怒龍大地を這う
こうした事態に於いては、無責任かつ確証の無い話、いわゆるデマが流れやすい。
それは神かけて誓って言おう。
私、ヤハラが流したものではない。
私ならばそんなすぐにバレるようなデマは流さない。
もちろんキョウカ夫人とて同じであろう。
しかしデマは流れたのだ。
辺境伯が王室を見限った、と。
辺境伯というのは国家防衛の急先鋒で、異国の塀が攻め入って来たならばこれを「いの一番」で迎え撃つ屈強かつ忠義に厚い伯爵のことである。
そしてその戦力は他国と一戦交えるだけのものなのだ。
それが王室を見限るということはどういうことか?
異国の軍勢はノーダメージでワイマール王国へ侵略を始めるということであり、場合によってはその屈強な辺境伯が王室に刃を向けるやもしれぬ、ということだ。
実は忍びたちのすっぱ抜いた情報によると、王室と辺境伯の間の取り決めで、「辺境伯の植民地で一揆がおころうとも、領地ならびに爵位の没収はいたさぬ」という優遇措置が密約でなされていたのだ。
それだけ王室は辺境伯を重視している。
そしてこの密約を知る貴族などほとんどいない。
辺境伯が王室を見限るなどということは私からすればあり得ないことなのだが、デマというのはいつの時代どこの社会でも人の不安を煽るようにしか流れないものである。
しかし辺境伯たちにはどしどしと文が届けられた。
動揺した上級貴族たちからの文である。
「汝は王室よりの恩をわすれたるや?」「この国家窮乏の瀬戸際に於いて汝の忠義を問わん」「領地爵位を惜しんでの忘恩、貴族として恥ずべきばかりなり」と、辺境伯が王室を裏切ること前提の文ばかりであった。
これには辺境伯もヘソを曲げる。
こんな連中とともに王室を守る、というかこんな連中の領地や爵位など守っていられるか! となった。
そして交渉役の鬼将軍に問う。
「わが領地と家名は守られるか?」
「領地の大半は没収、爵位も降格となりましょう。しかし貴族として家名が残ることは確実です」
「いた仕方なし 降格となっても忠義より正義を目指さん!」
などと言っているが、実際のところは王室に忠義を尽くして生き残れるかどうか? それを算段しただけである。
かくしてドルボンドからの門戸は開いた。
今ひとつはゼブラ側であるのだが、こちらも内容は対して変わらず。
上級貴族たちの嫌疑があまりに無礼すぎるので、王室への忠誠心を失ったと言っていい結末である。
そうなるとほかの上級貴族たちだ。
ド軍ゼ軍が国内に侵入して来たと知るや一斉に第三軍へとなびいてきたのだ。
今度はイズモ伯爵の軍師くんが文の山に悲鳴を上げる番であった。
曰く、かねてよりニック国王にはこれこれの疑いあり、これを正さんと欲するも我が身に備わるは蟷螂の斧ばかり……云々。
ようするに手勢に加えてくれという文が山のように届いたのだ。
みな命が惜しい。
できれば領地や爵位も残したい。
現状維持が無理だとしても、やはり最小限の命だけは残しておきたい。
あれこれ算盤を弾いた結果、ニック国王を討つことこそ最良の手段という結論に落ち着いたのだ。
あくまでも自己保身、故に王都への軍勢の先陣は第三軍諸侯、それに続くド軍ゼ軍。
上級貴族たちの軍は最後の方に続いてきていた。
そして私はナンブ兵をまとめ、まずはイズモさまと合流。
イズモ軍の大将はアンジェリカさまが務めるようであった。
小柄なお身体を小さな甲冑に包み、白馬の鞍上にある。
王都より、至急の参戦であった。
傍らには制服姿のキョウカ夫人もいた。
つまりコイツは戦場に出る気など毛頭ないということだ。
しかしそれは正解であろう。
旧姓で呼ばせてもらうが、イズモ・キョウカが輝く場というのは、銃弾飛び交う戦場ではない。
現金の飛び交う戦場なのだ。
「義姉さま、くれぐれも御自愛くださいますよう」
「うむ、キョウカどのも吉報を待っておれ。必ずやアーサー兄さまの仇を討ってくる故」
まるで出兵する王子さまとお姫さまだ。
しかもお姫さま本人が王子さま役をこなしている辺りが、まるでデタラメである。
「ヤハラくん」
私を呼ぶのはイズモ伯爵。
すなわちイズモ・ダイスケである。
「王都でも不穏を感じ取っているのか、学園では生徒をすべて実家に帰し民の避難も済ませているようだ。存分に暴れるぞ」
もちろんその避難を誘導したのは、参勤交代に応じている下級貴族たちである。
そして整然と並んだ兵の前に、アンジェリカさまは駒を進めた。
「勇敢なるナンブ、イズモの将兵よ! 現国王ニックは聖人アーサーさまを謀略同然の卑劣な手段で亡き者とした! これは神に弓引くがごとき蛮行である! よって我らは天に代わってこれを誅し、正義を顕現する!」
我らが正義、そして神の代行者でありニック国王は神に刃を向けた大罪人である、と宣言した。
裏付けはある。
アーサー王子の聖人認定の証書だ。
イズモ・キョウカによるペテン同然の手法で入手した証書ではあるが、抜群の効力を発揮している。
いまや反ニック軍はこの一枚の紙切れを根拠に立ち上がっているのだから。
っしてこの紙切れ一枚に逆らうは、教国に逆らうに等しい。
教国に逆らうということは、周辺諸国をすべて敵に回すということだ。
逆に言えばドルボンドを吸収することによって肥大したワイマール王国は、今や周辺諸国からその旨い脂身を狙われているとも言える。
そこは商人伯爵イズモ・ダイスケ、並びに周辺諸国に顔の効くキョウカ夫人。
あるいはみちのく屋総裁鬼将軍などがどうにか取りなしてくれていた。
しかし、あまり時間を掛けていられないのも確かである。
封建社会などというのは躾の行き届いた番犬社会のように思われるだろうが、畜生は所詮畜生である。
美味しいお肉を眼の前にして、いつまでも「オアズケ」や「待て」が効くものとは思えない。
むしろ今この時、待ての指示にしたがいながらダラダラとヨダレを垂れ流していると私は考える。
故にイズモ伯爵を急かす。
準備が整いましたなら、と。
ナンブ・イズモの連合軍、いよいよ出陣である。
街道を一杯にして、万に届かんとする軍隊が王都目指してのし歩く。
その数はたぬき商会やみちのく屋の倉庫を通り過ぎるたびに増え続けた。
そう、人足としてドルボンドやゼブラから移住してきた労働者たちが、今ここぞとばかり安物の武装で参加してきたのだ。
隣領に入る。
ナンブ・リュウゾウ同様、参勤交代に臨んだ子爵の領地だ。
もちろん第三軍の同胞であり、まとまった数の兵が加わる。
次なる伯爵領地には、すでに賛同してくれていた反ニック軍がまとまっていた。
どんどん数が増える。
これに旧ドルボンドの民やゼブラの者たちが加われば、一体どんなことになるのか?
まさに大地を這い王都の喉笛に食らいつかんとする、怒龍そのものではないか。
地鳴りにも似た足音を背中に感じながら、私は肌に粟粒の立つ思いであった。
しかし軍勢はまだまだ増える。
そこで私はイズモの軍師くんの許可を得て、忍びを放つことにした。
旧ドルボンドと辺境伯、ならびにその周辺諸侯はそのまま北上し西より王都へ入るべし。
旧ゼブラと辺境伯、そして同じく周辺諸侯は東より王都へ入るべしと。
もちろん日時は決めておく。
先んじて到着しそうな場合は、特別な事情ない限り手前で待機すべきこと。
つまり三面作戦である。




