最終話 花開く命の讃歌
昼間の花火が上がった。
先王を招いての式典、アンジェリカさまの戴冠式である。
やはり野心丸出しの若い王子が統治者となるよりも、幼さあどけなさの残る美しい姫君が玉座を占める方が、何倍も華やかである。
そしてニックなんぞが王位を継いだときより、民も希望的観測に頬を緩めていた。
アンジェリカさまならば、恐怖政治を敷くことは無い、と。
敬虔な信者であらせられるアンジェリカさまならば、何よりも民の幸福に心を砕いてくださるだろう、と。
イズモ・ダイスケを始めとしたアンジェリカさまの側近中の側近、つまり私たちももちろんそれを願っている。
そして民の幸福を実現するためには、二度とこのような内乱を起こしてはならぬと心に誓っている。
だから私は民を騙す。
民の生活が苦しいのは、領主である貴族が悪いのだと。
恨むならば領主を恨むべきであり王室を恨むのはお門違いだと。
まずは経済政策から取り組む。
民を富ませ、貴族から搾り取る。
貴族と民の緊張感、つまり一揆の起こるや否やは貴族が処理すべし、と。
文句のある貴族、とくに上級から下級へ格下げとなった貴族には、容赦なく銃口を向けて脅す。
いいんだぜ、いつでも挑戦は受けるからなと。
なにしろ私たちは、王室に対してどうすれば打倒できるか? というノウハウを蓄積している。
少しでも不穏な動きがあれば即座に動いて対応したのだ。
その役割は筆頭公爵となったナンブ・リュウゾウの仕事であった。
忍びたちから情報が入れば、恐怖の鉄砲隊と親衛隊を率いて各地へ乗り込んだのだ。
もちろんともに立ち上がった、というか尻馬に乗っかってきた第三軍貴族たちからは、残らずキララ式鉄砲を没収。
鉄砲鍛冶に関わった鍛冶屋はすべて王室とナンブ家で抱え込んだ。
あの技術は、もう王室とナンブ家の専売となったのだ。
その上でマスター・キララには、現在連発銃を発注している。
そして大砲をだ。
なにがなんでも王室というのは、諸侯よりも一頭抜きん出ていなくてはならない。
それは周辺諸国に対しても同じである。
少しでも隙を見せれば、ワイマール王国など隣国の襲撃を受けてしまうだろう。
故に学園を卒業したキョウカ夫人とたぬき商会は周辺諸国に対して、WINWINの経済関係を打ち出した。
周辺諸国も儲かる、イズモ・ダイスケも儲かる。
互いに対等な経済的パートナーシップを結んだのである。
ダイスケ王室は富を蓄え、まさに盤石の姿勢となった。
平和が訪れたのである。
民も生活が安定し、様々な文化が花開いた。
そうなると問題児が目を覚ますのである。
「なぁ、ヤハラどの」
「なりませんぞ、殿」
先手を打って釘を刺す。
ナンブ・リュウゾウが暇を持て余しているのだ。
コイツが暇を持て余すと、ロクなことを言い出しかねない。
というか、これまでに通算五十三回ロクでもないことを口走ってくれている。
「なぁ、ヤハラどの……退屈だな……」
とうとう押し切りやがった。
そんなに暇を持て余しているなら、たぬき夫人と子づくりに励めばよいものを。
世が平らいで一年、二人の間にはまだ子ができていないのだ。
「殿が暇ということは、キョウカさまもお暇でしょう。いかがですかな、午後の執務は私に任せて……」
「アヤコが言うにはだな、ヤハラどの」
無理矢理持論を展開に来やがった。
「よその国ではハニームーンとかいうものがあるそうだ。つまり新婚の二人が旅行に出て、誰にも邪魔されず子づくりに励むという……」
「おや、殿。それを私とアヤコに行って来いと?」
私とアヤコの間にも、子はまだ無い。
「そうなると執務が滞るなぁ……」
「そんなことはありませんぞ、殿。いまやイズモとナンブは一蓮托生、つまりナンブの仕事は独身の軍師くんも執り行えまする」
「上手くやったな、ヤハラどの」
「遊ぶために人は出世を目指すものです。だから後継者を作る。なにか間違いでも?」
廊下からポテポテノタノタと鈍くさい足音が聞こえてくる。
足音の主は息せき切って扉を開いた。
「話はすべてうかがいましたわ、リュウゾウさま!」
キョウカ夫人である。
「隣国の風習、ハニームーンですわね! それでしたらこのキョウカ、少しばかり知識が御座いましてよ!」
たぬき商会が集めた資料を執務机の上に広げる。
準備の良いたぬきであった。
「こちらのアブラツボ王国は名湯がございましてお肌もツルツルモチモチ、湯上がり美人に父ちゃんもホレ直すってモンですわ! おまけに回春効果もバツグン!
子づくり旅行にはもってこいですの♪」
赤らめた頬を押さえ、キョウカ夫人は少女のようにキャーキャーとはしゃいでいる。
そうだな……とナンブ・リュウゾウは椅子の背もたれに身をあずけた。
「名湯で浴びてきた返り血を流すのも悪くないかもしれん。ヤハラどの、君たちも一緒にどうだ?」
「よろしいのですか、キョウカさま?」
「構いませんわよ? 公爵夫妻の旅行ともなれば、どうせお付きの者がゾロゾロと着いてくるのですから」
「よ〜〜し! 公費使っての大名旅行だな!」
いつの間にかそこにいたクサナギ先生も同行する気満々である。
「となれば親衛隊もゾロリと出撃か、リュウゾウ?」
「まあ、そうなりますなぁ……」
「キョウカ夫人、しっかり搾り取っておくのですぞ? 親衛隊長シロガネ・カグヤはリュウゾウの妾同然。先に子を宿されては面目が立たぬ」
「おまかせあれ、クサナギ先生。わたくしもこの度異国の秘伝書『カーマ・スートラ』を熟読して勉強中。さらにはこのローションなる油を肌に擦り込めば、越天楽もかくやの悦び!」
どこまで用意のいいタヌキなものか。
「よし、ならば出発の折りには兄者のところへ顔を出してやろう! 玉座を温めるのに忙しくて旅にも出られんだろうとな!」
「お兄さまの悔しがる顔が目に浮かびますわ♪」
出発の日時は七日後とした。
帰還は半月後である。
そして維新成立以降z私自身心境に変化が現れた。
自分では仕事人間のつもりであったのだが、様々な仕事を人にまかせ、少しだけだが遊びの時間というものが持てるようになると、なるほど心が潤う。
そしてまた執務に取り組むことができるのだ。
人間は遊ぶために働くなどとナンブ・リュウゾウには言ってみたが、そのような言葉がよもや私の口から出ようとは。
「キョウカどの、すまんが是非ともアレを着てはもらえぬか?」
「学園の制服ですわね? リュウゾウさまもお好きですこと……シャランラ〜〜♪」
「おおっ! 可憐だぞ、キョウカどの! 温泉まで待てぬわ! ヤハラどの、後は頼む!」
夫人をお姫さま抱っこして、ウチのサルは執務室を出て行こうとする。
しかし話を聞きつけて集まった親衛隊どもに行く手をはばまれる。
「殿! 温泉旅行に我々も同伴できるとは本当ですか!」
「飲み放題食い放題、経費はすべて御館様持ちとか!」
「と、殿……私も学園の制服というものを新調してみたのですが、いかがでしょう……」
事態は混沌としてきた。
それだけみな娯楽というものを渇望し、それだけの働きをみせてきたのである。
そして平和が訪れたのだ。
この平和、決して手放すこと無きよう、努力を積み重ねなければ。
しかし、今は大いに遊び大いに食らうべき時だ!
温泉宿が「ゴメンなさい」と泣きを入れるまで、飲んで食っての大宴会である!
これぞ人生。
楽しみなくしてどれだけ働けよう!
人にの命というものは、花開かせるためにあるものだ。
そのためにも、前へ! 前へ!
すべての人の惜しみ無き努力が花開くことを祈る。
遂に最終回です。これまでの御愛読誠にありがとう御座いました。明日からは私的最高傑作、友人出雲鏡花に言わせれば最悪の逸品「鬼将軍冒険譚」を独立公開いたします。雑記帳と内容は同じですが初めての方もいらっしゃいましょうし、どうぞお楽しみください。




