俺はリツマだ
***〈リツマ視点〉
まだ日があるうちからぶらぶらできるってのは、いーな。
俺は、夕焼けに包まれる前の町を、人の流れになんとなく乗りながら歩いていた。
気を抜くと鼻歌でも歌ってしまいそうな気分だ。
でも歌はマズいんだよなぁ……。
なんせ、こことは違う世界で28年生きてきた俺が口ずさんでしまう歌は、この世界には存在しない歌ばっかりだ。
店先に下げられた、でっかい中華鍋みたいな鍋に映る自分の姿に足を止める。
この世界では黒は縁起の悪い色だとかで忌避されてるせいか、中華鍋っぽい形の鍋も銀色なんだな、なんて思いながら。
今の俺の格好は、頭にタオル……っつーか手拭いか、とにかく布を巻いてて、ロシェの肩下まであるふわふわの髪はそん中に隠してる。
服もお上品な文官様っぽいのじゃなくて、俺が活動する時用の、町の人らとあんま変わんねー服だ。
ロシェは貴族のお坊ちゃんなので、町の酒場なんかに気安く出入りしてちゃマズいんだよな。
だから、俺がぶらつく時はバレねーように服も着替えてる。
目は勝手に色が変わるけど、それ以外はそのままだからな。
まーでも、この格好に俺の言動じゃ、俺をロシェだと思う奴はまずいねーだろ。
これまではロシェの勤めてる城の周辺の店をぶらつく事が多くて、そこらの奴らとは随分と顔なじみになったが、ロシェの勤め先がここに変わってからは、また全然違う店を散策できて新鮮なんだよな。
俺は特に目的もなく、服屋や雑貨屋をぶらぶら眺めて回る。
おー、あの指輪いーな。攻撃力高そうで。
あ、あっちのネックレスも良さそうだ……と、思ってしまってから、そんでもロシェには似合わねーか、と思い直す。
俺は元々肌が浅黒くて、シルバーアクセをギラギラつけると映えて良かったんだが、ロシェは色白だからなぁ。
むしろ女がつけるような繊細な装飾の、金とかピンクゴールドのアクセのが似合いそうなんだよなぁ……。
かといって、俺が買ってロシェに贈るってのも変な話だしな。
ロシェは結構少女趣味っぽいとこがあるみてーだけど、俺自身はそーゆーのって趣味じゃねーしなぁ……。
かといって肌を焼こうとしても、ロシェは焼けにくい性質なのか、日焼けしても赤くなるだけですぐ白に戻るんだよな。
そんな事を考えながら、店の外に出る。
いつの間にかすっかり外も暗くなっちまったな。
そろそろ食いもん屋で飯食って、宿に戻るか。
確かあっちの方にうまそうな串焼きの店があったよな。
視線をそちらに向けると、道端に何やら落ちているのが見える。
なんだ……?
人か……?
訝しがりながら近づくと、それはフード付きのローブを纏った人間のようだ。
体格からして男っぽいな。
なんで誰も助けねーんだ?
やたら遠巻きにしてる人達に首を傾げつつ、男に近づこうとした時。
俺の肩を掴む手があった。
振り返れば、昨日酒場で仲良くなったばっかの……えーと……何だったっけな、名前、マークだったか?
「おいリツマ、そいつにゃ関わらねぇ方がいいぜ」
「なんでだ?」
「なんでって、お前……あの黒い髪が見えねーのかよ」
言われてよく見りゃ、確かにちょろっとだけフードの下から黒髪が見えている。
「黒は死を呼ぶ色だぜ? 近寄ろうなんて思う奴の気が知れねーよ」
ああ、この世界じゃそうだったな。
俺を初めて見た時のロシェときたら、呪われるーとか死んじゃうーって大泣きしてたもんな。
つっても、俺には髪色くらいで倒れてる奴を見て見ぬ振りするような常識は持ち合わせてねーんだよな。
つーか俺の前世なんて周りの奴らのほとんどが黒髪黒眼だぞ?
「んなもん怖がってどうすんだよ」
俺の言葉にマークが信じられないみたいな顔をする。
「お、おい、やめとけって。呪われてたらどうすんだよ、呪いはうつるって言われてんだぜ」
「へーきだって。それよりこんな道の真ん中で倒れてる奴放っとく方がダメだろ」
「そりゃ……そーかもだけどよぉ……」
俺は、倒れた男の傍まで行くとしゃがみ込む。
「どうした兄ちゃんこんなとこで。腹でも痛いのか?」
ピクリと男の肩が揺れる。
お、生きてんな、よかった。
「大丈夫か? 自警でも呼んでくるか?」
「……っ、それは、ダメだ……」
苦しげな声に、呼吸も荒いな。
怪我でもしてんのか。
「なんか事情があんのか。いや、警戒しなくていーからな、中身まで聞く気ねーし」
「私に、近寄らない方がいい、呪いが……君に、うつるかもしれない……」
おいおい、お前までそんな事言うのかよ。
「そんなんだいじょーぶだって。体辛いんだろ? 肩貸してやるから、ちょい移動できるか? ここじゃ目立つからさ」
「おいリツマ、流石に触るのはやめとけって」
マークが遠巻きにしつつも声をかけてくる。
「んなビビんなよ、ちょっと端に避けてやるだけだって」
「のっ、呪われたらどうするんだよっ」
「そんなん今更だ」
言って俺は自嘲する。
「俺は今だって十分、呪われてるよーなもんだ」
俺が男の腕を取ると、マークはじりっと後退った。
「怖いんなら離れとけよ」
「ど、どうなっても知らねーからなっ」
おーおーマジで逃げてったな。
この世界の奴らはそんなに黒髪が怖いのか?
黒髪の男を起こしてみれば、男は見える範囲の肌のほとんどを火傷痕に覆われていた。
「うーわ、痛くねーの? これ」
「ああ、見た目ほどには……」
ふーん。って事は、そこそこいてーのか。
俺はなるべく傷口を擦らねーようにしながら、男を支えて移動させる。
ロシェの体格じゃ、頭半分以上背も高く横幅は2倍に近いこの男を抱え上げるのは流石に無理そうだ。
道の端の木にもたれるように座らせて、うつ伏せていた時についたのだろう顔の泥を拭ってやる。
んー……このままじゃ汚ねぇな……。
「ちょっと水買ってくるからそこで待ってろよ」
俺は近くの屋台で皮袋に入った水を買うと、さっきの場所に駆け戻る。
ちょうど新しい手拭いを買っててよかった。
こんな傷口から泥なんて入ったら化膿すんだろ。
手拭いを水で濡らして、男の顔を拭おうとした俺を男が止めた。
「こんな肌に、っ、触れなくて、いい……」
「何言ってんだ、泥が傷から入ったら熱が出るぞ」
「だが……、君が、呪われてしまう……」
怯えるように身を縮める男を俺はもう一度見る。
呪いなんて言われても……別に嫌な感じとかしねーけどな?
「多分大丈夫だって、いてーだろーけど、ちょい我慢してくれな」
顔も焼け爛れてんのか、出血はないっぽいけどまだ傷口が柔らけーな……。
へぇ、よく見りゃ目も黒いのか。
黒い目なんて久々に見たな。
しばらく俺にされるがまま世話を焼かれていた男が、どこか戸惑うように口を開く。
「君は……私が、恐ろしくはないのか……?」
「ん? 別に?」
俺の答えに男はポカンと口を開いた。
「兄ちゃんはなんであんなとこで倒れてたんだ? あ、話せねー事なら聞かねーからな?」
急な痛みで倒れたという男は、しばらく休むと痛みが引いてきたらしく、呼吸も落ち着いてきた。
男は名をシオンと名乗り、俺に丁寧に礼を告げてくる。
喋り方からして兵士か騎士か……。
少なくともごろつきじゃなさそうだな。
「俺はリツマだ」
「リツマ……珍しい名だな」
「まーな。ひとりで帰れそーか?」
「ああ、大丈夫だ。世話になった」
「大した事してねーし、気にすんなって、困った時はお互い様だよ」
そう言って立ち上がった時、俺の腹が盛大に鳴った。
シオンに小さく笑われるが、嫌な気はしない。
むしろ、こんなんで笑えんならよかったな、と思う。
「うはは、別れ際に悪ぃな、俺ぁ飯食いに行くとこだったんだよ」
「それならば、夕飯代は礼として私に出させてもらえないか?」
「へぇ? シオンが奢ってくれんの?」
「ああ、ぜひ」
それならと、俺はシオンを連れて、さっき気になっていた串焼きの店に向かう。
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