ラス前・決着
さてここで、私たちはひとつ心を砕かなければならない。
先王の身柄を確保することである。
ニック国王の即位は先王の任によるところである。
それを玉座から引き剥がすには、やはり彼に出て来てもらわなくてはならない。
そして先王の口から王位剥奪と新国王の即位を宣言していただきたいところだ。
即位するのがイズモ伯爵であろうとアンジェリカさまであろうと、どちらでもかまわない。
とにかく権威あるお言葉、新政権の裏付けが欲しいのだ。
そのお言葉をいただきさえすれば、あとはどうとでもすればいい。
新政権に与して余生を過ごすも、不満を行動に表わして討たれるもヨシである。
そこは先王の自由である。
ただし、我々の監視下にある事実上の幽閉生活は送っていただくのだが。
ということでナンブ家とイズモ家の抜刀隊、槍兵弓兵から若干名を選抜。
クサナギ先生の指揮のもと、城内にある先王の居住する邸宅に討ち入る。
お后さまとともに数名の使用人を抱えて暮らす平屋建てだが、なかなかに敷地は広い。
ただし、警備の兵隊はごくわずかでしかなかった。
そこへ屈強イズモとナンブの兵隊が現れたのだ。
老境にさしかかった警備隊長などは震えながら剣をかまえていた。
しかし、そのような弱者を相手にするクサナギ先生ではない。
「此度の騒ぎ、心からお詫びいたします。然れども現国王に不満を持つ民あまた故の事、なにとぞお許しいただきたい」
そう述べると先王も用件を心得たようだ。
「儂に現国王を任じた責を負えと申すか?」
「そうでありそうでなし。先王には新たな国王を任じていただきたく思う所存」
「その方らの総大将は誰か?」
「伯爵、イズモ・ダイスケ」
「おぉ、アンジェリカを嫁に出したな。それが野心に駆られて謀叛を起したか」
「断じて否! 民草莽の声を聞き、現政権を新たにするための決起にございます!」
「では如何にして国を統べるか。ニックと同じ手は使わぬと断じられなければ、そなたは虚言を吐いたとされるぞ?」
「国を富ませます」
「その上で搾り取るか? 下級貴族が力を得れば、その方らの如くきっと謀叛を起こすぞよ?」
「搾り取ります。その上でなお富ませます!」
「そしてまた搾り取る、か……。堂々巡りじゃの」
手前ぇも同じことしといて何ホザきやがる。
クサナギ先生とすれば、歯ぎしりしたい気分であったろう。
「民の安寧はいつになったら来るのかのぅ?」
そんなものは永久に来ない。
何故なら民は立ち上がらぬから民なのだ。
そして弱者から搾り取ることこそ、封建社会の真髄なのである。
それを知りながらこの先王、無理な話をクサナギ先生に吹っかけているのだ。
早い話、私たち決起軍は略奪者なのだ。
隙を見せたニック国王の脇腹を力一杯ブン殴って政権を交代させるだけのテロ集団に過ぎない。
ただしその勢力が絶大なだけだ。
そしてイズモ・ダイスケ伯爵を中心とする新政権は、たぬき商会とみちのく屋という商業集団が後ろ盾となっている。
搾取しか能のないニック国王とは、ここが違う点であった。
搾取するのであれば富ませるべし。
貧乏人からは搾取はできないのだから。
民を富ませる責任は新政権のものである。
だがしかし、経済を軽視するニック王政には国家経営という頭が無い。
ただただ搾取搾取、下級貴族に力を持たせるなの一辺倒と言えた。
だからクサナギ先生は問う。
「汝の政権に民の安寧は有りや無しや? 有りと答えるならば何故今日かくの如き次第にいたるか?
無しと答えるならばその舌を引っこ抜いてから連れ出す故、覚悟を決めよ!」
かつて一国を統べたるものに対して、酷い言いようである。
しかしこれは先王が悪い。
例え王政が滅び民主主義資本主義の世が訪れようとも、民の安寧が訪れることは無いのだから。
だがだからといって社会主義共産主義の世の中が来たとしても、封建社会より酷い世の中になることは読者諸兄の知るところ。
如何なる社会制度を考慮したところで、民の安寧などは訪れることが無い。
それを知っている者が要らぬ問いかけをするので、話がコジれるのだ。
先王は妻に「行ってくる」とだけ言い残して支度をした。
先のお妃さまは先王が殺されるものと思ったか、その場で泣き崩れた。
使用人、警備隊の面々も男泣きに泣いている。
もはや今生の別れ。
そう覚悟を決めたか先王は礼装を着込んでの登場であった。
もちろん返答次第では、私も先王を生かして帰す所存である。
大体にして先王はニック国王を即位させた人物とはいえ、アンジェリカさまの父上でもある。
即位に関しては序列を守ったのみで悪意は無く、ただの欲張り国王でしかないのだ。
別な言い方をすれば人畜無害の無能者。
ただ単に私の時代、私の世界で国王だっただけの男。
わざわざ殺す必要もない男でしか無いのだ。
そんな無能でも先王は先王。
とりあえず陣幕まで御足労いただいたことに礼を尽くす。
「よくぞお越しくださいました、用件については使者であるクサナギより聞いておられると思います」
先王はウムとだけ言った。
私に対して新政権の在り方云々というご講釈はたれない。
つまり先ほどクサナギ先生に述べた語りは、単なる愚痴のようなものであって、先王に具体的かつ斬新な政策がある訳ではないということだ。
いかなる政策を取ろうとも、民の不満など消えることは無い。
それを知り尽くしているからこそ、自分の愚痴など穴だらけ過ぎて軍師相手には弁を述べられないのである。
であるから、早速事務的な手続きを開始する。
「ニックかた王位を剥奪すると聞いているが、余にはなにとぞも権限は無いぞ?」
「かまいませぬ、これなる書類に署名捺印をいただければ、それで十分ですので」
「このような空証文を作るために、わざわざ余の庭で騒ぎを起したのか?」
「何か御不満でも?」
私が訊くと背後に控えていたクサナギ先生が殺気を放った。
先王は鼻白んだように一度うつむく。
「いや、余の命が助かるのであれば不満なぞ無い」
さすがミスター昼行灯、己の命惜しさという姿勢が潔すぎるまでにゲス根性まみれだ。
息子を見限るも同然の書面にサラサラと署名をし、家紋を刻んだ指環で捺印した。
これで冠位だけの無能者の役割はひとつ終わった。
「次は新たな統治者の戴冠にお付き合いいただきますので」
書面にはアンジェリカさまが女王陛下として君臨すべき由が認められていた。
決してイズモ・ダイスケの好きにはさせぬ、もしくは王家の血筋が国を統べるのだ。
という意思が見て取れた。
とにもかくにも、これでニックはもう国王ではないのだ。
本来ならば高級貴族や城の内部の重鎮たちの署名も必要なのだろうが、それこそすでに討たれてしまったか逃亡したかのどちらかである。
というか侯爵以下の貴族たちはみな決起軍にある。
これらの署名捺印でも十分と言えた。
書面は忍びに持たせて前線へと送った。
最前線のナンブ・リュウゾウにこれを読ませ、ニックにひと泡吹かせてやるためだ。
そして先王にもお帰りいただく。
いかに無能といえど、生きて帰れるとは思っていなかったのだろう。
先王はどこか気の抜けた表情をしていた。
そして最前線、玉座の間を目の前にして、決起軍は王室の抜刀隊と交戦している。
ここが最後の砦とばかり、王室軍も奮戦した。
しかし悲しいかな、決起軍の抜刀隊は精強をもって鳴らしたナンブとイズモである。
しかもその先頭は銃を置いたナンブ・リュウゾウ親衛隊なのだ。
一人斬られ二人斃れて、王室軍の屍ばかりが増えてゆく。
押せ押せ! と後方からナンブ・リュウゾウも声を枯らすが、これもまた全身返り血を浴びている。
ついさきほどまで敵と刃を交えていた証拠だ。
さらに、討ちもらしも敵がナンブ・リュウゾウの前に現れた。
これを無造作に片手で斬って捨てる。
また一層、返り血が塗り重ねられた。
いかなる防具を着けていようとも、銘刀シモナガ。
紙の鎧でも相手にしているように斬れた。
指揮をとるナンブ・リュウゾウのもとに、先王の書面が届いた。
「これにてニックさまは玉座を追われたこととなります」
ウム、と返事して忍びに書面を持たせた。
銘刀シモナガを構えるや、ナンブ・リュウゾウ一声を放つ。
「先王により第二子ニックは王位を剥奪された! 総員励め、偽王を玉座から引き剥がすのだ!」
錦の御旗は翻った。
ナンブ・リュウゾウの言葉に、決起軍は呼応する。
一気呵成に前へ出た。
そして敵陣を食い破り、とうとう玉座の間へと足を踏み入れたのだ。
ニックは玉座にあり、なお威厳をもって決起軍を見下している。
側近の者どもが手槍を構えたが、これは鉄砲隊によって討ち取られた。
ニックは孤立している。
しかしまだ王位にあるつもりのようだ。
「痴れ者どもが! この場をなんと心得るか!」
「手前ぇこそいつまでも王さま気取ってんじゃねぇぞ。お前ぇのオヤジはお前ぇが王位に相応しくねぇって言ってんだ。そこはアンジェリカ女王陛下の席だ、どきやがれ」
忍びが前に出て書面を提示した。
そしてナンブ・リュウゾウは刀を担いでいる。
一見するとならず者剣法のように見えるが、ナンブ無双流「笠の下」という構えであった。
ニックはそれでもなお、薄く笑った。
「アンジェリカ? おぉ、あの伯爵家に下った妹か……あれになにができるというのだ?」
「できようができまいが、お前は俺に討たれる運命にあんだよ。お前が辱めたアーサーはな、俺のダチでよ? 毎晩枕元に立ちやがるんだ、仇を討ってくれってな」
「アーサー……おぉ、いたいた。そんなのがな。なに? その敵討ちとな? 酔狂もたいがいにいたせ」
呵々大笑、そのまま首が飛んだ。
ニックは首ひとつとなってもなお、笑い続けていた。




