ずっと待っている
〈引き続きリツマ視点〉
「ちょい中見てくるから待ってろよ」
俺は一足先に中に入って店内を見回す。
この店の作りなら、あの一番隅の席に壁向きにシオンを座らせれば、他の奴にシオンの顔が見られる事はなさそうだ。
戻ってくると、シオンは銀貨を手にしていた。
どうやら金だけ俺に渡して去るつもりだったらしい。
んなこったろーと思ったけどな。
「奥の席なら一緒に座れそうだ。ひとりで食ったって面白くねーだろ? ちょっとくらい付き合えよ」
「だが、私は……」
じり、と一歩下がるシオンの手首を咄嗟に掴む。
ぐにゅっと爛れた皮膚に指が食い込んだが、シオンから痛みを堪えるような様子はなかった。
火傷痕はそこそこ古い傷なのか?
なんか妙に生々しくはあるんだよなぁ……。
そのまま手を引いていけば、シオンは戸惑いながらも俺の向かいの席に着く。
座ったところで、シオンもこの位置なら顔が見られないと気づいたのか、フードを深く被り直し、大人しくメニューを開いた。
シオンとは、思ったよりもずっと話が弾んだ。
火傷だらけの外見から年齢は判断しにくいが、声の感じからして20代の中頃ってとこだろうか。
初めて会ったとは思えないほど気楽に話して、串焼きはうまいし酒は進むし、支払いはシオン持ちだしで、俺は随分と楽しいひと時を過ごした。
「シオンは飯そんだけでいいのか?」
「ああ、実は家に夕食が作ってあるんだ」
「へぇ、偉いな。作ってもらったもんを、ちゃんと残さず食おうとしてんのか」
俺の言葉に、シオンは少し驚いた顔をしてから、小さく笑った。
「こんなに楽しい食事は、初めてだ……」
その言葉に、ぎゅっと心臓が掴まれる。
「初めては言い過ぎだろ」
せめて久々とかにしてくれよ、なんかめちゃくちゃお前が不憫に見えてくるだろ。
「……また、リツマに会えるだろうか」
そんな切実な声を出すんじゃねーよ。
親とはぐれた迷子みたいなさ……。
「ん? ああ、またどっかで会ったら一緒に飯でも食おーぜ」
俺がなるべくなんでもないテンションで返したにも関わらず、シオンはまるで縋り付くように俺を見つめて言った。
「それなら明日……いや、明後日に、またこの店の前で会えると嬉しい」
「あー……、まあ、用事がなけりゃな」
「リツマが来るまで、待っている」
「俺忘れっぽいし、すっかり忘れっかも知んねーから、こねーときはさっさと帰れよ?」
「……」
「おい、うんとかすんとか言えよ」
「……ずっと待っている」
「おいっ」
こうして半ば強引に押し切られた俺は、宿に戻ってベッドに寝転ぶと、仕方なくロシェに話した。
「って事があってさ」
「えええええっ!? なっ、なんでそんな人に声かけちゃうんだよぉぉっ」
ロシェは思った通り、ぴるぴると震え上がった。
こいつ人一倍怖がりだからなぁ……。
お化けとか幽霊とかもまるっきりダメなんだよなぁ。
だから、あの男とこれっきりになるなら、この話はするつもりじゃなかったんだが。
……また会おうって事になっちまったしなぁ……。
「へーきだって。あんなん迷信だろ。俺だって黒髪黒眼だし、そもそも俺のいたとこなんて黒髪黒眼ばっかだったんだからな」
「でもそれは別の世界の話でしょ? 僕の世界ではそうなんだから、リツマの常識で考えちゃうのは危ないよ……」
「そりゃまーそーかも知んねーけどさ……」
「リツマはどこもなんともない……?」
俺を心配してくれるロシェの眼差しに、じわりと罪悪感を覚える。
俺が俺の信念で動くっつったって、体はロシェのなんだしな……。
「なんともねーけど、実は……」
俺は、明後日の話をする。
「えっ、また会う約束したの!?」
「ああ、だから悪いけど明後日の夕方以降は俺に体使わせてもらっていいか?」
「えええ……? その人本当に……大丈夫なの……? 僕の体、呪われたりしない……?」
「んー、まあ大丈夫だって。体はなんともなかったし、俺の勘では悪い奴じゃなさそーだし」
「もーっ、リツマはまた根拠もないのにそんな事言って……。僕が呪われたらどうしてくれるんだよぉ……。今、せっかく大事なお仕事をしてるとこなのに……」
あーあ、ロシェはすっかりしょんぼりしちまったな。
そーだよなぁ。
せっかく良い環境の職場だって、大喜びしてたとこだったもんな……。
はぁ……。
こーゆー事になりそうだから、次の約束なんて嫌だったのによ。
……あの男が捨てられそうな子犬かってくらい食い下がってくんだもんな……。
俺は、体育座りでぶちぶち不満を漏らし続けているロシェの隣に座り込むと、その頭をぐしゃぐしゃっと撫でて言う。
「ごめんな、ロシェ。もし万が一ロシェが呪われた時には、呪いがとけるまで俺が責任取るからさ。ロシェには痛い思いも苦しい思いもさせねーから、勘弁してくんねーかな……」
「もー、リツマはすぐそんな事言うんだから。僕は、リツマにも痛い思いをしてほしくないんだよっ」
ぷくっと頬を膨らませて、怒ってるんだぞって顔でロシェが言う。
その気持ちが有難い。
こんな風に俺に素直な気持ちを見せてくれるのも、最初の頃の全てを諦めたような姿からは想像もできないくらいの変化だ。
「ちゃんとわかってるって、俺なりに気ぃつけるからさ……」
俺が、両手をパンと合わせて頼み込むと、ロシェは渋々と飲み込んでくれた。
「ぅぅ……わかったよぉ……。でも、本当に……気をつけてよね?」
ロシェはこんなに黒髪黒眼の呪いを怖がってるくせに、俺の事は信頼してくれてんだよな。
こーゆーとこが、ロシェはやっぱ友達甲斐があるよな。
ロシェは気持ちの整理をするように、ひとつふたつと深呼吸をしている。
「じゃあ、今度は僕の話を聞いてもらってもいい?」
お。気持ちの切り替え早くなってきたじゃねーか。
ロシェはキラキラした視線を俺に向けてきた。
また『アル様』って奴の話だろうな。と思いながらも、ロシェがこんな風に他人の話ばかりをするのは珍しいので「おう、聞かせてくれよ」と答える。
ついにロシェにも俺以外の友達ができるのか、と初めは思ったりもしたんだが、どうやら立場に違いがあると友人関係にはなりづらいようだ。
そんでも、俺以外に楽しく話せる相手ができたのは、ロシェにとっては良い事だ。
ロシェにももっと、味方が増えるといいんだけどな。
俺じゃ、いざって時にロシェを守ってやれねーからさ……。
***〈ロシェリート視点〉
翌日、僕がお屋敷に行くと、執務机に座るアル様の目の下には隈ができていた。
「アル様……あまり眠れていないのですか?」
尋ねると、少しだけ迷うような時間の後で、頷きがひとつ返る。
僕に気づかれたくなかったのかな……。
でも、僕はイグナーツ様にアル様を頼まれているわけだし、アル様の体調には気を配る必要があるよね……?
「どうしてですか……?」
お仕事は今ひと段落しているけれど、夢中で読んでいる本でもあるんだろうか。
寒暖の問題とか、寝具に不備があるとか、そういう要因なら僕でも排除できそうなんだけど……。
アル様は、蔦と花が美しく描かれた綺麗な便箋を取り出した。
わぁ、素敵な便箋だなぁ……。
え、それって僕の質問の答えを書くために出したの?
いつもは失敗書類の裏で済ませてたのに……?
ペンを持ったアル様の指先が、便箋の上で迷うように動く。
トントン、トン……と便箋の隅にペンが点を残すのを見て、言い辛い事ならば、尋ねるべきではなかったのだろうかと迷い始めた頃、サラサラと文字が書かれた。
『夜は体が痛む事があって、たまに眠れない日がある』
それを見た途端、胸がギュッと痛くなって、息が止まりそうになった。




