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追放先は廃旅館でした——前世は旅館コンサルの令嬢、今度は自分の手で王国一の名宿を作ります  作者: 歩人


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第33話: 命の交差

 養魚場の池を、銀色の魚影が横切った。


 トビアスが声を失った。


 「……帰ってきた。お前たち、帰ってきたんだな」




 二ヶ月前、あの池はただの泥水だった。


 トビアスが「見るだけだ」と言いながら水路を設計し、ノアが地脈水の温度分布を解析し、ガルドが取水口の石組みを直した。源泉支流の温水を池に引き入れたのは、ちょうど雪解けの頃だ。


 今日、私は二ヶ月ぶりに養魚場の全池を見に来た。


 ——息を呑んだ。


 三つの池のうち、一番大きな池の底が見えない。見えないのではなく——魚影で埋まっている。


 水面に顔を近づけた。透き通った温水の中を、紅い身が透ける谷鱒が何十匹も泳いでいる。ひれが光を弾く。尾びれを一振りするたびに、白い腹が一瞬ちらつく。天然の谷鱒より一回り大きい。温水のおかげで成長が早いとノアが予測していたけれど、ここまでとは。


 「嬢ちゃん。見ろ」


 トビアスが膝を池の縁について、手を水に入れた。ゆっくり、ゆっくり。指先が水面を割る。


 一匹の鱒が——逃げなかった。


 トビアスの手のそばをすり抜けるように泳ぎ、また戻ってくる。銀色の鱗が指先の近くで光った。


 「温泉で育てた鱒……身が柔らかい。脂の乗りも違う」


 声がかすれた。


 「先生のデータ通りだ。水温が安定してるから、ストレスがない。餌の食いもいい。——こいつら、幸せな魚だ」


 トビアスが水から手を引き上げた。袖で目を拭う。乱暴に、一回だけ。


 私は黙っていた。


 この人が最初に言った言葉を覚えている。「引退した」「もう年だ」「膝が悪い」。三つの言い訳を並べて、川に背を向けようとした人。


 でも今、毎日ここにいる。膝が悪いのに長靴で池の中を歩き回って、水温を測り、餌をやり、一匹ずつ魚の様子を確かめている。「引退した」は——もう、口にしない。


 「トビアスさん」


 「なんだ」


 「おかえりなさい」


 トビアスが鼻を鳴らした。水面を見つめたまま、ぼそりと。


 「……帰ってきたのは、わしじゃねぇ。こいつらだ」


 そう言ったけれど。


 その背中は——二ヶ月前とは、まるで別人だった。




 養魚場から銀泉楼への帰り道。坂の上から、聞き覚えのある声が降ってきた。


 「おーい! 嬢ちゃん! 来たぞ!」


 ヘルマンだ。


 隣町の商人。豪快な体格に豪快な声。セラフィーナ・ルヴェールと初めて取引したときから「嬢ちゃん」呼ばわりをやめない人だ。馬車の荷台に——何か動くものが積んである。


 「ヘルマンさん! それは……」


 荷台の木箱から、ぴよぴよと鳴き声がした。


 蓋を開けた。白い羽毛がぶわっと舞い上がった。


 雛鳥。二十羽。銀色がかった白い羽毛に、赤い鶏冠がちょんと載っている。目がくりくりして、元気よく鳴いている。


 「銀泉鶏ぎんせんどりの雛だ。隣の村でまだ種を守ってる農家がいてな。頼み込んで二十羽分けてもらった」


 ヘルマンが腕を組んで、にやりと笑った。


 「あんたには借りがあるからな。いい鶏を持ってきてやったぞ」


 銀泉鶏——この地方に古くからいる地鶏だ。地脈の牧草を食べて育つと、卵の黄身が深いオレンジ色になり、味が驚くほど濃くなる。かつては銀泉楼の朝食の目玉だったとハンナさんが言っていた。


 「ヘルマンさん……ありがとうございます!」


 「礼はいらん。商人ってのはな、伸びる取引先に投資するもんだ。あんたの谷は——伸びるぞ」


 ヘルマンが馬車の手綱を引いた。


 「じゃ、雛は任せたぞ。次の注文は何だ? 言っとくが、何でも仕入れてみせる」




 イルゼさんの牧場に、雛を運んだ。


 丘の上。風が渡る草原に、霧山羊が十五頭のんびりと草を食んでいる。その隅に、即席の鶏小屋をガルドが建ててくれたのは先週のことだ。


 「まあ……この子たち」


 イルゼさんが木箱を開けて、雛を一羽ずつ手のひらに載せた。ぴよぴよと甲高い声で鳴く雛を、大きな手で包み込む。


 「可愛い。ほら、あたしの手に馴染んでるわ」


 目が輝いていた。山羊のときもそうだった。生き物に触れると、この人は別の顔になる。雑貨屋のカウンターに立っていた控えめなイルゼさんではなく——牧場主の娘の顔。


 「山羊十五頭、鶏二十羽。——イルゼさん、立派な牧場ですよ」


 「やだ、まだまだよ。お母さんの頃は山羊だけで五十頭いたわ」


 そう言いながら——声が弾んでいた。




 牧場からの帰り道、ノアと合流した。


 ノアは銀泉楼の東側——薬草園の奥で、何やら作業をしていた。木で組んだ箱を三つ、石垣の上に並べている。


 「ノア、それ何?」


 「巣箱だ」


 「巣箱?」


 「地脈蜂の巣箱。蜂は花の魔力密度に敏感だ。地脈の花を集めて植えれば、自然と集まる」


 ノアが薬草園の花壇を指さした。先週植えたばかりの銀泉草の花が、紫がかった白い花弁を風に揺らしている。その隣に、私の知らない淡い黄色の花が数株。


 「地脈蜜花ちみゃくみっか。魔力密度が高く、蜂が好む。苗をヴァルターの畑の隅で見つけた」


 私が巣箱を覗き込もうとしたとき、ノアが手で制した。


 「近づくな。蜂が警戒する」


 「え、もう来てるの?」


 「今朝から偵察蜂が飛んでいた。巣箱の位置と花の密度を確認しに来ている。群れが移動するかどうかは——」


 その瞬間。


 ぶぅん。


 低い羽音が、風に乗って聞こえた。


 見上げた。薬草園の上空を、金色の点が一つ、二つ、三つ——いや、もっと。十数匹の蜂が、花壇の方角から巣箱に向かって真っ直ぐに飛んできた。


 先頭の一匹が巣箱の入口に取りついた。入り口を確かめるように触角を動かし——中に入った。


 続いて二匹目。三匹目。


 「来た……!」


 私は声を押し殺して、ノアの袖を掴んだ。


 ノアが——珍しく、目を細めて笑った。笑った、と言えるかどうかわからないくらいの、唇の端がほんの少し上がっただけの表情。でも確かに笑っていた。


 「地脈蜂蜜は、この谷の名産品になる。魔力を含んだ蜂蜜は回復効果がある」


 「商品化できる……!」


 「ああ。——ただし、蜂を驚かせるな。今のお前の声のトーンは危険域だ」


 私は慌てて口を閉じた。興奮すると声が大きくなる癖、いい加減直さないと。




 そして——この日一番の出来事は、夕方に起きた。


 イルゼさんの牧場から連絡が来た。銀泉鶏が——産んだ。


 初卵ういたまご


 イルゼさんが両手で大事に持ってきた卵は、普通の鶏卵より少し小さくて、殻が薄い桜色をしていた。


 「あたしの鶏よ」


 控えめなイルゼさんが、このときだけは胸を張った。


 私はその卵を——源泉の蒸気室に持っていった。


 蒸し室は、以前ガルドが修復した銀泉楼の設備だ。源泉から直接蒸気を引き込んであり、温度は常に六十八度前後で安定している。


 卵を蒸気の中に置いた。


 二十五分。


 じっと待った。リュカが隣でそわそわしている。ユーディットが腕を組んで壁にもたれている。ノアは蒸気の温度を測って手帳に書き込んでいた。


 「二十五分経ったっす」


 リュカが蒸し室の扉を開けた。白い蒸気がふわっと溢れ出る。


 卵を取り出した。殻が蒸気で濡れて艶やかに光っている。


 割った。


 白身が——ふるふると揺れた。完全には固まっていない。透き通った乳白色で、ぷるぷると震えている。そして黄身。


 深い、深いオレンジ色。


 スプーンで崩すと、とろりと流れ出た。


 一口。


 「……っ」


 黄身の味が、信じられないほど濃い。


 卵の味というより——凝縮された太陽の味だ。甘くて、こっくりとしていて、舌の上でゆっくり溶けていく。白身のふるふるとした食感と、黄身のとろりとした濃厚さが口の中で出会う。


 ユーディットが黙って卵を受け取り、一口食べた。


 目を閉じた。二秒。三秒。


 「……いいじゃないか」


 ユーディットの最上級の賛辞だった。




 日が傾き始めた厨房に、谷の食材が並んだ。


 調理台の上。左から——


 トビアスの養魚場から届いた谷鱒。二尾。紅い身が透けて、銀色の鱗が厨房の灯りを反射している。


 ヴァルターの棚田で獲れた地脈米。研いで水に浸してある。


 イルゼの霧山羊チーズ。フレッシュタイプ。花の香りが漂う。


 リュカが朝一番で採ってきた霧茸。肉厚で、傘の裏が薄く光っている。


 ガルドの霧杉炭。窯から出して一週間。叩くと金属のような高い音がする。


 そして、イルゼの銀泉鶏の温泉卵。


 ユーディットが前掛けを締め直した。


 「小僧。準備はいいか」


 リュカが頷いた。目が——鋭い。料理のときだけ別人になる、あの目だ。


 「いつでもいけるっす」


 「よし。——今日は二皿作る。蒸しと焼き。同じ魚を二つの方法で」


 ユーディットが包丁を手に取った。




 まず、源泉蒸し。


 蒸し室の扉を開けると、源泉の蒸気が白く立ちのぼった。硫黄の匂い——ではない。この泉質特有の、鉱物と微かな花の混じったような、透き通った香り。


 ユーディットが谷鱒を木の皿に載せた。身に薬草園のハーブを散らし、銀泉草の塩をひとつまみ。


 「蒸し室は初めて使う。温度は六十八度……通常の蒸し器より低い。だがこの蒸気には魔力が含まれている。時間をかけて、ゆっくり火を通す」


 皿を蒸し室に滑り込ませ、扉を閉めた。


 待つ。


 厨房に沈黙が落ちた。ユーディットが腕を組んで目を閉じている。リュカが蒸し室の小窓から中を覗いている。蒸気の向こうに、鱒の輪郭がぼんやり見えた。


 十五分。


 ユーディットが目を開けた。「——開けろ」


 リュカが扉を引いた。


 蒸気が溢れ出す。白い雲の中から——鱒が現れた。


 「……っ」


 白く輝いていた。


 身が、光を帯びているように見えた。蒸気の水滴が鱒の表面で真珠のように転がっている。皮は剥がれず、身は崩れず、ふっくらと蒸し上がっている。箸を入れると——音がしないほど柔らかく、ほろりと崩れた。


 「旨味が閉じ込められてる」


 ユーディットが一切れ口に入れて、咀嚼した。目が見開かれた。


 「……魔力を帯びた蒸気が、身の繊維の隙間に入り込んでいる。通常の蒸し料理とは原理が違う。旨味が外に逃げない——むしろ凝縮されている」


 リュカが震える手で箸を伸ばした。一口食べて——目を丸くした。


 「な、なんすかこれ……! 鱒ってこんな味するんすか!?」




 次に、炭火焼き。


 ガルドの霧杉炭を火床に並べ、うちわで風を送る。炭が赤く発光し、青白い炎が一瞬だけ立ち上って消えた。炭の匂い——甘い。木の香りが熱に乗って立ちのぼる。


 ユーディットが二尾目の谷鱒に串を打った。塩は振らない。


 「炭の香りが塩の代わりになる。霧杉炭はそういう炭だ」


 串を火の上にかざした。


 パチ。


 皮が弾けた。


 パチ、パチパチ。


 脂が炭に落ちて、甘い煙が立った。白い煙が鱒を包み、その煙が——香りを纏わせていく。ユーディットが串をゆっくり回す。皮が飴色に変わっていく。きつね色から、深い琥珀色へ。


 「……いい色だ」


 ユーディットが呟いた。料理の話をするときだけ、この人の声は詩的になる。


 焼き上がった鱒を皿に載せた。皮がパリッと張り、身からは湯気が立ちのぼっている。箸で割ると、中はしっとりと紅い。


 蒸しと焼き。二尾の谷鱒が、並んで皿の上にいた。




 そしてリゾット。


 リュカが鍋を振った。


 ヴァルターの地脈米を、イルゼの霧山羊チーズと霧茸で炊き上げる。


 「米は洗いすぎるな。地脈米は表面に旨味がある」


 ユーディットが横から指示を飛ばす。リュカが頷きながら、木べらで鍋の中を混ぜた。チーズが溶けて米に絡む。霧茸の香りが——土の匂い、森の匂い、雨上がりの匂いが混ざった複雑な芳香が、厨房を満たした。


 「師匠、火を落としていいっすか」


 「もう少し。米に芯が残ってる。——あと三十秒」


 リュカが唇を噛んで鍋を見つめた。三十秒。ユーディットが頷いた。


 「今だ。火を落とせ」


 鍋を火から下ろした。蓋をして、蒸らす。


 一分後、蓋を開けた。


 湯気の向こうに、クリーム色のリゾットが見えた。チーズの糸がとろりと伸び、霧茸の薄切りが宝石のように散りばめられている。


 皿に盛った。三皿。




 厨房のテーブルに、全てが並んだ。


 谷鱒の源泉蒸し。

 谷鱒の霧杉炭焼き。

 霧茸と山羊チーズのリゾット。


 そして温泉卵を添えて。


 私とノアとユーディットとリュカ、四人でテーブルを囲んだ。


 ユーディットが皿を見回した。腕を組んで——ゆっくりと、頷いた。


 「谷の三人が作った食材が、一皿で出会った」


 一拍、間を置いて。


 「——これが、本物の谷の味だろ」


 私が心の中で思っていたことを、ユーディットが別の言葉で先に言った。


 ……泣き笑いが、こみ上げた。


 「そう」


 声が震えた。箸を持つ手がぶるぶるしている。情けない。でも止められない。


 「これがやりたかったの。この谷で育てて、この谷で料理して、この谷で食べてもらう。ずっと——手帳に書いてた図が、今、目の前にある」


 ノアが黙って私の皿にリゾットをよそった。「食え」とも「泣くな」とも言わない。ただ、いつも通り隣にいた。


 リュカが突然、立ち上がった。


 「セラさん! これ——見てくれっす!」


 エプロンのポケットから、使い古された手帳を取り出した。父ヨハンのレシピ手帳。表紙の革が擦り切れて、角が丸くなっている。


 開いたページの上段に、走り書きの文字。


 「『蒸しと焼き、二つの谷鱒』——親父のレシピに書いてあったんす。ずっと意味がわからなかった。同じ魚を二通りで出すなんて、贅沢すぎるだろって。でも——」


 リュカが二皿の谷鱒を見つめた。蒸し鱒の白い輝きと、炭焼き鱒の琥珀色の皮。同じ魚なのに、まるで別の料理だ。


 「親父はこれがやりたかったんだ。この谷の鱒を、二つの方法で食べてもらうこと。蒸しで旨味を閉じ込めて、炭で香りを纏わせて——一つの命を、二度味わう」


 声が震えた。目が赤い。でもリュカは笑っていた。


 「親父、すげぇっす。俺、やっと追いついた——いや、まだ全然追いついてないけど。でも、わかった。親父が見てた景色が、やっと見えたっす」


 ユーディットが鼻を鳴らした。「追いつくのは十年早い」。でも——その声は、いつもより柔らかかった。


 リュカが手帳を最後のページまでめくった。指が止まった。


 「……でも、この最後の数ページだけは、まだ読めないんす」


 インクが滲んだような、独特の筆致。他のページとは明らかに違う書き方で、何かの工程が記されている。私が覗き込んでも判読できない。


 ユーディットが手帳を受け取り、じっと見つめた。目が細まる。


 「あの部分は特殊な技法が書いてある。今のお前にはまだ早い」


 「師匠、読めるんすか?」


 「読める。——だが、教えない。お前がもう三段階上に行ったら、自分で読めるようになる。ヨハンはそうやって書いた。読む者の腕前で、見える内容が変わる手帳だ」


 リュカが唇を噛んだ。悔しそうだった。でも目は燃えていた。


 私は手帳にメモした。「リュカの手帳、最後の数ページ——源泉蒸しの奥義? 要確認」。




 片付けが終わった後、厨房の裏口から外に出た。


 夕闇が谷を包み始めていた。霧が薄く漂い、銀泉楼の灯りがぼんやりと滲んでいる。遠くで銀霧川の水音がする。


 ノアが隣に来た。


 「いい料理だった」


 「うん」


 私は空を見上げた。一番星が、霧の向こうに光り始めている。


 「食材は揃った。料理は形になった」


 手帳を開いた。この二ヶ月で書き込んだページは三十を超えている。棚田、養魚場、牧場、森、薬草園、蜂場。全てが動き出した。


 でも——手帳の最後のページに、もう一つ書いてあることがある。


 「あの謎の奥にも、踏み込まないと」


 ノアの横顔が、夕闇の中で硬くなった。


 「……森の痕跡。霧峰山の魔法陣。地脈を操作した術師の足跡」


 「うん。源泉がまだ完全に戻らない理由。この谷が衰退した本当の原因。——いつまでも蓋をしていられない」


 風が吹いた。霧杉の森の方から、甘い木の匂いが運ばれてくる。


 ノアが私を見た。深い緑色の目が、暗がりの中でも光っている。


 「……急ぐな。だが、遅らせるな」


 「わかってる」


 手帳を閉じた。


 今日は——いい日だった。谷の命が交差した日。トビアスの鱒と、イルゼの鶏と、ヴァルターの米と、リュカの手と、ユーディットの火が、一つの食卓で出会った日。


 でも、この温かさを守り続けるためには。


 見ないふりをしていた場所に、踏み込まなければいけない。


 「ノア」


 「なんだ」


 「一緒に行ってくれる?」


 森の奥へ。山の上へ。この谷の秘密に——。


 ノアは少し黙って、それから短く答えた。


 「……当然だ」


 一番星が、霧の切れ間からはっきりと輝いた。


 銀泉楼の窓に灯が一つ、またひとつと灯っていく。


 厨房から、リュカの声が聞こえた。「師匠! 残りのリゾット、ハンナ婆ちゃんにも食べさせたいっす!」


 ユーディットの声が返す。「当たり前だ。温め直せ。——ただし火加減は自分で考えろ」


 私は笑った。


 明日からは——この谷の全部を、世界に見せる準備を始めよう。その先に待つ嵐のことも、忘れてはいない。


 でも今夜だけは。


 この食卓の記憶を、しっかり胸に刻んでおこう。

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