そして商人は暗躍する
そして軍施設を襲う一団である。
軍施設といっても集団が寝起きする宿舎を塀で囲った、木造二階建ての宿舎に煮炊きと洗濯と風呂をつけただけのようなものだ。
それでも指揮官執務室や週番の宿直室、あるいは門番なども配備されている。
急の事態にはこの週番である当直士官が指揮を執り、事に当たるのである。
故にここが真っ先に襲撃された。
そして内部から門番の詰所が襲われる。
大量の火炎瓶は正門から堂々と運び込まれたのである。
そして木造二階建ての宿舎を中心に火が放たれた。
それも出入り口や階段が入念にである。
訓練された暴徒たちは一国の成人男子そのままの数と言ってもいいくらいにいる。
しかしそれでも、さらによく訓練されたワイマール兵たちの数は驚異であった。
故にこれが機能しないようにするのである。
宿舎士官という頭を失っている以上、彼らに統率の効いた行動はとれない。
しかしそれでも数である。
まずは出撃できないようにするのだ。
それでも窓から飛び出して来る者もいよう。
だからタコ部屋ひとつひとつにも火炎瓶を放り込むのだ。
個々がパニックを起こす。
それを鎮めようとする者たちは行く手を炎に阻まれる。
そうこうしている間に、戦力は激減してゆくのだ。
おっとり刀で飛び出してきたワイマール兵たちは、次々と暴徒の餌食となった。
轟々と燃え盛る炎の音の向こう、かすかに半鐘の音が届いてきた。
西の夜空をオレンジ色に染めて、火の手が上がっているのがわかった。
不吉しか感じさせない黒煙は時々刻々と姿を変えて、悪魔の踊り狂う姿にさえ見える。
そして東からも、南からも、あちこちから炎が立ち上っていた。
その数は襲撃目標の数と等しくなる。
第一目的の達成であった。
そして夜が明ける。
反乱軍と言う名の一揆の集団は、関所を襲撃して番兵たちに代わった。
外から入って来る者は拒まないが、内より外へ出んとする者は、厳重に取り調べる。
ワイマール人であれば、ほぼ身ぐるみ剥がされた上で出領禁止。
ごく一般的な商人たちであっても、ドルボンド、ゼブラ領地で暴動が発生していることは口止めをされた。
情報の漏洩を嫌ったのだ。
ただし、みちのく屋とたぬき商会の者は名刺ひとつでいつでもどこからでも出入りができた。
当然である。
彼らは領民たちの食をまかない、決起軍を後押ししてくれるスポンサーであり、なおかつ情報のやり取りまでしてくれる諜報員なのだから。
渡り鳥のような商人たちは、口を揃えて言う。
「暴動のあとには尻馬に乗って暴れたがる烏合の衆が現れるもの。そうした品の無い連中にこれ以上街を焼かせないように」
治安と統治機能の回復を早急に果たすべし。
これは私ヤハラも、キョウカ夫人もみちのく屋総裁の鬼将軍も願うことであった。
頭を押さえつけてくれた支配者階級が滅んだならば、今度は独立自営の段階である。
そのためには治安の回復がなによりも必要となる。
まずはそれぞれの部隊で代表者を決める。
もと貴族、それが不当裁判で殺されていたならば、大店や地主などの顔役を立たせた。
そして各部隊の納める領地を決定して、いわゆる領主とした。
領主が好き勝手をすればどのようなことになるか?
それは身を持って知れているはずだ。
良き領主となるよう精進すべし、とここまでが私の指示した内容である。
今後どうすべきか?
王族の末裔を探し当てて玉座に座らせるのか?
商業王や土地売買の王を立てるのかは国民性に委ねることとした。
もちろん内部事情は私たちに筒抜けである。
これならばいざ独立国家となった場合でも、イズモ・ナンブには逆らえないだろう。
なにしろ連中の胃袋は、みちのく屋が握っているのだし、貴金属美術品の売買はたぬき商会抜きにはなし得ないのだから。
さて、これまでのことはほぼ時間稼ぎに近いものである。
何故なら私たちには、ニック王を討つべき大義名分、錦の御旗であるところのアーサー王子聖人認定の証書が届いていないからである。
では聖人認定の証書が届いたならばどうするべきか?
もちろんワイマール第三軍諸侯に檄文を飛ばし、中央へと攻め入るつもりだ。
しかしそれでもなお「ウチの王室は潰れる筈は無ぇ!」と抵抗してくる上級貴族はかなりの数がいるはずだ。
それ故に、一揆を起したのである。
まずはふんぞり返っている上級貴族どもの手足を、それと知られないようにもいでおく。
だが秘密というものは必ずどこからか漏れるものだ。
上級貴族たちの植民地で暴動が発生しているとなれば、王室は「管理不行き届き」というお題目をもって、領地を召し上げねばならない。
しかし季節は晩秋だ。
年貢もすでに納め終わっている。
次の現金が入ってくるには一年を待たねばならない。
その間に「偽王討つべし!」の軍人が各地から上がったらどうだろうか?
ましてこちらには錦の御旗がある。
領地を没収されていない上級貴族とて、こちらになびかない訳にはいかないだろう。
例え上級貴族たちが革命により下級貴族に身を落とそうとも、命あっての物種だ。
栄耀栄華を極めた物が、そう簡単に未練なくこの世とオサラバしたいなどとは、まったく思っていないはずだ。
だからこそ、一揆の起こった領土の貴族たちは、こぞって兵をゼブラあるいはドルボンドに派遣するだろう。
なんとしてでも暴動を鎮圧して、貴族の地位を守りたいはずだ。
出兵を果たして後、義軍ワイマール第三軍がそれぞれの領地に押し込んだらどうなるだろうか?
簡単なことである。
兵を呼び戻して我々に与するか?
はたまたニック政権の安泰を信じて派兵をしたまま、この場で第三軍と一戦交えるか?
ニック政権がどれだけの忠誠心、求心力を持っているものか?
これはひとつ、試される場面であろう。
そして遂に、イズモ伯爵の元へ教国からアーサー王子の聖人認定の証書が届けられた。
よし、挙兵の大号令か!? と私も勇んだが、そうはならない。
イズモ伯爵曰く、みちのく屋とたぬき商会に一時的なストップをかけられている、という。
商人集団にして情報網を構築している諜報員たちだ。
なにかひとつ仕掛けを入れてくるのであろう。
忍びたちによれば、商人たちは上級貴族たちに植民地で暴動、すなわち一揆が発生していることをリークした。
まずは一大事。
即座に兵を派遣しなければ、領地と爵位を没収されてしまう、と慌てる貴族にそっと囁くのであった。
「しかしながらここで、先日処刑されたアーサーさまが聖人認定されたそうです。なんでも二度に渡る戦さで教国に対し大変な貢献があったとかで……」
「それがどうした?」
「これによりワイマール第三軍諸侯は聖人アーサーを断じた偽王を討つべし! などと猛然といきり立っております。いま派兵をすればもぬけの殻同然のこの領地はどうなるでしょうか?」
「なに、子爵男爵連中が束になってかかってきたところで、我が領地はビクともせんわ!」
「第三軍だけならばそうかもしれませぬ。しかし暴徒と化したゼブラ、あるいはドルボンドの大群が押し寄せてきたら? ワイマール国家は反乱軍を相手にするのと同時に、二国を相手に戦さをせねばなりませぬ」
ヌウ、と唸る上級貴族。
「そこで物は考えようです。公爵さまから爵位と領地を召し上げようとする王室につくか? ニックさまを打倒する軍につきお命と家名を存続させるか?」
「暴動はわが植民地だけで起きているのか?」
「いえ、ドルボンドあるいはゼブラ全土で暴動が発生しています。そしていま現在、上級貴族諸侯に等しく、このような提案が囁かれているのです」
「ニックさまを打倒してからは?」
「イズモ伯爵が中心となるでしょう。なにしろ王家の血筋、アンジェリカさまを娶られていますから」
「我が領地と爵位の話さ」
「格は下がることになるやもしれませぬ。しかし、命は助かり家名も存続を許されるでしょう。いえ、そのようにお働きください。ということで、どちらにつくかは公爵さまのお考えひとつですので」
それだけ言い残すと、商人は去って行ったそうだ。
そしてワイマール国内で貴族たちの文が飛び交う。
暴動の発生は真実なのか?
そして聖人認定の話は真なのか?
そして誰がどちらにつこうとしているのか?
そして現状維持を望む体制側の貴族にとっては、好ましくない情報ばかりが入ってくるのである。




