと思ってるんだけど、その前にちょっと相談があるんだ」
「なんだ?」
僕は、お仕事を頑張っているアル様を応援したくて、リツマに相談する。
アル様は最初の日に、甘い物は好きだと答えてくださったんだよね。
それで、リツマも食事にフルーツとかは添えてくれてたんだけど……。
「ねえリツマ、リツマはお菓子って作れる?」
「菓子? んー……あんま洒落たモンは作れねーけど、クッキーとかパンケーキとかカップケーキみてーな、腹が膨れる系のは作れるな。ゼリーとかフルーチェとか混ぜるだけみたいなやつは作ってたけど、こっちじゃあーゆーゼリーの素みてーのは見かけねーしな」
よくわからない言葉もあったけど、簡単な物なら作れるみたいだ。
「材料って町で買えそうかな?」
「んー、買えるっちゃ買えっけど、甘くすんなら砂糖がたっぷりいるし、美味くすんならバターもたっぷりいるぜ? あと卵とか乳だな」
う……、なんかどれも結構高い食材だ……。
「つまり、今の食費じゃ無理って事?」
「すげーちょこっとでいいなら、1週間くらい切り詰めりゃ予算内でいけるってとこかな」
「わかった。じゃあお金は僕が払うから」
「へぇ、ロシェが自腹切んのか」
「うん。僕がアル様に喜んでほしいから、お金は僕が出すよ」
「そんなら、こんくらい入れてくれれば、パンケーキなら1皿分作れるな」
リツマが指を2本立てる、銀貨2枚分だろうか。
「できれば日持ちする物の方が長く食べられるから、クッキーがいいな」
「だとしたら、1皿分だとこんくらいか」
指がさらに4本増える。
う、クッキーの方が高いんだね……?
「銀貨6枚分……?」
「ロシェも食べたいなら、もーちょい増やしてくれれば一緒に作れるぜ?」
そんな事を言われてしまうと、僕も食べたくなってしまう。
「んー……、じゃあ金貨1枚入れとくから、僕の分もお願いします……」
「金貨は町の買い物にゃ使いづれーから、銀貨にしてくれ」
「そうなんだ? それなら銀貨10枚にしておくね」
「おう、つーか銀貨だって店によっちゃ結構目立つんだぜ?」
「そうなの?」
「そーなんだよ」
リツマはそう言って苦笑すると、僕の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
そうなんだ……。
じゃあリツマは店に合わせて貨幣まで使い分けてくれてるんだ?
僕が貴族だとバレないように……?
……やっぱりリツマはすごいなぁ。
「そんじゃ、また買い物ん時に声かけてくれな」
「うんっ、ありがとうリツマ!」
こうして、この日僕はお昼ご飯の後にもまたリツマに体を使ってもらって、クッキーを焼いてもらった。
もちろん、午後にアル様が使う可能性のある資料は、アル様がお昼ご飯を召し上がっている間に全部出して並べてきているし、午前中の作業で使い終わった資料は片付けておいた。
「ロシェー、クッキー焼けたぞー」
真っ白な空間にリツマがやってきて、そう教えてくれる。
「わぁ、ありがとうっ!」
「はー……久々だったけど、案外覚えてるもんだな……」
そう言うリツマの瞳は、ここじゃない遠いどこかを見つめている。
リツマはクッキーの作り方を誰に教わって、誰と作ってたんだろう……。
「あ、まだ並べて冷やしてるとこだから、冷めるまで触んなよ」
「味見は?」
「味見も冷めてからな」
「あったかい方が美味しいんじゃないの?」
リツマはいつも、料理は出来立てが一番うまいって言ってるのに。
「料理のほとんどはそーだが、今回のクッキーは冷めてからがサクサクで美味いやつなんだ」
そうなんだ……。
「それに、熱いうち触ると崩れるしな」
「えっ、そうなの!?」
「だから皿に乗せんのも冷めてからな」
「えっ、僕がお皿に乗せるの?」
「そんくらいできるだろ」
「で……きる、かな……」
不安でいっぱいになった僕の顔を見て、リツマが「ブハッ」と笑う。
「だいじょーぶだって、何事も挑戦挑戦。並べ方なんてどうだって味は変わんねーんだから、心配しねーでロシェの思うよーにやってみろよ」
バンと僕の背中を叩くリツマの手は大きくて、なんだかアル様の手を思い出してしまう。
「う、うん。やってみる」
ギュッと両手で拳を作って答えると、リツマは「おう、頑張れよ」といつもみたいに黒いつり目を細めて、頼もしく笑ってくれた。
僕は、なんとかそれらしく盛り付けたクッキー皿をトレイに乗せて、お茶のカップとポットと一緒に執務室に運ぶ。
あああ、ドキドキする……。
喜んでもらえるだろうか。
僕が、アル様になんの相談もなしに勝手にしてしまった事だから、もしかしたら喜んでもらえないどころか、怒られてしまう事もあるかもしれない。
それでも、なんとなく、アル様なら怒りはしない気がする。
喜んでくれるかはわからないけど。
……喜んでくれるといいなぁ。




